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とは言うものの、竜族はそれを知らない。数年もしくは数十年に及ぶ鍛錬を経てようやく習得する技術が、竜族の社会にはないのだ。しかしだからと言って「なあんだ竜族は努力を知らないのか」などと揶揄する者がいたら、そいつこそが安直極まる大バカ者と揶揄されるだろう。竜族は飛行能力を再獲得すべく、数十万年も努力してきた。優秀な子を選りすぐり、3歳にして親から離し幼稚園に入寮させ、たとえ成功例が一つもなかろうと飛行能力再獲得の努力を気が遠くなるほど続けてきたのである。その志にたいそう感動しアカシックレコードを精査したところ、この幼稚園の制度がなかったら竜族はとうの昔に飛行能力再獲得の可能性を失っていたことが判明した。繰り返すが、たとえ成功例が一つもなかろうと飛行能力再獲得の努力を数十万年単位で続けてきたからこそ、飛行能力再獲得の可能性を竜族は繋ぎとめてきたのである。これに敬意を払わずして、何に敬意を払うのか。子竜達に進捗が見られないことを謝りに来た山風に、俺はそれを話した。偉大な先祖達の気の遠くなるほどの努力へ、俺は心から敬意を捧げている。闇族との戦争が始まる3年前までは可能な限り毎日やって来るし、俺の寿命が先に尽きた時は後任をよこすことを母さんに頼み、承諾を既に得ている。俺はこのように、何十年でも付き合う覚悟を決めているのだ。その俺より山風は二倍長く生きるのだから、シャキンとせんかシャキンと! てな具合に、活を入れたんだね。山風は体を地面に投げ出し、男泣きに泣いた。俺も涙をにじませ、山風を慰めていた。そんな俺達に園長がおもむろに近づいて来て、酒果をてんこ盛りにした籠を地面に置く。その日は子供達の指導を美雪と輝力俺に任せ、呑兵衛三人で大いに語り合ったものだ。翌日の夕方になっても二日酔いに苦しむ山風と園長が、ちょっぴり羨ましかったな。
話題を変え、俺に関する話もしよう。と言っても最初は、竜族に戦闘技術を教えることについてだけどね。
竜族に戦闘技術を教えることは、白化組織の名のもとに禁止されている。それは徹底しており、俺が3歳から6歳まで行った訓練を山風に見せることも許可が下りなかった。竜族の社会には、長期間努力してようやく会得する技術がない。よって三大有用スキルを持たずに生まれてきた俺が、ただの素振りを三年間続けることで三大有用スキルを会得した様子を見せることで、焦らず継続する重要性を山風に知ってもらいたかったのだが却下された。3歳児の拙い素振りを見ることすら戦闘技術の伝授にあたると、判断されたのである。ではなぜ、こうも神経質に戦闘技術を遠ざけているのか? 組織の正式な回答を得ていないので推測するに、飛行スキルと輝力工芸スキルに加えて戦闘技術を得た竜族は、闇落ちし易くなるのではないかと俺は考えている。三つの技術を習得した竜は、人を除くアトランティス星の生物の頂点に君臨する存在になる。散山脈諸島以外の地に降り立った竜はそれを知り全能感に酔いしれ、驕り慢心し、闇落ちするのではないか? 散山脈諸島は闇族の島のほぼ真裏にあるとはいえ、油断はできない。善良で穏やかな竜族がこの星から消えてしまわぬよう、戦闘指導を決してしないことを俺は誓った。
次は、弦楽器の練習について。
弦のキンキン音を木製部分に響かせ、まろやかな音にする。弦楽器が基地に届いた日の最初の練習では、当然だがこんなこと微塵もできなかった。しかしその日の夜、準四次元でやってみたらあっさり出来てしまった。どうも無意識に、弦と木製部分を輝力で繋いでいたようなのである。これでは練習にならない、想像即創造も考えものだ。と嘆息した俺の脳裏を、翼さんから聞いた話が駆けていった。
前世の翼さんが師事した薙刀の師匠は、輝力を明らかに使っていたという。どの分野の達人もそういうものなのだろうと深く考えなかったのは、俺が愚か者の証拠。どの分野の達人もそうなら、楽器演奏者だってそうなのである。それを裏付ける体験を、前世の俺は一度だけしたことがあった。クラシック音楽の祭典の「バイオリンを弾いてみよう」という催しに参加したところ、耳障りなキンキン音しか出せなかった。しかし同じ弓とバイオリンなのにプロの手にかかるや、なめらかで伸びやかな心地よい音が会場に広がったのだ。前世は輝力を知らず「さすがプロ」程度しか感じなかったが今振り返ると、あれは輝力で容易に説明つく現象といえる。あり得ない精度の仕事を指だけでしてのける職人さん等も輝力で説明つくし、認識されていなかっただけで地球人にとって輝力はさほど珍しくなかったのかもしれない。
話を戻そう。
弦楽器が届いた翌日のお昼休み、「地球人にも輝力はさほど珍しくなかった」との仮説のもと弦と木製部分を輝力で繋ぎ、バイオリンを弾いてみた。それでも昨日と同様のキンキン音しか最初は出なかったが1000分の1ミリ単位で弓を操作していったところ、10分経たずまろやかな音を出せてしまったのである。俺が頭を抱えたのは言うまでもない。弦楽器の練習をしていることは勇と昇に一応口止めしていたけど、夕飯中の会話で一応を必死のお願いに変えた俺だった。
言及するまでもなく、まろやかな音を曲の最初から最後まで出し続けられるようにならなければ意味がない。それは想像以上に難しく、準四次元で時間速度を240倍にして練習したにもかかわらず、美雪に及第点をもらえたのは半年後の6月中旬だった。単純計算すると1日12時間の練習を10年間続けてようやく俺は、素人にしてはそこそこ弾けるレベルになれたんだね。どうやら歌同様、楽器演奏にも才能がなかったらしい。まあ野暮ったい俺になど、なくて当然なんだけどさ。
と諦めていたのだけど、美雪に及第点をもらえてからは早かった。思い当たる節がないでもない、というのが正直なところだ。戦士の三大有用スキルも習得に3年かかったけど、それ以降は早かったからね。俺はほぼ間違いなく、基礎固めに通常以上の時間を要する不器用人間なのだろう。しかし基礎完成後はそれまでの地道な練習が活き、駆け足で成長するタイプなのかもしれない。もしそうなら、地道な練習が活かされたことに感謝せねば人でなしになってしまう。俺は感謝の気持ちを音に込め、練習を続けた。




