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ちなみにアトランティス政府は環境省内に、妖精種族の窓口になる妖精課を新設したらしい。会員数数百万を誇る妖精を見る会の活動と、人類軍の司令官会議に星母様が現れ妖精種族の意向を伝えたことが、新設を促したそうだ。通常なら妖精種族の担当者がその課へ足を運ぶが、俺の散山脈諸島訪問については土地神長が直接現れ、有用性を熱心に説いたという。そこまでしてくれたのに、面識がないのは失礼というもの。ここの土地神か振袖娘に頼み、近い内にお礼を言いに行かないとな。
竜族が遠からず飛行能力を再獲得することも、環境省は把握しているらしい。飛べるようになっても生存圏を諸島外へ広げる可能性は今のところ低いが、もしもの時のために法務省と連携し、法の整備を進めているという。生存圏は広げずとも血気盛んな若竜が諸島外を冒険するかもしれないから、法の整備を進めている両省は正しいと言える。両省の先見の明に、俺は敬意と感謝を捧げた。
このように俺の散山脈諸島訪問を政府は把握し、概ね好意的に受け入れられているという。だが油断すると、「厄介ごとを持ち込んだヤツ」と認定されるかもしれない。然るに油断は悉く排除せねばならず、鈴姉さんと小鳥姉さんの諸島訪問と、子竜達に諸島外の果物を食べさせる計画を、母さんは油断と判断した。という事だったんだね。
こうして事の全貌を遅ればせながら把握した俺は、子竜達がお昼ご飯を食べている場所へ顔を向けた。子竜達と同じ果物と木の実を、母さんもニコニコ顔で食べている。それどころか子竜達を、左右の手で愛情たっぷり撫でてあげていた。何と母さんは子竜達への悪影響皆無の物質肉体を創造し、昼食の場にああして加わっていたのである。大喜びする子竜達と、母性を満たせて極上の笑みを振りまく母さんを見ていたら、視界が急速に霞んでいった。それは嬉し涙であり、本来ならとても幸せなことなのだけど、子供妖精が多数いる場はその限りではない。「あっ、白銀王が嬉し涙を流してる!」「良かったね白銀王!」「「「「は~くぎ~んおう~~!!」」」」のように、白銀王の大合唱が始まってしまったのだ。母さんも面白がり、子竜達を大合唱に乗っからせる始末。星母様の意向ならやむなしとの体を装い山風を始めとする成竜達も野太い声でそれに加わったため、俺の視界は理由の異なる二種類の涙によって霞みまくったのだった。
その日の夜、早寝早起きの行き届いている子竜達が寝静まったのち、俺、母さん、美雪の三人でテーブルを囲み、様々な事を語りあった。美雪だけはとある事情により序盤のみの参加となったがそれはひとまず置き、準四次元以外で夜に母さんとこうして過ごすのは、何気に初めてのこと。それ以前に物質肉体を得た母さんをこうも近くで見たことも初めてだったのだがそれは極力意識しない事にして、美雪の初めてのアルコール体験ついて取り上げようと思う。
現在この星に、AⅠ用のアルコール飲料つまりお酒は販売されていない。俺が独自にこっそり調べたところによると、アトランティス本国では一時期販売されていたらしい。石竜人に国の上層部を乗っ取られ、物質的退廃へまっしぐらに転落していたころ、AⅠやアンドロイド用のお酒が流通していたみたいなのだ。当時のアトランティスでは、人に擬態し区別できなくなる石竜人の存在が知られており、国家の枢機に携わる人は石竜人でないことを国会議事堂で年に一度証明せねばならなかったにもかかわらず、上層部をすべて乗っ取られてしまったのである。どれほど制度を整えても、心の未熟な者が大半を占めるようになったら用を成さなくなるということの、実例なのだろう。
ちなみにムー人はアトランティス人より早く国を乗っ取られ、それ絡みで地球内部へ移住することが流行し、そのまま地下深くに閉じ込められてしまった。ただの個人的意見だが、ファンタジーに出てくるドワーフは、優れた機械文明を持ちながらも地下へ地下へ潜って行ったムー人を原型にしているのかもしれない。
話を戻そう。
偉大だった本国が見る影もなく凋落していた頃に流通していたことと、闇族との戦争前はAⅠ脅威論が世を席巻していたことにより、AⅠ用のお酒は今でも販売されていない。なのになぜ、初めてのアルコール体験を美雪はしたのか? 正解は、「母さんが酒果を造ったから」だ。妖精達がフルーツケーキを非常に好むことは、土地神巡りを介して環境省妖精課も把握している。それが功を奏しマザーコンピューターが果物の様々なシミュレーションを急に始めても誰も不思議がらず、そしてそのシミュレーションの中に追熟があった。マザーコンピューターの超絶性能を駆使し追熟について学び尽くした母さんは、この島では監視システムに介入できることを利用してAⅠ用の酒果を造り、美雪にプレゼントしたのである。
それを受け美雪は、贈り主の母さんも少々意外だったほど大喜びした。本人が明かしたところによると、お酒を飲むと人々が陽気になる様子を数百年間見てきた美雪は、お酒に強い興味を抱いていたそうなのである。視界の端に、不安げな表情を若干した母さんが映った。それを、普段の美雪なら決して見過ごさなかっただろう。だが数百年も憧れてきたアルコールを摂取できると知り有頂天になっていたからか、酒果に視線を固定していた美雪は母さんの表情の変化に気づかなかった。一心に見つめていた酒果を、美雪は手に取る。美雪が選んだのは、パイナップルの酒果。俺の味覚に一番合ったものを、覚えていてくれたんだね。量子AⅠに忘却機能が付いているか否かはこのさい置き、俺が最も気に入ったものを人生初のアルコール体験に選んでもらえたのは、やはり嬉しいものだ。俺はニコニコ顔になり、そんな俺と目が合った美雪も笑みを浮かべた。そして母さんにお礼を述べ、パイナップルの酒果をほんのひと欠片、ちょこんと口に含む。その仕草はまこと可愛く、俺は顔をこれ以上ないほどフニャフニャにした。のだけど十分も経たず、
「誰だコイツに酒を飲ませたのは!」
というお約束のセリフを心の中で吐くことになった。美雪が、へべれけに酔っぱらってしまったんだね。ははは・・・・




