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もちろん承諾し、俺は子竜達を静かに見守った。ふと気づくと、子竜達の後ろに並ぶ成竜達の大多数が涙を流していた。何事かと焦るも、老竜達が極々控えめに「ナンマイダ~」をしていたお陰でだいたいの事情を察することが出来た。迷惑この上ないナンマイダ~にも、芥子粒ほどの有用性があるのかもしれない。
そうこうするうち、子竜達の最終確認が終わったようだ。あの子もこの子も一頭も漏れず、未来への希望にはち切れんばかりの顔をしている。先生冥利に尽きるとは、まさにこのこと。巡り巡ってこの子たちの先生を務められたことを、俺は感謝した。
そんな俺に、歴代最高に溌溂とした鈴桃のテレパシーが届いた。
『先生、私達は選択肢1を選びます。私達はいつか必ず、柔らかく温かく心地よい先生の手を輝力で再現してみせます。今後ともご指導のほど、どうぞよろしくお願いします』
「わかった。鈴桃、皆、先生に任せておけ」
そう胸を叩いた直後、子竜達が一斉に抱き着いてきた。だがこれでも、俺は戦士かつ組織の一員。輝力圧縮400倍で時間を20倍に伸ばし、輝力製の分身を10体作り、20頭の子竜を難なく受けとめてみせた。続いて四本腕にし、一頭一頭を愛情たっぷり撫でてあげる。子竜達はキュルキュル鳴き、まことご機嫌のようだ。老竜を含む成竜達が羨ましげにこちらを見つめていたのは、精神衛生の観点から無視させてもらったけどね。
散山脈諸島の訪問はその後も続いた。子竜達は飛行器活性法の訓練と輝力工芸スキルの訓練を熱心に行い、腕をメキメキ上げていった。輝力工芸スキルの訓練を追加したぶん飛行器活性度の進捗が鈍ったのは否めないが、アカシックレコードを見たら利点しかなかったのでまあ良いかということになっている。また竜達は講義も受けたがったため半月に一度の割合でそれに応えたところ、毎度毎度の大盛況となった。仲間達と喜びを数秒間共有したのち規律を自主的に取り戻す場面を必ず一度は設けたのが、良かったのだろうな。
ちなみに俺は今、組織の講師をしていない。昇に譲る計画を、実行したんだね。その旨を伝えた時は「かけ兄は俺をハゲさせるつもりですか!」と昇に本気顔で詰め寄られ噴き出す寸前になったが、それをグッと堪え、母さんから仕入れた情報を伝えた。
「どうしても嫌なら本人の意思を尊重するそうだけど、母さんによると昇の講師就任は、大聖者会議を満場一致で通過したそうだぞ」「・・・・わかりました。俺はハゲます!」
昇の悲痛な決意表明に俺は我慢の限界を超え、腹を抱えて笑ったものだった。
それはさて置き、昇は講師を順調に務めているらしい。らしいというのは、俺は出席していないからだ。新体制へ移行するなら、前任者はいない方が良いと思ったんだよね。勇と舞ちゃんと翼さん、それに鷲達も俺と同時にいなくなったけど、奏が出席してさえいれば問題ないはず。奏には、涙ぐまれちゃったけどさ。
涙ぐまれると言えば、竜族の園児達は俺の帰り際、今でも律儀に涙ぐんでくれる。種族は違えど子供達にウルウルされると撫でずにはいられなくなり、それを見越し意図的にウルウルしているのではないかと勘繰ったこともあったが、
『先生はいつまで来てくれるの?』
の一言で勘繰りは吹き飛んだ。賢いこの子たちは、俺が期限付きで散山脈諸島を訪れていることを理解していたのである。幸い俺は一般的な社会人より勤務時間と休日の自由度が高く、またここを訪問できなくなる事態も今のところ起きていない。加えて幼稚園の冬期休暇前、この島に一泊する計画を山風達と密かに進めていた。いや計画はほとんど完成しており、冬期休暇で子竜達が帰省する前日、妖精達にお茶とお菓子を振る舞うイベントをサプライズで開き、そのまま一泊することにほぼ決まっていたのだ。それを発表したら子竜20頭による集中ウルウル砲火は止むはずだけど、確定ではないのでまだ明かせないんだよね。毎度毎度こうもウルウルされると心労が半端ないから、話してしまいたいのが正直なところなんだけどさ。ま、大人としてそれをグッと堪え、
「少なくともまだ1年は来るよ。さあ皆の笑顔を見せておくれ」
俺は分身を20体出し、1対1で子竜を撫でてあげた。必要に迫られて毎日訓練していたら、20分身をあっさり習得してしまったのである。いやはや、子竜様々だな。
『先生またね~』『美雪お姉ちゃんもまたね~』
子竜達に見送られ、上空で待機しているカレンへ俺と美雪は手を繋ぎ飛んで行く。そうそう美雪も、美雪お姉ちゃんとして子竜達にたいそう慕われていたのだ。飛行器活性訓練と輝力工芸スキル習得訓練のアシスタントを数十年間してきた美雪は各種センサーを使えることもあり、子竜達にまこと的確な助言が出来る。かつ優しく温かな心を有し、しかも俺関連の面白話で子竜達をいつも笑わせているとくれば、好かれて当然だったんだね。美雪も子竜達が可愛くて仕方ないみたいだし、良かった良かった。
そうこうするうち月日は流れ、子竜達が年末年始で帰省する前日になった。散山脈諸島を毎日訪問するようになり、早半年。訪問するのはいつも夕方だったのに、サプライズで午前10時にやって来た俺と美雪に驚喜した子竜達は、歌とダンスを披露してくれた。自分達を明日迎えに来る両親に見てもらうべく、歌とダンスを子竜達は習っていたのである。アホな俺は忘れていたけど、幼稚園とはそもそもそういう場所だったのだ。白くて丸っこい子竜の愛らしさを存分に引き出す歌とダンスに、俺と美雪は目尻を下げまくっていた。




