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 妖精達に風を調整してもらい、気球は風の力で上昇を続けている。前世でヨットに乗ったさい、モーターボートとは比較にならぬ速度感と爽快感を楽しむことが出来た。帆で風を捉えて出す7ノットは時速13キロでしかないのに、風にフワリと乗る感覚に体が錯覚するのか、最初は速度の出し過ぎを恐怖するほどだったのだ。慣れてきて、かつ体感ほど速度が出ていないと知ってからは、湧き上がる爽快感にやみつきになってしまった。あの時のヨットと比べたら気球の上昇速度は3分の1でしかなくとも、「風にフワリ」はやはり偉大。地球人に換算すると70歳超えにも拘わらず、竜達はワイワイギャーギャーはしゃぎまくっていたのである。鈴桃達と変わらぬキラキラお目々になっていたから、よほど楽しかったんだろうな。

 10分ちょいの空の旅を終え、気球は崖の上に着陸した。幼稚園があるくらいだから、食料や寝床等の問題は皆無と言える。問題はむしろ、竜達が今を楽しみ過ぎていることにあった。区域の元頭とその伴侶達は、全員この幼稚園の卒園生。よって二百数十年振りに拝んだ標高1千メートルからの絶景に、大興奮状態だったのである。幼稚園の施設にも「変わってない!」「懐かしい!」を連発し、正直言うと困った。地球人換算で70歳超えの老竜達がこんなに興奮していたら心配で帰れないではありませんか、という感覚になってしまったんだね。母さんの「翔、私がアカシックレコードで確認しました。安心して帰りなさい」というテレパシーが無かったら、俺も幼稚園に泊まっていたかもしれない。老齢なのでさすがにヒャッハーはなく、お邪魔虫にはならなかったと思うしさ。

 竜達に挨拶し、幼稚園を後にする。最近は反重力板にいちいち乗るのが面倒で、美雪と手を繋ぎカレンへ飛んでいくのが恒例だった。そのさいの美雪の笑顔が眩しくて、ほんの十秒ほどだがこの飛行は、俺達のかけがえのない時間になっていた。土地神も気を利かせて地上で別れを済ませるのが常となり、今日もそうだったのだけど、


「ん?」


 地上で手を振る土地神に、何かがひっかかった。大切なことを失念している気が、そこはかとなくしたのである。でも「どうしたの翔」と声を掛けてきた美雪の顔が綺麗すぎ、まあいいかという事になった。この島に毎日通うようになったことは、美雪に新たな美しさを加えた。ハーレムを築いている並行世界の俺によると、俺と一緒に南の島を訪れているというただそれだけのことが、美雪にとっては宝物なのだそうだ。けどそんなのは、俺も同じ。よってそう反論したところ「お前は何も解ってない。幸せだな」と羨ましがられてしまった。アイツも俺ゆえ、心底羨ましがっているのが問答無用で伝わってくる。だが伝わって来るのはそれに留まり、羨ましがる理由までは解らなかった。並行世界の分身はそういうものなのか、それとも俺が未熟なだけなのか。未熟ということに俺はしている。

 そして翌日の夕方。

 己の未熟さを、俺は嫌と言うほど知ることになった。やはり昨夕のひっかかりは大切な事柄の失念であり、そしてその尻拭いを、なんと母さんにさせてしまったのである。失念は、大風と慈雨がグライダーイベントに参加していなかったこと。そして尻拭いは、大風と慈雨をこの島にテレポーテーションしてもらったことだ。己の未熟さを直視すべく、大風と慈雨がこの島にいなかった経緯から振り返ってみよう。

 鈴桃を始めとする園児たちが、一族の悲願を達成する瞬間に立ち会いたい。大風と慈雨も、もちろんそう思っていた。しかしそれを叶えたら、次期長じきおさの山風がおさの島に留まることになる。現長か次期長のどちらかは長の島にいなければならないという掟が、竜族にはあったんだね。では、余命いくばくもない現長が達成の瞬間に立ち会うのと、平均寿命半ばの次期長が達成の瞬間に立ち会うのとでは、どちらが竜族にとって有益なのか? 立ち会うのは達成の瞬間だけでなく、飛行器活性法の訓練にも立ち会いそれを一族全体に還元していくことも考慮すれば、竜族にとって有益なのは圧倒的に次期長となる。したがって現長は長の島に留まり、次期長が幼稚園のある島へ行く。これが、竜族の最善なのだ。大風と慈雨はそう判断し、幼稚園の島に来なかったのである。

 それは正しいと俺も思う。一族を今後150年間引っ張っていく次期長に貴重な経験を譲ったのは極めて崇高な行為だと、心から断言できる。けれども譲るのは「悲願達成の瞬間」や「訓練法の見学」であって、グライダーによる空中散歩ではない。というかそもそもグライダーのイベントに参加するのは区域の元頭とその伴侶であり、次期長は無関係なのだ。ならば優先されるべきは、引退した元頭より現長であって当然。現長が崇高な自己犠牲によって長の島に留まっているとくれば、尚更と言えよう。そう尚更なのに、俺はそれを失念していたのである。これを未熟とせずして、何を未熟とするのか。俺は己の未熟さを、嫌悪せずにはいられなかった。

 いや、まだ早い。自己嫌悪の要因は、もう一つあるのだ。反省も兼ね、その整理を優先するとしよう。

 緑竜は泳ぎが巧くまた非常に好むため、海を泳ぐ緑竜を人類は決して妨げない。AⅠによる観察はあれど溺死した記録の無いこともあり、島から島へ泳いで移動するのは緑竜の完全な自由になっていた。しかし自由だとしても、大風と慈雨が幼稚園の島へ泳いで行くのはほぼ不可能になっていた。310余歳の年齢では、島から島へ連続して泳ぐことがもはや無理だったのである。ただ連続して泳ぐのが無理なだけで、隣の島なら今でも可能。よって数カ月かけて少しずつ移動すれば、泳ぎ切ることは不可能ではないらしい。それでも、片道切符になるのは避けられないみたいだけどね。

 仮に長の職を既に引退していたら、片道切符だろうと喜んで幼稚園の島に泳いでいったと大風と慈雨は語った。しかし俺と母さんの初訪問時に現役だったのだから、諦めるしかなかったそうだ。テレパシー会話が可能なことを人類に明かして交流を重ねていれば飛行車で輸送してもらえたはずだけど、掟なので仕方ないかな。

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