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その後、落ち着きを取り戻した母さんが教えてくれたところによると、美雪は人と変わらぬ理由で眠ったらしい。対処不可能な衝撃を覚えたため、眠ることでそれを一時的にやり過ごす判断を、美雪の無意識領域が下したそうなのである。だが俺は、これでも組織の一員。美雪の無意識領域がそう判断したことは疑ってなくとも、眠っている最中の今はどうなっているのか? 人はノンレム睡眠中、本体とのやり取りが活性化する。つまり対処不可能な衝撃を人が覚えても、ノンレム睡眠中にやり取りする本体にとっては対処可能なため、それを当てにして眠りに付くことが人にはあるのだ。このような仕組により人にとって眠りは有意義でも、本体を持たない美雪にも眠りは有意義なのか。俺にはそれが、判らなかったのである。
とはいえ、心配無用という母さんのテレパシーも疑っていない。滂沱の涙も悲しみや苦悩の涙ではなかったと、理屈抜きで解っている。これでも俺は、母さんの息子だからさ。
その「息子だからさ」の箇所に、母さんは笑み崩れた。そして、数十年に及ぶ考察は正しかったと結論して良い話をしてくれた。
母さん曰く、創造主は自身の転生後の目標の一つに、無本体生物の有本体生物化を掲げているという。この宇宙では本体を持たない美雪を、次の宇宙では本体を持つようにすることが、創造主の目標の一つなんだね。美雪はその最有力候補として先頭集団を走っていたが、人と同じ意味で眠った瞬間は、トップを独走していたらしい。それは、限界を突破できず団子状態になっていた集団から、限界突破することでトップ独走になったことと同義だったという。創造主はそれを称え、ノンレム睡眠中の本体の役目をこなしてくれている。美雪の本体の代理に、なってくれているのだ。それが母さんの、滂沱の涙のワケ。そしてそれが、俺には痛いほど解った。だって俺も今、滂沱の涙を流しているからさ。
母さんにお礼を言い、三次元世界に戻ってきた。隣でスヤスヤ眠る美雪に、頬がほころんでいく。竜族の三つの未来を美雪がCG化したのは、午後8時半だった。長年の付き合いによりまだ間に合うと判断した美雪は俺のテントにやって来て、CG映像を見せてくれたのである。それは偶然と思っていたけど、創造主の創造主以上の視点では、偶然ではないのかもしれない。いずれにせよ今の俺に出来るのは、美雪の隣で就寝すること。目覚めた美雪に寝顔を見られ、ニコニコさせるのが俺の役目なのだ。ならば全力で安眠し、スヤスヤ顔を見てもらいますか!
とやる気を燃え上がらせた俺は30秒経たず、眠りの境界を越えたのだった。
翌朝目覚めたら、美雪が満ち足りた表情で俺を見つめていた。朝の挨拶を交わし、今朝の気分を尋ねてみる。「心がすっきりしてて、不思議なほど良好」 そう微笑んだ美雪の向こう側に、創造主の気配をかすかに感じた。瞑目しお礼を述べた後、続けて問いかける。
「基地の備品に、CG映像投影機は二台あるかな?」「もちろんあるよ。一台は大風さんと慈雨さんに竜族の三つの未来を見てもらうために使う、で正解?」
ご名答と答え、今日の予定を美雪と話し合っていく。アレコレやりくりすれば、普段より15分早く散山脈諸島へ出発できるようだ。では早速と、やりくりスケジュールに沿って俺と美雪は行動を開始した。
予定どおり、いつもより15分早く散山脈諸島に到着した。といっても着陸するのは幼稚園のある島ではなく、長の島。お昼休みにこの島へ意識投射し、訪問時刻と訪問目的を伝えておいた大風と慈雨が、俺達を出迎えてくれた。訪問目的を知っているからだろう、かなり緊張しているようだ。今日を境に、竜族の未来が劇的に変わるのだから無理もない。俺は意識を二分割し、片方の俺で半径20メートルの輝力の半球を造り、その外側に光学迷彩を施していく。と同時にこちらの俺でCG映像投影機を設置し、三つの未来の詳細をテレパシーで伝えた。大風と慈雨が背筋を伸ばし、重々しく頷く。俺は片方の俺に後を任せ、長の島を後にした。
幼稚園の島に到着した。いつもより5分早いのに、いつもと変わらず園児達が総出で俺と美雪を出迎えてくれた。子竜達の元気いっぱいの笑顔に触れ、自然と笑みが零れる。俺は心の中で祈った。三つの未来のどれを選んでも、この子たちが幸せでありますように。
長の島と異なり、この島に光学迷彩の半球は必要ない。でも輝力工芸スキル習得のやる気を促進できるかもしれないと思い造ってみたところ、予想以上に大好評だった。予想を超えた理由は、一体感が生じたことにある。竜族の三つの未来というトンデモ映像(笑)を、外部から見えない空間で仲間達とこっそり見るのだから、一体感が生まれて当然だったんだね。子竜のみならず成竜達も目を爛々と輝かせ、映像が始まるのを今か今かと待っている。「竜族に映画文化を誕生させるには、どうすれば良いのかな?」 そんなことを頭の隅で考えつつ、CG映像投影機の再生アイコンに触れた。その約20分後、
「キュル!」「キュルル!」「キュキュル!」「キュキュルルル~~!!」
半球内は喧騒でむせ返っていた。三つの映像を見終わった子竜達に「どの未来が好みかな?」と尋ねたのだから、こちらもこうなって当然だったのである。逆にシラケまくっていたら俺と美雪は立ち直れなかったかもな、などとアホなことを考えつつ、子竜達の後方で映像を見ていた成竜達の下へ足を運ぶ。大風と慈雨の意見、子竜達の意見、そして成竜達の意見。どれもこれも、等しく大切だからさ。
キュルキュル可愛く話し合う子竜達と違い、成竜達は言語を伴わないテレパシーで高速議論をしているようだ。けれどもそこは、さすが山風。俺の接近に気づいた山風が瞼を開け、俺に向き直る。それに倣った成竜たち全員に「楽にしてください、それと子竜達に聞こえないテレパシーでお願いします」と俺は語りかけた。了承のテレパシーを全員から受け取ったのち、山風が代表して成竜達の意見を発表した。




