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「内緒にした理由は?」「ん~、子竜達を不要に怖がらせないためかな。自分が帰省したせいで故郷に疫病が発生し死者が続出したら、子竜は立ち直れないほどの傷を心に負うに違いありません。そんなこと無いと母さんが保証しても、子竜達はまだ3歳や4歳。両親を含む故郷の竜達がバタバタ死んでいく光景を脳裏に描いてしまい、苦しむことになるのは想像に難くありません。よって最初からそれを告げず、ワクチン化を内緒で行った。内緒にして母さんを信頼しきった方が治癒力も具現化しやすくなりますから、年齢を考えると内緒一択だった。こんな感じでしょうか」「うん、正解。では最後の質問。故郷の竜達にも耐性を付けさせるべき理由は?」「むむ、少し時間を下さい」「もちろん良いわ、私は気にしないでね」
いやいや気にしないなんて無理ですって! との叫びを心の中にだけに留め、準四次元で高速考察すべく俺は意識投射しようとした。のだけどその直前、今日の昼食中に美雪が教えてくれたある事柄が脳を駆けた。なあんだ、俺は正解を既に聞いていたんだな。と自嘲しつつ、質問に答えた。
「環境省妖精課も把握しているように、竜族は遠からず飛行能力を再獲得するでしょう。飛べるようになっても生存圏を諸島外へ広げる可能性は今のところ低いですが、血気盛んな若竜が諸島外を冒険する可能性は大いにあります。その若竜に耐性が無かったら、疫病が蔓延してしまうかもしれません。耐性持ちを竜族全体に広げる絶好の機会である明日の帰省を、逃すべきではないと俺も思いました」
はいよく出来ました、さすが私の自慢の息子ね。と母さんはすこぶるニコニコしている。恩返しと親孝行の両方ができた気がして尻尾をプロペラ化してしまったことを誤魔化すべく、環境省妖精課絡みで思い出した土地神長の件を急遽話題にした。
「そうそう土地神長が俺の正当性を訴えるために、環境省妖精課へ直接足を運んでくれたんですよね。そこまでしてくれたのに面識がないままにするのは失礼ですから、挨拶したいんです。母さん、取り次いでくれますか?」
その頼みは機嫌よく承諾されると、俺は信じて疑わなかった。が、それは外れた。母さんは視線を泳がせ、「えっとですね・・・」系をしきりと呟いたのである。取り次ぎを母さんに頼んだのがまずかったのか、それとも挨拶自体を避けるべきなのか。判断つかないがここは挙動不審の母さんを、もとい視線を泳がせている母さんを、落ち着かせるのが最優先だろう。俺は話題を無理やり一つ前に戻した。
「あ~その件は一端置き、母さんが子竜達に施したワクチン化を次は俺も出来るようになりたいんです。青色輝力と磁気力を同時に使ってみますから、俺の治癒技術を採点してもらえますか?」「うんわかった、母さんに任せなさい!」
母さんは不自然なほど張り切って胸を叩いてみせた。それに合わせ、たわわに実ったとある物が元気にプルルンと揺れる光景が目に映る。でも、親とはそういうものなのだろうか? ここ数百年親がいなかったので確信を持てないけど少なくとも俺は、母親の胸が揺れようがどうでもいいらしい。たまに準四次元で母さんが俺に抱き着くときは胸が触れないよう非常に気を遣ってくれて、それにとても助けられているから、その恩返しとしてここはプルンプルンを無視しますか。そう決めた俺はまさしくそれを完全無視し、その代わり体の磁気力へは凄まじい集中力を発揮して磁気力の流れに干渉した。久しぶりにしては上手くいき、日頃から僅かに放出している右手の治癒力を1とするなら100を超える治癒力を右手に宿したにも拘わらず、俺はいったい何を間違ったのか?
「翔のあんぽんたん、親不幸者!」
と、母さんに酷く叱られてしまったのである。その声は意外と大きかったらしく、少し離れた場所で酒盛りをしていた成竜達が一斉に顔をこちらに向けた。反射的に立ち上がり、バカ息子が賢母に叱られたという状況説明と、静けさを楽しむべき夜に騒いでしまったことを詫びた。幸い「星母様を母親に持つことは私達の想像の及ばぬ苦労があるのでしょう」系の理解を皆さん示してくれて、その寛大さに再度下げた頭を上げるころには、何事もなかったように酒盛りが再開していた。あの屈託のない場に加わるのは次回の楽しみにして、今は母さんにしっかり謝罪しよう。そう決意し体の向きを戻そうとした俺の脳裏を、ある光景が駆けた。それは「八つ当たりしてごめんなさい」と俺に詫びる、数秒未来の母さんの姿だったのである。既視感を覚え記憶を探ったところ、昇と奏が結婚するきっかけになった準四次元会議の最中に酷似したやり取りを奏としたことを思い出した。あの時の真相解明は、たしか創造主の創造主の創造主が登場する領域まで至ったはず。ならば今回も、同じなのだろうか? 渾身の超高速考察に成功し「同じ」と結論した0.1秒後、母さんに正対する動作が終わる。心の整理を付けていたから母さんに詫びられても平気と予想していたが、とんでもない間違いだった。現実の「八つ当たりしてごめんなさい」を時間を超えて見ていたにもかかわらず、眼前で実際に詫びられたら心の耐久力が枯渇寸前になってしまったのだ。寸前で踏みとどまれたのは、成竜達がついさっき俺に掛けてくれた「私達の想像の及ばぬ苦労があるのでしょう」のお陰。想像の及ばぬ苦労があることを気遣い労わってもらっていなかったら心の耐久力が枯渇していました、ありがとうございます。胸の中でそう謝意を述べ、打ちひしがれる母さんに俺は話しかけた。




