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 けれども今年四月、二人は婚約した。奏は住み込み保育士という職業に阻まれお世話になった人々へ3D電話でしか婚約報告できなかったが、代わりに昇が方々を巡り報告を直接していた。その一人に小夜子さんももちろん入っていて「涙を流して喜んでもらえました」と、昇こそ目をしきりと拭っていた。小夜子さんとは俺も縁があったのでもらい泣きしたけど、ああいう涙は恥じる必要ないのだ。

 が、運命は無情。一カ月半前にやって来た冴子ちゃんの相談事の冒頭は、


「小夜子が余命一カ月と診断されたの」


 だったのである。繰り返すが、運命はなんと無情なのか。あれほど喜び心待ちにしていた二人の結婚式の半月前に、小夜子さんの寿命が尽きてしまうなんて。

 余談だが冴子ちゃんと小夜子さんは「え」と「よ」が違うだけだからか、親交が深かった。また夜の字が共通している美夜とも、小夜子さんは仲が良かった。その美夜の「私からもお願いします」との声を、心の耳がはっきり捉える。「美夜、俺に任せておけ」 そう応え、冴子ちゃんの相談事の続きに耳を傾けた。

 この星の人々は120歳を迎えると、AIによる自動余命診断を受容するか拒否するかを政府から問われる。大多数の人は受容するが例外は必ずいて、小夜子さんもその一人だったという。それが、今年四月に変化した。昇と奏の婚約によって、小夜子さんは考えを変えたんだね。親交の深かった冴子ちゃんには真相を明かしたらしく、「嫌な予感がすると小夜子は言っていたわ」とのことだった。冴子ちゃんが、探る眼差しを俺に向けている。その鋭利な視線に狼狽えなかった自分を、俺は密かに褒めた。

 探る眼差しを止めた冴子ちゃんが語ったところによると、小夜子さんが嫌な予感を最初に覚えたのは、120歳になる直前だったという。ただそれは微かな感覚にすぎず、減りもしなければ増えもしなかったのに、昨夜いきなり激増した。慌てた小夜子さんを案じ冴子ちゃんが現れ話し合い、最も可能性の高い余命診断を臨時でしたが、昨夜はいかなる兆候も検出できなかった。なのに今朝、起床時に行う一日一度の自動診断では、余命一カ月と診断されたのである。その時のことを思い出したのか、冴子ちゃんは俯き押し黙ってしまった。俺は母さんに許可されている範囲に俺が可と判断したことを加えて、話した。


「地球では人が生まれ変わるまでの期間を、数十年や数百年とする説が主流でね。でもそれは、この世とあの世の時間は異なるということを学んでいない人達が広めてしまった、誤情報なんだよ。人は、もっと短い期間で生まれ変わるんだ。ただ、正しい期間を明かすことは禁じられている。理由は期間が判ったら、それを基に生まれ変わった人を特定しやすくなるからだ。例えば複数の人を殺めた極悪人は創造主によって裁かれて生まれ変わっているのに、特定された元極悪人を許さず報復する被害者遺族が出るかもしれない。また善人の生まれ変わりが前世の家族と関りを持つことは、必ずしも良いこととは限らない。このような理由により、死亡時刻と出生時刻を秒単位で調べられる星では、正確な期間を明かしてはならないとされているんだね。よって本来はこれでお仕舞いなのだけど、冴子ちゃんと美雪限定で母さんが特別に許可してくれたことを、これから話すよ」


 俯き丸まった背中をシャキンと伸ばした冴子ちゃんの隣に美雪も瞬間移動し、同じように背筋を伸ばした。華やかな笑いが自然に収まるのを待ち、俺は口を開いた。


「昇の前世の功さんが亡くなった後に、鈴姉さんは妊娠した。これへ特別な考察をする人は、この星でも地球でもあまりいないと思う。でも転生までの正確な期間を学んでいる人は、こう考えるんだよ。『功さんは昇として生まれる前に他の星の赤子として生まれて、でもすぐ亡くなり、この星に戻ってきたのかな? それとも特例が適用され、次の転生までの期間を延長してもらえたのかな?』ってね」

「「それって! ・・・ごめんなさい」」


 一言一句同じどころか、驚きのあまり思わず発言するも己の失態に気づきションボリしたこともピッタリ同じだった美雪と冴子ちゃんに、堪らず噴き出してしまう。「「翔ったら酷い!」」とこれまたピッタリ同じだったことに、美雪と冴子ちゃんも笑い出した。打って変わって明るくなった場に感謝し、俺は二人に問いかけた。


「頭の回転の速い美雪と冴子ちゃんは、たぶんこう考えたんじゃないかな。小夜子さんの来世の両親は5年前の時点で結婚していて、子を授かることを望んでいた。そしてめでたく妊娠し、来世の小夜子さんの肉体が、母親の体内で既に育まれている。それは本来とても幸せなことなのだけど、昇と奏の結婚を待ちわびていた小夜子さんにとっては、幸せとは言い切れなかった。なぜなら冴子ちゃんがこうしてやって来たように、たった半月の差で待ちに待った結婚式に出席することを逃してしまうからだ。という未来の出来事を、嫌な予感として小夜子さんは感じていた。どうかな?」


 目を剥き鼻息荒く高速首肯を繰り返す二人は俺を再度噴き出させることで、とある疑問を有耶無耶にするつもりでいると俺は感じた。その疑問は、余命診断装置に関する謎。美雪と冴子ちゃんには母さんが自ら手掛けた、完全非公開プログラムが組み込まれている。非公開というか、学者達はそのプログラムの存在にすら気づいていないそうだ。それと同種のプログラムが、余命診断装置にも組み込まれているのではないか? 余命診断がああも正確なのは、来世の両親や肉体も加味して計算しているからではないか? との疑問を有耶無耶にすべく二人は俺を笑わせようとしていると、感じたんだね。悪戯心が芽生え、ダメもとで母さんに訊いてみた。すると思いがけず、二つの肯定が返って来た。俺はその二つを二人に伝える。


「母さんに頼まれたよ。母さんお手製の完全非公開プログラムが余命診断装置に組み込まれていることを、美雪と冴子ちゃんに伝えておいてだって」

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