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話を戻そう。
母さんと親竜達の挨拶後、子竜達は歌と踊りを親竜達に披露した。種族が違おうと、そんなの関係ない。3歳や4歳の子供達が親に喜んでもらおうと懸命に歌って踊る様子を、可愛さと健気さの極致と言わずして、何を極致と言うのか。しかも俺は、この日のために子竜達が頑張ってきたのを、この半年間ずっと見てきたのである。しっかり観覧するのが勤めと解っていても、視界が霞んでしまうのを俺はどうしても防げなかった。
しかし、大抵のことには二面性があるもの。子竜達の可愛さと健気さに涙ぐんでいたことは、親竜達との会話のきっかけになってくれた。それを経てつくづく思い知らされたのは、心が成長していて善良なら、竜だろうと人だろうと子を思う親の気持ちに違いは無ということ。戦士養成学校時代の仲間達が顔をほころばせて我が子の話をする様子と、親竜達が我が子の話をする様子に、違いなど無かったんだね。ならば、話は早い。俺はこれでも友人知人が多く、この手の会話を無数にしてきたのである。俺はこれまでの経験を活かし、親竜達と会話を弾ませていった。
歌と踊りの発表後は、少し早いが昼食会となった。両親と食べる半年ぶりのお昼ご飯が、子竜達は嬉しくて堪らないらしい。両親も、顔をふにゃふにゃにして子竜をかまっている。幸せ一杯の竜の家族を、俺はニコニコして見つめていた。ちなみにこのニコニコには意味がもう一つあるのだけど、こういうのは意識するだけでフラグが立ってしまうもの。俺は隣に座る美雪に別の話題を振り、フラグを回避しようとした。のだけど、
「翔、親竜の皆さんが持ってきてくれた酒果が楽しみね」
美雪が俺の代わりにフラグを立ててしまったではありませんか。半年ぶりの家族の団欒が幸せすぎ、親竜達が酒果の件を二の次三の次にするもしくは忘れ去ることを期待してニコニコしていたのに、美雪は呑兵衛どもの回し者なのだろうか? いやひょっとして昨夜のお酒に味を占め、美雪自身が呑兵衛になってしまったとか? と俺は顔を引きつらせたが、諦めるのはまだ早いと自分を奮い立たせた。要は美雪の今の言葉を、誰にも聞かれていなければ可能性はまだ残っているんだそうなんだ!
といった感じに往生際悪く、もとい不屈の精神で俺は消えかかった回避の可能性を必死で手繰り寄せようとした。のだけど!
「おお! さすがは白銀王。神話級の酒豪っぷりを、さあ我らに見せてくだされ!!」
可能性は既に消えていたのが現実だったようだ。というか冷静に思い返してみたら、俺と美雪の会話に聞き耳を立てていた父竜が多かったように感じる。それを失念した時点で、俺の敗北は確定していたのかもしれないな・・・
いや違う。たとえそうだとしても、全面降伏にはまだ至っていないと考えねばならないのだ。俺はせめてもの抗いとして、飲酒を交換条件に白銀王だけは封印してもらうよう交渉することにした。
嬉しいことに交渉は上手くいき、翔さんと呼んでもらえることになった。実際は交渉ではなく、わらわら集ってきた「では我と勝負!」「次は私と!」系の呑兵衛達を悉く打ち負かした果てのことだったから、交渉ではなく勝者として名称変更を認めさせたとするのが正しいのかもしれない。
酒勝負の後は、酔いつぶれていない少数の親竜達と語り合った。その中で最も印象深かったのは、この幼稚園出身の親竜達の大半が、崖の上から眺める景色を苦手としているという事だった。懐かしさはあってもそれ以上に、空を飛べるようになると信じ切っていた幼稚園時代を思い出すのが、苦しくてならないそうなのである。
「あの頃の私達にとって崖の上から臨む大空は、将来飛ぶことになる希望の場所でした。でも今は、人生初にして人生最大の絶望を私達に与えた、場所になっているのです」
その竜によると酔い潰れている者達は、景色を見るのが苦しくてならない卒園組らしい。そう打ち明けてくれたこの母竜も卒園組だけど、「娘が心酔している翔さんと少しでも長く話したくて酒果を控えました」とのことだった。その娘というのは、鈴桃。それを知った時は、額をテーブルにこすり着けて鈴桃の母親に謝ったものだ。山風や園長から問題ないと聞いていたけど、俺はご両親の承諾なく娘さんに鈴桃という名を付けてしまっていたからである。ホント、考えなしにも程があるぞ俺!
幸い山風達の言っていた問題ないという言葉は、嘘ではなかった。浮世離れし過ぎていて騙されたとしか思えなかった土地神の主張(超常的理由により3歳未満の竜が幼名を持つのは1万年に一度あるから問題ないという土地神の主張)とは別に、名付け親の風習が竜族にあったのである。ただキリスト教徒における代父母のように全員が持つものではなく、竜族の名付け親には頭とその伴侶以上しかなれなかった。長とその伴侶を加えた計18頭のみが、特別に縁のあった幼竜の名付け親になれるんだね。俺は竜じゃないけど、星母を神聖視する竜族の掟には「星母の権限は長を凌ぐ」の一文があり、そして過大評価も甚だしいが俺を星母に準じるとしているため、名付け親になってもかまわないとされたらしい。繰り返すが甚だしい過大評価でも、鈴桃とご両親が喜んでいるのだから、四の五の言ってはならないと俺は考えることにした。
話を戻そう。
この幼稚園の卒園生にとって空は、人生初にして人生最大の絶望を与えた場所らしい。しかしそれでも、我が子がこの幼稚園に入寮することを喜ばない卒園生はいないという。3歳や4歳の年齢で親と引き離されようと、
「大空への希望を胸に皆と過ごした日々は、生涯忘れぬかけがえのない想い出になるからです。愛する伴侶にも、出会えましたしね」
との事だったのである。俺は居住まいを正し、かけがえのない想い出の一つになるよう子竜達を誠心誠意教えることを親竜達に誓った。素面の親竜達の全員が、いつの間にか俺の方を向いていたんだね。おおかたこの会話は親竜達が計画し、要となる役を鈴桃の母親が担うことが予め決まっていたのだろう。ま、さすがは鈴桃の母親なのだろうな。




