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 一端言葉を切り母さんに謝罪し、あやふやな表現を使わせてもらった。「この星は、しょうもない未練を引きずっている人が集められ、戦士になることで未練を昇華させて卒業していく星だと思います」と述べたんだね。母さんは無言で頷くばかりだったが続きを催促されている気がして、それに応えた。


「今の小夜子さんは、その未練をさほど持っていないように感じます。今生の充実した日々が、未練を昇華してくれたのです。それでも母さんが五分五分と言うからには、この星に戻って来てしまう可能性も半分あるのでしょう。そしてそれは急に生じた可能性なため、この星における来世の肉体選考が混乱してしまっている。それは講義を引き受けた、俺のせいです。母さん、申し訳ございませんでした」


 母さんによると混乱とまではいかず、この程度の突発的変更は日常茶飯事なため謝罪の必要はないらしい。そう言われても迷惑を掛けた側としては気になり、これが日本だったら菓子折りを持って訪問するテがあるのだけど、星務員は食事をしないんだよね。結局ありきたりの謝罪の言葉を母さんに言付け、会合はお開きとなった。

 二日後の晩、母さんの変身した姿が決まったとのメールが女組から届いた。お礼の返信をして母さんにテレパシーを送り、準四次元で合う約束をする。我ながらヘタレと笑ってしまうがやたら緊張し、熟睡法の粋を尽くさなければ就寝できなかった。

 結果を述べると、能力の凡庸さが際立つ凡庸な容姿の母さんに、自分でも呆れるほど落ち込んでしまった。母さんは何か言いたげだったがそれを秘し「慣れておかなきゃねお兄ちゃん」との理屈のもと、俺にお菓子や飲み物をねだった。慣れねばならぬのは正しいし、感情に左右されない創造技術を磨く機会でもあったので、請われるままケーキやジュースを造っていった。お陰で確かな手ごたえを得られたが、母さんはさすが母さんなのだろう。


「お兄ちゃん、この容姿のデータを美雪に送るね。以後の訓練は準四次元ではなく、三次元世界の3D映像でするのよ」 


 母さんはそう言い、凡庸な容姿のまま消えていった。最後は元の姿に戻って欲しかったと、いつまでも未練たらしく考えていた俺だった。

 という己の重症度を、俺は完全に見誤っていた。翌日の昼食後に行われた訓練で、何度も何度も激怒したのだ。凡庸な容姿の母さんに人々が向ける侮蔑的な眼差しや態度が、俺はどうしても我慢できなかったのである。

 ちなみに、凡庸な容姿の母さんの名前は夕子ゆうことのこと。容姿も能力も逆になっているのだから、本名の旭も逆にして夕日の子、略して夕子に決まったという。何気にこれもダメージがすこぶる大きかったのだが、話を進めよう。

 訓練は、俺の隣席に3D映像の夕子が現れたことから始まった。昨夜の訓練が活き気落ちをどうにか踏みとどまれたが美雪は無理だったらしく、俺の正面席で肘をテーブルにつき頭を抱えていた。こりゃ大事だと話しかけ、美雪を落ち着かせていく。平常心を取り戻した美雪は訓練を邪魔したことを恐縮していたけど、それは違う。美雪のためにも夕子に気落ちしてはならないと奮起したお陰で、隣に座っている程度では心を乱されなくなれたんだね。「効果がバッチリあったから気にしないで」「翔、ありがとう」 との会話を本心で出来たのだから、まこと有意義だったのである。俺はテーブルを離れてする次の訓練に移るよう、意気揚々と美雪に頼んだ。しかしその10秒後。


「ちょっと翔、落ち着いて!」「いや許さない! コイツだけは絶対許さない!!」


 横並びに並んで立つ俺と夕子に近づいて来たオッサンが夕子に侮蔑の表情を向けた途端、俺はオッサンの胸倉を掴みそう叫んでいたのだった。


 結局お昼休み中、激怒の制御は叶わなかった。それを晩ご飯の話題として勇と昇に打ち明けたところ、「翔らしい」「かけ兄らしいですね」と笑われた。けど同時に、何かを言いよどんでいる気配も二人はまとっていた。だいたい想像つくが、一応尋ねてみる。二人は想像とほぼ同じことを、珍しくオブラートに包んで述べていった。

 二人によると、友人知人がいわれのない侮辱を受けたら俺が激怒するのは当然らしい。だがその怒りには、前世の境遇への怒りも含まれているのではないかと、二人は思わずにいられないという。前世の俺や弟や妹達は、孤児院出身というだけで差別されていた。しかも正直言うと、成長度の低い奴らほど酷い差別をしてきたのである。この星と違い地球では心の成長が定義されていなかったためあいつらの理不尽さを証明できず、泣き寝入りすることが圧倒的に多かった。それら前世の苦い記憶を俺が口にするのは非常に稀でも、二人とは長い付き合いなのでそれなりの量になっている。よって俺の中に前世の苦々しい気持ちが大量に残っていることを二人は知っており、そして今生の俺の境遇は、それら大量の苦々しさを昇華することに適していない。この星では、いわれのない侮辱が滅多にないからだ。本来それは素晴らしいことなのだけど、耐性を付けて強くなる環境としては落第点。前世だったら容易に受け流せた侮辱を、今生は受け流せなくなってしまったんだね。ということを二人は珍しく、オブラートに包んで述べたのである。

 二人は続いて、侮辱に耐性をつける訓練を三次元で行うことには賛成しても、準四次元では決して行わないよう熱心に説いた。意志が強い力を持つ準四次元で激怒を繰り返すなど言語道断と、熱弁したのだ。そんなのは解り切っていても俺を案じる二人の優しさが心地よく、俺はニコニコ顔で首肯を繰り返していた。

 夕子への侮辱に耐性を付ける訓練は、思いがけず長引いた。毎日行ったのに、母さんに合格点を貰うまで三週間かかったのである。理不尽な侮辱への怒りを制御可能になったのは嬉しいし、昼食終了10分前に夕子が毎日やってきて食後のデザートをそのつど要求されても偽りなく嬉しかったけど、デザートを長期間食べられるように侮辱を日に日に酷くしていったのは勘弁してほしかった。11日目からは台本を渡され演劇形式の訓練をしたが、そこまでする必要が果たしてあったのだろうか? 甚だ疑問でも演技に手を抜くとやり直しになるから毎回懸命に行い、その甲斐あって「市民劇団くらいなら入団できたりして俺?」と思えるようになったのは、ちょっぴり嬉しかったな。

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