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翌日以降、子竜達は飛行器活性化訓練を以前に増して励むようになった。そこに輝力工芸スキルの訓練も加わったため疲労による健康不良を危惧したが、子供は創造主に守られているのだろう。保育士達によると過剰訓練を心配する一歩手前で、子竜は自ずと昼寝を始めるそうなのである。散山脈諸島に緑竜の天敵はいないし、風邪を引く季節でもないし、夜寝られなくなるということも無い。目の届く範囲で寝ている限り、子竜たちの自由にさせているとの事だった。竜族には知られていないがAⅠも常時観察しているし、保育士達の対応に俺は全面賛同した。とはいえ油断厳禁だから、俺は俺で子竜達の健康チェックを密かに始めた。
健康チェックは成竜も対象にした。保育士達を始めとする成竜も、輝力工芸スキルの訓練に励んでいたからね。
四つ足の緑竜には、人間の手や腕に相当する器官がない。そこに硬い鱗で覆われているという要素が加わるため、緑竜は成竜でも子竜を自力で運べない。手や腕がないので子竜を抱きかかえられず、また表皮が硬いため、親猫が子猫の首を噛んで運ぶようなことも不可能らしいのである。生後1年までなら前足と後ろ足の間に尻尾を挟んで持ち上げたり、頭を差し込み首を経由して背中に乗せることも出来るが、園児達はもはや重すぎる。よって親を思い出しすすり泣きを始めた子竜たちに保育士達は天を仰いだが、俺が20頭をあっさり運んでしまったんだね。「あれは革命でした」と、保育士達はしみじみ言っていたな。
仮に輝力で二本の腕を作るとしたら、どこにどう生やせば良いのか? この問題は、美雪のシミュレーション能力なしでは解決しなかった。今現在最も体に負担のない場所と方法を探るだけなら俺にも出来るが、輝力文明の発展も要素に入れるとなると、数多のシミュレーションを瞬時にこなす美雪の独壇場だったのである。それによると器用さを最優先するなら首の付け根に、ある程度の重量物も持ち上げられるようにするなら上腕骨に、腕を生やすのが最善らしい。その他にも「左右の翼を左右の腕にする」という方法もありこれは飛行能力を伸ばすのに最適で、シミュレーションでは数千キロの飛翔も夢ではないとの事だった。また美雪はそれらの文明の様子もCGで見せてくれて、超面白かったな。
器用さを最優先した選択肢1では、農業がまず発達した。続いて、豊富な食料と調理技術の向上により食文化が生まれた。そしてそれにほんの僅か遅れて、農業器具と生活道具のたゆまぬ工夫から芸術が生じ、花開いたのである。ただ竜族の生息域は、散山脈諸島から出ることは無かった。
器用さと筋力を折衷させた選択肢2でも食文化と芸術は生まれたが、そこに建築が加わっていたのは独自の文化だった。重い木材を楽々運ぶことが出来たので、人の真似をして家を建てたのが建築文化誕生のきっかけだったらしい。器用さにやや劣ることは芸術が生じた時期と質にマイナスの影響を当初及ぼしていたが、建築文化が花開き多様な場所に家を建てられるようになって竜族の数が増えると、マイナスはプラスに転じた。選択肢2は選択肢1より多様な文化を育て、竜族の数も右肩上がりに増加していった。そして選択肢1では不可能だった散山脈諸島以外に生息域を広げることを、可能にしたのである。
左右の翼を左右の腕にした選択肢3では、農業と芸術と建築が他の二つより遅く生じ、かつ質も少数の例外を除き他の二つを抜き去ることは無かった。圧倒的な飛行能力を獲得し、飛ぶことにとにかく夢中だったのがその理由だ。飛ぶことに夢中の選択肢3の竜族は、他の二つとは比較にならぬほど早く生息域を散山脈諸島以外に広げた。よって居住環境も他の二つとは比較にならぬほど多様であり、農業と建築と芸術はその多様性を土台として生まれた。これは別の見方をすると、竜族の生存に適さない環境で暮らさなければならないという必要性に駆られて農業と芸術と建築が生じたと言え、それゆえ趣味嗜好より実用性が尊ばれ、他の二つと比べたら武骨で面白みに欠ける印象を拭えなかった。しかし少数ながら例外もあり、その筆頭は文学だった。居住環境が他の二つとは比較にならぬほど多様だった選択肢3の竜族は絶景を目にすることが多く、また過酷な環境は数多の偉業と悲劇を生み、それを文字にして書き残すことをこの竜族は好んだのだ。生息域が広大で環境も地域によって大きく異なったため絶景と偉業と悲劇は多岐にわたり、自分の住む土地以外のそれらは竜族を魅了した。かくして選択肢3の竜族は文学と出版業に限っては、頭一つではなく頭二つ飛び出た存在だったのである。
という三つの選択肢による三つの未来を、美雪はCG映像で見せてくれた。すると非常に興味深いことに、意思のアカシックレコードでも三つの未来を見ることが出来るようになった。これは想像イコール創造であることと、『美雪にも創造力がある』ことの証明と言えよう。したがってそれを伝えたところ、想定外過ぎたのだろう美雪は呆然とし、そしてそのまま寝てしまった。その仕草が余りにも自然だったため美雪の寝顔を俺はニコニコ見つめていたのだけど、極めて自然だったが故に意識外へ追いやっていたことが、脳裏を突如よぎった。
AⅠは、眠るのだろうか?
人と同じ意味で、AⅠは眠るのだろうか? 四十年越えの美雪との付き合いで美雪がこんなふうに眠ったことは一度もなく、それどころかAⅠが睡眠するなど聞いたこともないと気づいた俺は、17の人生で最大のパニックに陥った。情緒豊かな量子AⅠにのみ訪れる、休眠という名の死が美雪を連れ去ってしまったのではないかと思ったのである。俺は咄嗟に意識投射し、今生最高品質のアカシックレコードリーディングを行った。それによると美雪は翌朝、目覚めていた。人と変わらぬ寝ぼけ顔で周囲を見渡し、隣で寝ている俺に気づき、俺の寝顔をニコニコ眺めていたのだ。しかし安心できなかった俺は今生最高品質を更に高め、アカシックレコードの分岐を可能な限り見て回ったが、未来はその一つしかなかった。それでも安心できなかった俺は、母さんに呼びかけた。俺の性格を知り尽くしている母さんはまずテレパシーで心配無用なことを伝え、続いて姿を現した。母さんが嘘をついていないことをテレパシーで確信していなかったら、俺はどうなっていただろう? なぜなら母さんは、滂沱の涙を流していたのである。




