34
そうこうするうち冬期休暇が始まった。俺にとって夏と冬の長期休暇は「休みが一日もない長期休暇」という、首を盛大に捻らざるを得ない時期なのだけど、今回は特に余裕がなかった。楽器の練習が新たに加わったのもさることながら、冬期休暇の後半の調整をしなければならなかったのだ。子竜達の冬休みは俺の冬期休暇より早く終わるから、名家めぐりと散山脈諸島への訪問が重なるんだね。もちろん面倒などとは欠片も思わず、愛らしいあの子たちに会える日が、俺と美雪は待ち遠しくてならなかった。
そして遂に、子竜達に会える当日になった。といっても訪問は夕方なので朝からそわそわしていたら、昼食後に土地神が尋ねて来た。43日ぶりの諸島訪問日はそわそわ不可避だったため、午後は基地で過ごすことにしていたのである。前回会った去年の冬至と変わらず土地神はやたらニコニコしており、それは前回確認したように竜族との交流を非常に喜んでいるからで間違いないのだけど、ほんの僅かな引っかかりを今回も覚えた。違和感の一歩手前のささやかな引っかかりを、前回同様今回も土地神に感じたんだね。その正体を知りたくて、俺はいつも以上に気合を入れて輝力製の和菓子とお茶を造った。その一環として、お汁粉をメニューに加えてみた。鏡開きにはまだ早いけど、餡子とお餅をこよなく愛する土地神は、お汁粉の大ファンになるのではないかと思ったのが加えてみた理由だ。それは的のド真ん中を見事射抜き「美味しい美味しい!」を連発してもらえただけでなく、引っかかりの正体も教えてくれた。お汁粉を食べている最中限定でなんと土地神は、
和菓子好きのただの振袖娘
に、自分でも気づかぬ間に戻ってしまったのである。戻ることにより、戻る前との対比が可能になった俺は、引っかかりの正体を解明した。「土地神は前回と今回に限り、振り袖娘ではなく土地神として、この基地にやって来たのだ」と。
土地神は前回と今回、土地神としてこの基地にやって来ていた。おそらく土地神は何らかの意志のもと、それを水面下で行っていたのだ。それに気づいていれば土地神の意志を尊重できたのにバカな俺は気づかず、僅かな引っかかりを覚えただけだった。いやそれどころか、意志を挫くことをしてしまった。お汁粉が、それだね。初めて食べたお汁粉がドストライクなあまり土地神は意志を忘れ、和菓子好きのただの振袖娘に戻ってしまったのである。極上のニコニコ顔でお汁粉を堪能している今はいいが後で落ち込んだりするんじゃないかと、俺は気が気ではなかった。
との危惧も、的のド真ん中を射抜いてしまった。空になったお椀を名残惜しそうに見つめている最中土地神は目を見開き、次いでその目から涙をポロポロ零したのである。その涙に、土地神が願掛けをしていた可能性に気づいた俺は目の前が真っ暗になったのだけど、そこはやはり土地神なのだろう。
「願掛けをしていたのではありません、ご安心ください」
涙をポロポロ零す十代前半の娘を一瞬で脱ぎ捨て、土地神は毅然とそう言ってみせた。神々しいほどのその潔さに、別の可能性がふと脳裏をよぎる。仮にそれが当たっていたら、母さんの挙動不審も説明できる。母さんは最初から全部知ってたのに、俺にそれを黙っていたんだからさ。
また仮にそれが当たっていたら、説明できることはもう一つある。「前回と今回に限り振り袖娘ではなく、土地神としてこの基地にやって来たこと」がそれだね。妖精族と竜族の絆は、想像の何倍も深かったんだな・・・・
「翔さん」「はい、何でしょう」「何かを、気づいてしまいましたか?」「ある可能性が脳裏をよぎっただけです。願掛けの件を見抜かれたのは、目の前が真っ暗になったせいで、心の防御が疎かになっていたと推測されます。しかし今回のようにある可能性が脳裏をよぎっただけでは防御は揺るがず、気づかれたかもという不安を抱くに留まったということなのでしょう。仮に不安を覚えたなら、俺が知るべき情報ではないと判断し、忘れることにします。安心してください」「いえ、人族に秘すべき情報ではありません。『翔さんを騙すことにした過去の自分』を、叱りつけたいだけです」「いえいえ、そんな些事で自分を叱るなどどうかお止めでください。竜族と深い絆を結び、竜族の幸せを自分の事のように喜ぶ、妖精族の長よ」「あはは、やはりバレちゃったんですね・・・」
妖精族の長は立場上、母さんの言動への描写や感想をかなり限定されるはず。よって自由度の格段に高い俺がこの件に関する推測を述べ、妖精族の長(略して妖精長)には正誤の意思表示だけをしてもらうことになった。もちろん俺も母さんを悪く言ったりせず、推測はだいたいこんな感じになった。
『20歳の戦士試験に合格した俺の最高の配属先は、無人の大地にポツンと造られた、俺一人が勤務するこの基地。ということをアカシックレコードを見て知った母さんは、司令長官のみにそれを伝えた。司令長官は少数の司令官の反対を押し切ってそれを断行し、その一方母さんは土地神の長でもある妖精長をこの地に呼び寄せ、この地の土地神にした。妖精族と人族の関係を変える俺が最も深い絆を結ぶ土地神は、妖精長が最善だったからである。また母さんは俺の性格を考慮し、秘密を二つ作ることにした。一つは、自分が妖精長をこの地に呼び寄せたこと。もう一つは、妖精長という身分を秘し単なる土地神として振舞うよう、母さんが妖精長に頼んだことだ。この二つはまこと正しく俺は友人感覚で土地神と交流し、土地神も俺との交流を好ましく思っていた。好ましく思ったのは他の妖精達も同じだったが、俺の前で『長』とうっかり呼びかけてしまうかもしれない。よって土地神はうっかりミスを防ぐべく、己が容姿を変えた。それが振り袖を着た、十代前半の人族の娘だったのである』




