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なんて冗談はさて置き、俺達も帰り支度を始めた。といっても俺は、仕事がまだ残っている。帽子堂を創造した妖精を見る会の幹部100人に、帽子堂が物質化してしまったことを説明しないといけないんだね。司令長官と鷹さんと綾乃さんも出席するそうだから、正直いうと気が重いんだけどさ。
というのは、完全な杞憂だった。待ち合わせ場所へ向かう道すがら創造主が「こんなふうに説明してごらん」と語りかけてきてそれに従ったら、
「帽子堂の出来を創造主が褒めてくれたの?!」「「「「バンザ~イ!!」」」」
のように103人が浮かれ騒いだのである。宇宙の創造主なんてぶっとんだ単語を用いた説明を、こうもアッサリ受け入れてもらえるなんて思っていなかった俺は、ただただ呆然としていた。呆然は数分間続き、落ち着いた皆に真相をやっと教えてもらったところによると、秘密はティペレトの光にあった。あの光を介し、宇宙を支える根源存在を103人は問答無用で感じたらしいのだ。そういえば、と腑に落ちるところが確かにあった。あの光の正確な出現場所は、輝力壁の内部。その輝力壁を創り、かつ維持していた者達へ格段の理解がもたらされても、不思議はないと思えたんだね。でも「あれ? 司令長官と鷹さんと綾乃さんの三人も含まれているんだけど?」と胸中首を傾げた俺に、母さんのテレパシーが届いた。言語ではないイメージを圧縮したそれによると、真相はこんな感じだった。
『司令長官と鷹さんと綾乃さんは自分では言わないだけで、帽子堂の創造と披露宴の助力に莫大な時間と労力を費やした。帽子堂を創造することになった100人のために「応用輝力壁教導官」という役職を新たに作り、帽子堂創造の訓練に100人が没頭できるようにした。また結婚式後は教導官として生徒を指導できるよう、軍の体制を整えた。人類軍という巨大組織内に新たな教育機関を創設するには膨大な事務処理をせねばならないが、三人の司令官は本来の仕事に加えてそれを精力的にこなした。参加者1万4千人の披露宴のために貸与する軍の物資も尋常な量ではなく、AIに助けられたとしても責任者として全体像を把握しておかねばならず、それにも多大な時間を費やした。繰り返すがそれらの仕事は、本来の業務に追加して成されたのだ。それは表に出ない裏方の仕事であり、しかし裏方として仕事を完遂した三人がいなかったら、輝力スキルの熟達者が100人いようと帽子堂の創造は叶わず、披露宴も簡略化するしかなかったのである。そんな陰の功労者を、全てを見ている創造主は決して疎かにしない。たとえ世界中の人々に過小評価されようと、宇宙で唯一創造主だけは、正当な評価をしてくれるのだ。今回はそれが、ティペレトの光への理解としてもたらされた。裏方の三人と表に立った100人に、理解力の差を創造主は設けなかったのである』
俺は心の中で正座し、創造主へお礼を述べた。創造主が気さくに「次も助けるから自由に行動するんだよ」と返してくれたことが、俺は堪らなく嬉しかったのだった。
翌日のお昼前、鷹さんのメールが届いた。それによると帽子堂の物質化は核機とされ、徹底的な漏洩対策が施されたという。人類軍の秘密主義には賛同しかねるところがあっても、今回は感謝しかなかった。輝力壁の物質化は、アトランティス人にとってさえ猛毒になりかねない。この星の人々は概して物欲に乏しく、それが星の卒業に一役買っているのに、輝力壁の物質化は物欲を再来させてしまうかもしれないからだ。個人的物欲を満たすために輝力スキルを磨く人々が増えることを想像しただけで、背中に悪寒が走った俺だった。
余談だが俺が地球を去る数年前、意識投射してほにゃららすることが米国のセレブ達の憧れになっていると小耳に挟んだことがある。それを動画配信サイトで嬉々として語る都市伝説界隈の有名人も複数いたが、あの人達は自分が何をしたか解っているのだろうか? 黒化組織が広めようとしていることを精力的に広めていたあの人達、今頃どうなっているのだろう。ま、当人達の自業自得なんだけどさ。
話を戻そう。
その日の晩、翼さんのメールが届いた。帽子堂の物質化を、一族の最高機密の一つとして守っていく合意が成されたとの事だった。翼さんによると合意のための話し合いは終始円滑に進んだらしく、それには複数の理由が考えられるという。昇と奏の結婚を一族の誰もが祝福していたこと、ティペレトの光を見たこと、気に入っていた帽子堂がこの二つの記念のように残ってくれたこと、等々が候補に挙がっているそうだ。メールに挙げられていた三つに同意したのち「準四次元で近々会おう」と綴り、翼さんに返信した。
その翌日の朝、つまり結婚式の二日後の朝、昇と奏のメールが届いた。新婚旅行先から、二人はメールを送ってくれたんだね。それによると、定番中の定番として名高い南の島を新婚旅行先に選んだのは、大正解だったらしい。新婚旅行客をもてなすことにスタッフや現地の人々がとても慣れていて、熟達の域に達しているそうなのである。「自然ももちろん美しいですが」「一番嬉しいのはやはり人の心ですね」と幸せ一杯に綴る二人の更なる幸せを願うと共に、スタッフさんと現地の人々へ俺は感謝を捧げた。
その日の晩、応用輝力壁教導官の100人が一斉にメールをくれた。新たな役職と教育機関を軍が設けたことは機密扱いだったため、限定的に解除された今日の晩になって初めて連絡することが出来たのだそうだ。どのメールにも感謝と今後の抱負が綴られていて、皆が明るい未来に心を躍らせていることが俺は嬉しくてならなかった。その日の晩は100人それぞれに返信を書き就寝が遅れに遅れたのは、幸せな想い出の一つになっている。
その日の就寝後、夢に母さんが現れた。ということは、小夜子さんの寿命が数日中に尽きるということなのだろう。ならば、気を引き締めて最初の言葉を聴かねばならぬ。と己に喝を入れた自分を、俺は褒めた。挨拶を終えた母さんは、俺にこう言ったのだ。「これから二人で、小夜子に別れの挨拶をしに行きましょう」と。




