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 正直、感服した。今聴かせてもらったのは、一族の未来を担う若者の成長を常に考えていなければ決して出てこない意見だ。しかもそれを発言したのは、人類史上最高の戦士の素質を持って生まれて来た、翼さんなのである。人類史上最高の慢心の危険性に晒されていたこの人が慢心していないのだから、天風一族は盤石。またこの人をママ先生と慕って育った子供達は、将来どこまで伸びるのだろう。嬉しくて堪らなくなった俺は帽子堂の物質化そっちのけで、若者と子供達の未来を語った。翼さんもノリノリでそれに応じ、ふと気づくと昼食を兼ねた披露宴は残り20分を切っていた。なのに俺達の眼前に並べられた料理は、まだ半分以上残っていたんだね。「あはは、遅れちゃったけど眼前の敵をやっつけますか」「ふふふ、了解です」 テーブルの上にところ狭しと並べられた数多の絶品料理を、俺達は胃袋に猛然と詰め込み始めた。

のだけど、それは3分続かなかった。なぜなら、


「翔、翼」「昇と奏のためにこんなに素晴らしい結婚式を用意してくれて」「「「「ありがとう」」」」


 披露宴会場の方々へ足を運んでいた深森夫妻と霧島夫妻が感謝を述べる最後の相手として、俺と翼さんのところにやって来たからだった。


 新郎新婦を祝う披露宴のはずなのに、披露宴会場で最も忙しくしているのが新郎新婦なのは、この星も地球も変わらない。昇と奏が自分達の席にいたのは最初の乾杯時だけで、それ以降は方々を巡ることに追われ、二人の席はずっと空席のままになっている。もちろん料理も、完全な手つかずだ。二人はお腹が空いているはずだから、料理をちゃんと包んでおかないとな。

 というように昇と奏の空っぽの胃袋を心配してしまったが、空腹なのは深森夫妻と霧島夫妻も同じ。両夫妻の席が埋まっていたのも、乾杯時だけだったんだね。でもそこは、やはり親なのだろう。この会場で最も忙しいのは主役の新郎新婦であるべきなのだから、自分達は二人より早く着席しなければならない。それが、親の務めなのだ。両夫妻はそのように考え、感謝を述べる最後の相手として俺と翼さんのところにやって来たのである。したがって可及的速やかに会話を終え、両夫妻にお昼ご飯を食べてもらうのが俺と翼さんの役目。そう判断しフォークとナイフをテーブルに置き、姿勢を正して両夫妻へお祝いの言葉を述べた。「これほど大勢の人達が馳せ参じたのは、偏に新郎新婦の人徳のお陰」「素晴らしい息子さんと娘さんに恵まれた両夫妻へ、お祝い申し上げます」 俺も翼さんもそれなりに場数をこなしてきたから、無難にやり取りすることが出来た。ホント言うと無難どころか、長年連れ添った夫婦の呼吸で両夫妻に応じてしまったのだがそれは置き。


「ううん、それは正しいけど違う」「前々から解っていたけど、この人生を始めた当初の私達には」「昇と奏の親になる未来はなかったの」「それが変わって昇と奏が私達の子供になり」「二人の親に私達がなれたのは」「翔と翼のお陰なのよ」「だから、改めて言わせて」「昇と奏という素晴らしい子供達を」「私達のもとに呼んでくれて」「「「「ありがとう」」」」


 両夫妻には子供が三人ずついる。しかし三人を兄弟姉妹と言うには、末子の年齢が離れすぎている。第一子と第二子を20代で設けてから40年近くを経て、末子の昇と奏が生まれたのだ。実際第一子と第二子の子供つまり両夫妻の孫より、昇と奏は年下なのである。

 そんな特殊な状況が、二人の親に私達はなれた云々の誤解を生んだという方向に持っていくのが良識ある大人なのだけど、両夫妻は組織の人なんだよね。アカシックレコードや本体の見解等も根拠にしているはずだし、一般常識に沿う対応をしたらかえって悪手になってしまうのだ。とはいうものの両夫妻の主張を肯定する訳にもいかないし、はてさてどうすればいいのか?

 みたいな感じに途方に暮れていたところ、思わぬ助っ人が現れた。夕子に、助けてもらえたのである。絶品料理と絶品スイーツをしこたま平らげ満足した夕子が、両夫妻に体ごと向ける。それを受け両夫妻は直立不動になりかけるも自己制御に成功し、慈愛溢れる表情になった。夕子は13歳という年齢相応に微笑んだのち、テレパシーで語りかけた。


「第二界のアカシックレコードを根拠にするなら、その見解に落ち着くのでしょう。しかし組織の旗の中央にある点まで遡れたら、見解は違ってきます。今回の件は四人が大聖者になるまで、保留しませんか?」


 組織の旗の中央にある点は、カバラの十光に含まれていない。最初の三光が第一界を表しているから、母さんの言及した点は第一界を創造した、まさしく原初の存在なのである。実をいうと地球の都市伝説界隈で有名なほにゃららがその点なのだけど、その点を正しく理解する知力をロケットエンジンの建造とするなら、都市伝説界隈で必要とされる知力は線香花火に使われている黒色火薬の製造でしかないのが、現実なんだよなあ。

 ちなみに夕子が今座っているのは、もともとは翼さんの席。俺と翼さんで挟み、夕子を守ろうとしたのである。慢心を恐れず事実を述べると俺と翼さんに挟まれた夕子の席次はとんでもなく高く、高すぎて真の身分がバレるのではないかとの懸念もあったが、アンタッチャブルな存在にするにも好都合な席だったのでそこに決まった。翼さんと席を入れ替えると夕子の左隣は鶴になり、初対面にも拘わらず鶴と夕子は気が合い二人で競い合うようにスイーツを食べていたから、結果的に良かったのだろうな。

 話を戻そう。

 大聖者になるまで保留しませんか、との母さんの提案を両夫妻は快く受諾した。これが数十年前だったら達也さんと雄哉さんが無駄に燃え上がり暑苦しかったはずだけど、今は静かなものだ。四人の老化は始まっておらず生命力もいささかも衰えていないから、精神の成熟による静けさを体得したのだと理解している。それでもこれほどの成熟を得たということは、四人の寿命が残り僅かということに他ならない。この四人とあと20年ちょっとしか一緒にいられないと思うと、視界が霞まずにはいられない俺だった。

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