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 小夜子さんは、夢にやって来た母さんと俺を歓迎した。また母さんに「お会いするのは二度目ですね」と言ったことから、夕子の正体を見抜いていたことが判明した。見抜いた仕組に興味を覚え尋ねたところ、予想を遥かに超える深遠な説明が返ってきた。

 小夜子さんが初めて母さんを知覚したのは、もう30年以上前のこと。13歳の俺が天風の地を訪れ、仮陸宮を参拝した際、母さんが境内に降臨した。母さんは仮陸宮を結界で包んだがそれでも輝力を完全に封じることはできず、比較的近くに屋敷のある五家の人々は母さんの桁外れの輝力に驚愕した。いやそれは驚愕などという生易しいものではなく、小夜子さんはあの経験によって人生観が一変したという。自分を蠟燭の炎とするなら日輪の如き存在がこの世にはいて、しかしその存在と自分は本質的に変わらないのだと、小夜子さんは理屈抜きで解ったそうなのである。「小夜子、正しい理解によくぞ届きました」「星母様、もったいない言葉でございます」 小夜子さんは母さんに礼を尽くしているが、へりくだってはいない。おそらくそれはメイドとして磨き抜いたマナーと、人への正しい理解の、合体技と思われる。小市民兼ヘタレ者の俺には、一生かかっても習得不可能なのだろうな。

 人生観が変わってから仕事にいっそう励むようになった小夜子さんに、再び転機が訪れる。功さんの生まれ変わりの昇に翼さんが会いに行く数日前、俺は翼さんに母さんの組織について説明した。その部屋に小夜子さんもいたのが、二度目の転機だね。噂を微かに聞いた程度だった事柄を明瞭に知ることが出来た小夜子さんの心に、生れて初めての願いが生まれた。それは、組織で教えていることを自分も学びたいという願いだった。またそれについては、不思議な確信があったらしい。日々の仕事を引き続き懸命にこなしていくことが現時点での最善、と確信していたそうなのである。点数を付けるならそれはまさしく100点満点なため、きっと小夜子さんは本体にそれを教えてもらったのだろうな。

 そうして最善の日々を過ごすうち、三度目の転機が訪れた。重軽スキルを俺が昇達に見せたとき、小夜子さんもそこにいたのである。小夜子さんはメイドの矜持を奮い立たせ平静を保っていたが、本当は跳び上がって喜びたかったらしい。それが社会人というものですよね小夜子さんさすがです、と俺が深い敬意を捧げたのは置き、重軽スキル習得の下準備にあたる集中スキルの訓練法を知った小夜子さんは、それを熱心に訓練した。すると思いがけず、小夜子さんは驚喜することになる。


「戦士養成学校で落ちこぼれだった過去が嘘のように、集中力を急激に伸ばせたのです!」


 との事だったのだ。集中力を伸ばせたことではなく戦士養成学校時代を最初に取り上げることは後で詫びるとして、実は小夜子さんは圧倒的少数派とされる、戦士になれなかった天風一族だった。戦士にならずともこの星を卒業できるから各々自由に生きて良いのだけど、一族の一員として生まれた子供にそれはほぼ不可能なのだろう。翼さんもかつてそれをとても憂いていたが、当人の因果として諦めるしかなかったという。哀しいが、俺も翼さんに同意するしかない。この宇宙には残酷な面がある。これが、現実なのだ。

 話を戻そう。

 小夜子さんに戦士の素質がなかった理由は定かでなくとも、集中力を急激に伸ばした仕組なら断言できる。それは「メイドの仕事を懸命にしていた賜物」だ。いかなる仕事でも最高の技量でこなすためには、集中力が不可欠となる。そして小夜子さんはメイドの仕事を、常に最高技量でこなしてきた。それは言い換えるなら、小夜子さんは集中力の訓練を、日々の仕事を通じて数十年間してきたということになる。その甲斐あって組織の知識に基づく訓練を始めるや、集中力がみるみる増して行った。そうその急激な成長は、メイドの仕事を懸命にしていた賜物だったんだね。小夜子さん、おめでとう!

 そして創造主は小夜子さんへ、更なる贈り物をした。それは、「意識分割法や斜足戦や息吹スキルの授業に出席する生徒さんのお世話もメイドの仕事だった」という事だったのである。

 翼さんの屋敷のメイドだった小夜子さんにとって、意識分割法や斜足戦や息吹スキルの授業に出席する生徒さんのお世話をすることは、長期休暇中の通常業務にすぎなかった。特に次期メイド長が確定していた小夜子さんは、生徒達のお世話を最高品質で出来るメイドとなるべく、他のメイドより多くの授業に立ち会っていた。そうなのだ実は小夜子さんは、授業が行われている部屋の壁際に控えることで事実上、授業を受けていた。しかも集中力に秀で、かつ意識分割も習得していたため、メイドとして控えることと生徒として授業に集中することを、小夜子さんは両立させていたのである。これには正直、俺も驚いた。小夜子さんの説明を聞き、やっとそれに気づいたんだね。そんな、気づくのが遅すぎの残念息子をほったらかし、母さんは満面の笑みで小夜子さんに語りかけた。


「小夜子、私が保証します。小夜子ほど熱心に授業を受けていた生徒は、いませんでした。未熟な翔は気づいていませんでしたが、私は小夜子の頑張りを、いつも見ていましたからね」「星母様、まこともったいない言葉でございます。私は、ただただ嬉しかったのです。落ちこぼれだった子供時代は学ぶことがつらいだけだったのに、学びとはこうも心躍るものなのかと知ることが出来て、私は・・・・」


 堪らず泣きだした小夜子さんを、母さんが抱きしめる。その光景を目に焼き付けつつ、俺は自分に問いかけた。「母さんと一緒ではなく俺一人でここに来ていたら、小夜子さんが最も熱心な生徒だったことを俺は知っただろうか?」 返ってきた答は、否だった。否の理由は、俺には因果がなかったから。母さんには、因果があった。小夜子さんの熱心さに気づきずっと見守っていたのだから、因果があって当然といえる。ということは同様に、俺に因果がないのも当然とえいる。小夜子さんの熱心さに気づかず見過ごしてきたのだから、なくて当然だったんだね。俺は心を改め、母さんが小夜子さんを抱きしめる光景へ目をやった。この光景は、俺の未熟さの証。俺はもう二度と、同じ過ちを繰り返さない。そう自分に誓いつつ、俺は眼前の光景を目に焼き付けていた。

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