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 それもあり昼食後、この人生で最も高額な買い物をした。バイオリンとビオラとチェロを、購入したのだ。たぶん日本円で2千万に届いたであろうそれらは、弦楽四重奏の練習をするためのもの。美雪と話し合い、子竜達に聞いてもらう地球の曲をパッヘルベルのカノンに俺達はしたんだね。購入前に個々の楽器の音色を試聴できるそうなので聴いてみたところ、驚いた。前世で一流のクラシック音楽に触れてきた俺の耳にも素晴らしいの一言に尽きる、妙なる音を奏でていたのである。地球の音楽の流行に乗っかる形で楽器が造られただけと軽く考えていたが、失礼千万甚だしかった。調べてみたところ、この星を代表する楽器職人が丹精込めて造ったものだったのだ。謝罪の意味も兼ね即金で買ったそれらはその日の訓練後、ドローンで基地に届いた。勇と昇に事情を説明し夕飯を素早く終え、楽器を携えて基地の私室へ向かう。美雪によると基地型飛行車内の戦士用の私室には、非常に高度な防音措置が施されているらしいんだよね。この基地で20年以上暮らしているにも拘わらず足を踏み入れたのが今日で二度目の俺の私室は、申し訳なさの極みだが、俺の訪問をとても喜んでいるようだった。


 その晩以降、時間を見つけては基地内の私室に籠る日々が続いた。弦楽器の練習が、楽しくてならなかったのである。思い出せる限りの前世で弦楽器の演奏をしたことが無く、それは今生も同じだったのに、俺はあり得ない速度で演奏技術を上達させていった。理由は三つあり、一つは今生の体が高性能だったこと。美雪に計測してもらったところ、弓の操作を1ミクロン単位で俺はしているという。刀術と身体操作を3歳の頃から磨き続けてきたことが楽器の演奏に役立ったことが、俺は堪らなく嬉しかった。

 理由の二つ目は、準四次元でも練習できたこと。あくまで個人的意見だが弦楽器の要は、「弦のキンキン音を木製ボディに響かせてまろやかな音色にすること」だと思う。それを念頭に、輝力による木製ボディの正確な再現を命懸けでしてみたら、自分でも驚くほど巧くいったんだよね。それは間違いなく、反重力エンジンの勉強を続けてきたお陰。反重力エンジンの勉強をしてきた三十年越えの日々に、俺は心から手を合わせた。

 最後の理由は、一流奏者の生演奏を前世で無数に聴いたことだ。社会人になって間もないころは俺も自宅のオーディオでクラシック音楽を聴いていたが、あるコンサートをきっかけにオーディオの音を意識して遠ざけるようになった。俺が贔屓にしていた交響楽団にはフルートの名手がいて、瑞々しいフルートの音色にいつもうっとりさせてもらっていた。しかしピアノ協奏曲が目玉になっているコンサートでピアノ越しにフルートを聴いたところ、愕然とした。いつもの瑞々しさが、失われていたのである。と同時に「これはオーディオの音だ!」と俺は心の中で叫んでいた。けれどもそれは、単に俺のオーディオが安価なだけなのかもしれない。という訳で次の休みに秋葉原へ行き、最新のデジタル技術を駆使したオーディオをオーディオ専門店で視聴させてもらったところ、不快さに身をよじってしまった。耳に残るフルートの名手の音を瑞々しい果物とするなら、そのオーディオから流れてきたのは、缶詰の果物に合成添加物を加えてむりやり瑞々しくしたような音だったのである。それが顔に出ぬようたいそう苦労して店員さんにお礼を言ったのを、今でも鮮明に覚えている。

 という訳でこの三つが、あり得ない速度で演奏技術を上達させていった主な理由だ。主ではない小さな理由もありそれは・・・と思っていたのだけど、俺の感覚がズレているだけで通常なら「それが本命じゃん!」と罵られるのかもしれない。通常なら罵られるかもしれないそれは、準四次元で意識を三つに分けて俺を三人にし、バイオリンとビオラとチェロの同時練習が可能なことだ。しかもそれを240倍に伸ばした時間で出来るのだから、冷静に考えたら罵倒どころか呪われるレベルなのかもしれない。三次元世界で意識投射を1時間すれば、1日12時間練習の20日分を、バイオリンとビオラとチェロの全てで出来ちゃうんだからさ。

 ヤベエこれ絶対に呪詛級だ。美雪以外には決して洩らさないでおこうそうしよう!

 そうそう美雪と言えば、最初は美雪に弦楽四重奏の第一バイオリンと第二バイオリンを担当してもらう計画だった。当人も乗り気だったのだけど、地球人がバイオリンを練習する様子を母さんに見せてもらった途端、美雪は「わたし止める」と言い出したのだ。バイオリンは長い年月をかけて少しずつ上達していくものなのに、自分はプログラムを再生するだけでプロになれてしまう。苦労も努力も葛藤もないそんな嘘の音を、子竜達に聞かせたくない。美雪は断固、そう主張したんだね。俺は反論が口から飛び出る寸前だった。二人の合奏を子竜達に聞いてもらう提案をした時の美雪の喜びようを知っている身としては、思い留まってもらいたいのが本音だったのである。が、


「翔、それは間違っているにゃ」「翔さん、それはかえって酷ですよ」


 虎鉄と美夜の声が唐突に耳朶を震わせた。それは錯覚ではなく、俺と美雪は二人同時にハッとして周囲を見渡したものだ。周囲を見渡した後は二人で虎鉄と美夜の名を呼び、幾ら呼んでも返事を聞くことは叶わなかったけど、そんなのは些細なこと。俺達は虎鉄と美夜にお礼を述べ、次いで自分の考え足らずを俺が美雪に詫び、美雪がそれに首を横に振ったことを持ってこの件は終了した。終了と言っても、虎鉄と美夜に止められたのはあくまで楽器の演奏。美雪の美声を聴いてもらうことは反対されなかったから、美雪が歌って俺が伴奏する計画を俺は密かに進めている。

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