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準四次元に戻り、キャンプ場を創造する。ティーセットは用意したけど、アフタヌーンティースタンドは今日はなし。あれがテーブルの上にドドンとあったら、母さんを食べ物で懐柔しようとしている気が何となくしてくるのだ。筆頭大聖者の星母様を丸め込むなど絶対不可能でも、緑竜の悲願と努力を俺以上に知っている母さんは、たいそう悩むと思うんだよね。それを見越し、目の前に聳えるケーキとスコーンとサンドイッチを我慢するなんてことになったら、かえって可哀そうだ。かくなる理由により、俺は心を鬼にしてアフタヌーンティースタンドを創らない選択をした。のだけど、
「翔のバカ~~」
正面席に現れてから母さんはずっと、テーブルに突っ伏して泣き続けやがったのである。そりゃ気持ちは分かるし、俺にできる唯一の親孝行は甘えてもらうことだと理解しているけど、「親ウゼ~」とゲンナリするような事はなるべくしないでね母さん。
と頭の隅でこっそり考えていたが、あまりにも泣き止まないので何らかの見落としがあるように思えてきた。安直にピンと閃いたことを、とりあえず述べてみる。
「母さん、俺がバカでした。明日の昼食後、基地のキャンプ場で冴子ちゃんも呼びお茶会を開きます。腕を振るってアフタヌーンティースタンドを創りますから、楽しみにしていてください」
今は勇と昇が基地にいないのだから、お茶会を支障なく開ける。それをまるっと忘れ、美雪との小旅行ばかりを計画していたとくれば、拗ねられても仕方ないのかもしれない。
的なことを安直に閃いたので言葉にしてみたところ、思いがけず正解だったらしい。明日俺が造ろうとしているケーキとスコーンとサンドイッチの種類を尋ねた母さんは、アレとコレを追加してくれたら出席してもいいとテーブルに突っ伏したまま言った。普段なら溜息の一つも出ただろうが、今この胸の中にはたまたま気づいた可能性が仕舞われている。仮にそれが当たっていたなら、母さんの無限の知性と愛に俺は平伏するしかない。いや「仮に」なんてことはなく、それはほぼ間違いなく事実なのだ。よって、アレとコレを追加することを俺は快く承諾した。母さんがやっと機嫌を直し、上体を起こす。その途端、出現してから上体を起こすまでの全てがただの照れ隠しだったことを直感的に理解した。いやはやホント、母さんには敵わない。それが堪らなく嬉しかった俺は、かの次元で結論したことから述べていった。
緑竜の子供達に飛行器活性法を教えるという俺の結論を、母さんは涙を流して喜んだ。あの子たちの長年の努力が実って良かったと、俺の渡したハンカチで目元を幾度も抑えたのである。その喜びように、胸に仕舞っている可能性への更なる確証を得るも、思い込み厳禁という原則に従い尋ねてみた。
「緑竜が飛行能力を再獲得する功績を俺に譲るため、母さんは散山脈諸島を故意に訪れなかったのですか?」
母さんの返答は「私にそんな力はない、買い被りよ」だった。しかし俺は買い被りとどうしても思えず、可能なら子細を教えてくださいと食い下がったところ、大聖者と言えど何から何まで見通すのは不可能ということを清々しい声音で母さんは話してくれた。
それによるとこの星を初訪問した5万年前、意識投射で地表と地中の隅々を巡った母さんは、飛行能力を再獲得すべく努力を重ねる緑竜を見た際、胸が締め付けられたらしい。努力の手助けをしたくとも、自分がそれをしたら宇宙計画を捻じ曲げてしまうため、我慢するしかないと悟ったそうなのだ。手助けをせず数百年に一度訪問するだけでも絶望の増加等の弊害が生じるため、緑竜が自分の来訪を心待ちにしていると知りつつも、我慢の5万年を過ごすしかなかったという。また当の宇宙計画についても「努力は5万年後に実る」という大雑把な情報しか得られず、自分は何かの罰を受けているのではないかと悩んだことすらあった。だが今日、それらの全てが氷解した。しかもその中心にいたのは、自慢の息子だったのだ。然るに本当は俺が寝るなり夢を訪れたかったが、緑竜への対応を精査検討する俺の邪魔をすべきでないと判断し、母さんはまたもや待った。待つことに慣れていても、自慢の息子につい甘えて泣く振りをしてしまった。面倒な母親でゴメンねと、母さんはバツ悪げに微笑んだのである。まったく、この親には手を焼く。宇宙創造前の次元で考察するというそれなりに高度な技術を駆使してやっと気づけたことを、いとも容易く凌いでいくこの親に、俺はどう報いれば良いのだろう。仮に親が偉大であればあるほど報いが困難になるなら、俺以上に困難な人は宇宙にいないんじゃないかな? などと冗談ではなく真剣に考えたのはさて置き、俺は本体に頼んだ。「母さんの大好物のチョコレートケーキを、歴代最高品質で造りたいんだ。手伝ってくれないかな」 任せろや、と友人のように応じてくれた本体に胸中感謝しつつ、チョコレートケーキの創造に着手する。幸運にも、超山脈北麓のレストランでこの星随一のチョコレートケーキを食べたことがあったのでアカシックレコードとにらめっこしつつ、それを再現していく。俺の見落としやちょっとしたコツ等を本体が教えてくれたそれは、今の俺の実力を大幅に凌駕するチョコレートケーキとなった。その余力で、美味しい水も創造してゆく。ケーキを食べる際、母さんは飲み物に水を選ぶことが多い。水は料理と最も喧嘩しない、飲み物だからさ。
という訳で歴代最高品質のチョコレートケーキと水を、母さんの手元に置いた。そして、せめてもの感謝の印です楽しんでください、と告げる。それへ母さんが「親として当然のことをしただけだから気にしなくていいのよ」と応えたことに、嘘はなかったと思う。だがそれでも、ケーキを口に含んだ直後に浮かべた表情と比べたら、親として当然云々の嘘のなさは、表情の嘘のなさに負けるはず。筆頭大聖者だろうと、母さんがケーキ好きの普通の母親であることが、俺は嬉しかった。




