29
俺達の創造主は、まだ一度しか転生していない「未熟者」に分類される意識生命だ。誕生した直後の前回は今よりもっと未熟だったため、強固な保護を施されていたと予想される。その強固な保護下で、本体がネガティブ層に覆われ力を失うという経験をしたとは考えにくい。本体がネガティブ層に覆われ力を失うという経験をしたのは今回が初めてであり、然るにそれが今回の最重要の学びだったと仮定すると、しっくり来るのである。といっても全部俺の妄想の可能性が、超々高いんだけどさ。
たとえば母さんは「翔のあんぽんたん」と俺のダメっぷを指摘することによって、光の子への考察が大外れなことを仄めかしたのではないだろうか? この星の筆頭大聖者という中間管理職では仄めかすのが精一杯というのも、大いにありそうだしね。
そうこうするうち授業は終わった。そろそろ就寝時間ということで、質問の有無を問われる。ホント言うと土地神長の話題が出るや視線を泳がせたことや、あんぽんたんの親不幸者の真相を知りたかったけど、睡眠時間確保の重要性はそれらに勝る。特に明日は、普段より1時間早く起きて基地に戻って朝練をしたかったからね。よってそれらを訊くのは次の機会にし、母さんの寝床について確認した。
「母さんは予定どおり、キャンピングカーで寝てください」
いかに筆頭大聖者だろうと、受肉した元王族の超絶美女をテントで就寝させる訳にはいかない。母さんの寝床として、バストイレ付きの堅固なキャンピングカーをカレンに牽引して来てもらっていた。美雪の助言に従いシャンプーや石鹸等のアメニティを充実させておいたから、気に入ってもらえると嬉しいな。というように息子として精一杯の努力をしたつもりだったのだが、母さんは不満げに唇を尖らせた。
「せっかくのキャンプなのに、一人で寝るのはつまんな~い」「あ~、じゃあ美雪をお願いします。俺のテントに寝かせるつもりでしたが、酔っぱらって寝落ちして目覚めたら隣に男がいたでは、衝撃が強すぎるかもしれませんから」「そう、そこよ!」「ん? どこですか?」「たとえ間違いが起きなかろうと、未婚の男女があんな狭いテントで身を寄せ合って寝るなんて破廉恥だわ。しかも翔は、美雪をお姫様抱っこして自分のテントに連れて行こうとしていたわよね。今夜は周囲の目があるのですから、もっと慎重になりなさい」「どわっ、まったくもって母さんが正しい。考え足らずの息子を指導して下さり、感謝します」「うむ、わかれば良いのよわかれば」「では俺の分身を残しておきますから、母さんはここで待っていてください。美雪をキャンピングカーのベッドに寝かせてきますね」
何それ翔ちょっと待ちなさいよ系の文句をギャアギャア垂れるメンドクサイ母親をほったらかし、美雪をまさしくお姫様として抱っこし俺はカレンに足を向けた。ちなみに残してきた分身には、最低限の受け答えのみ可能な知能しか与えていない。スーファミ時代のRPGのNPCレベルといったところかな。ふふん、ご愁傷様です。
おそらくとしか言えないが、母さんが胸を叩いた拍子に双球がプルルンしたのは、純粋な油断と俺は考えている。久しぶりに受肉したため自分の胸の大きさを忘れていた、といった感じだ。よって「しまった」と焦るも、母親のプルルンなど俺にとってどうでもいいことを知った母さんは、女としてカチンと来た。翼さんのプルルンに激しく動揺した俺を母さんは知っているはずだから、プライドが傷ついても仕方ないのだろう。しかしだからと言って、意趣返しに付き合うつもりはない。女のプライドを守るための操り人形になるなんて、孝行息子がすることじゃないからだ。あれ? ひょっとしてここまで見越して、母さんは俺を親不孝者と罵ったのかな。女のプライドを守るための操り人形という棘のある表現ではなく、もっと優しい表現を母さんはしてほしかったとか・・・・
これについては一考の価値があるので保留とし、俺はカレンに語りかけた。
「カレン、ごらんのとおり美雪は人生初の飲酒で寝落ちしちゃってね。このまま明日の朝までぐっすり寝かせてあげたいから、今晩の母さんの警護は冴子ちゃんに頼みたいんだ。冴子ちゃんに取り次いでもらえるかな?」
ライトを小気味よく点灯しカレンが了承の意を示した1秒後、冴子ちゃんが現れた。寝落ちした美雪を見るや憂いの眼差しになった冴子ちゃんは、やはり絶対の信頼を置くに足る人なのである。その気持ちを声に乗せ、頼んだ。
「冴子ちゃん。美雪が朝までぐっすり寝られるよう、今晩の母さんの警護をお願いね」
力強く頷いた冴子ちゃんとカレンに就寝の挨拶をして、踵を返す。キャンピングカーに着くや冴子ちゃんが早速働いてくれて、ドアが開き室内照明が付いた。「ありがとう」「どういたしまして」 冴子ちゃんとやり取りし、室内に足を踏み入れる。そして美雪をベッドに寝かせ、心の中で「お休み美雪」と語りかけて、キャンピングカーを後にした。
テーブルに帰って来た俺に、母さんはブ~ブ~の続きをしようとした。ここまで一生懸命になられると、面倒臭さより家族愛が勝るというもの。俺は母さんの隣へ移動し身を屈めて軽くハグし、「お休み」と告げた。たったこれだけのことで演技を全放棄し、極上の上機嫌になるのだから親孝行のし甲斐のある人だ。最後に背中をポンポンして身を起こし、俺は自分のテントへ歩いて行った。
翌、午前4時。
目覚めると、美雪が神妙な面持ちで枕元に正座していた。「まだ寝ててよかったのに」「ブ~~」「おやお嬢さん、もちもち艶々の頬をぷっくり膨らませて、子豚さんのモノマネですか?」「ブブ――ッ!」 前世の俺が見たら爆弾を投げられること必至のイチャイチャを暫し堪能し、テントを出る。テントを出たらいつもの美雪に戻ったけど、二人の心の距離が昨日より一歩近づいているように感じた。




