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ツバの縁と地面を繋ぐ高さ20メートルの壁の役目は、夏の大気を遮断することしかない。ミニチュアを作り実験した結果、壁を設けることについ先日決まったんだね。しかし、もてなし部門が「壁をなくしたらこんな素敵なおもてなしが可能になる」と気づいたのなら、取り外せると明言した上でもてなし部門の話を傾聴するのが最善だ。いやそれは最善中の最善と呼ぶべき真の最高であり、なぜなら創造は、自由を尊ぶ場にこそ降臨するからである。議長の勇もそれを重々承知しているため、壁を外せると知りはしゃぐ女性陣をしばし自由にさせた後、頃合いを計り案を発表してもらうよう頼んだ。女組は予め順番を決めていたのだろう、舞ちゃんと奏の視線を受け力強く頷いた翼さんが、説明の先陣を切った。
「天風半島には草が生い茂るだけの、用途のない土地が複数あります。その一つの最も風通しの良い場所に帽子堂を造るのに、風を遮断するのはもったいないのではないか。との意見が出た際、もう一つの懸念とセットにして解決する案を私達は思いつきました。もう一つの懸念とは、飛行車を降車してから帽子堂まで距離があることです。冷房機能付き衣服を着て紫外線除去装置を装備していようと、夏の炎天下はなるべく歩きたくない。密かにそう思っているお客様は大勢いると、私達は予想しています」
そりゃいるだろうと同意した直後、男組は気づいた。大勢いることなら男組でも容易に想像できるが、具体的にどのような感情を「年配の女性達が抱くか」は、俺と勇と昇には分からない。そのことに、男組はやっと気づいたのである。自ずと背筋の伸びた男組に、続いて舞ちゃんが説明を始めた。
「翼の好意により、帽子堂の周囲にこのような緑の屋根を造る許可をもらいました」
例の準四次元の会合以降、舞ちゃんは翼さんを呼び捨てにするようになった。まったくもって、良きことである。との雑念を振り払い傾聴したところによると、網の屋根と柱だけの建物をツバの外周に造る案があるという。網の屋根に蔦類の直物を絡ませ、日本で言うところの緑のカーテンの屋根版を作り、日陰部分の外周を延長するのが狙いなのだそうだ。ツバの外周が600メートルなのに対し、緑の屋根の外周は1000メートルあり、外周近くに着陸できる飛行車を66%増しにできる。夏の炎天下を歩くことを厭う人達を優先し、外周近くに着陸してもらおうと思っている。舞ちゃんは、このように述べたんだね。小市民の俺は建設費用をどうしても気にしてしまうのだけど、舞ちゃんの後を奏がすぐ引き継ぐようだ。挙手しようとする手を、俺は無理やり押しとどめた。
「緑の屋根の幅は、約60メートル。このドーナツ状の建物は帽子堂と異なり実物ですから費用がかかりますが、翼お姉ちゃんは『帽子堂を卒業制作にしたい』と考えているそうです。反重力エンジンを学んだ一族の子供と、息吹スキルを学んだ一族の子供が協力し、卒業制作として帽子堂を造るのです。もちろん規模は、もっと小さくなるでしょうけどね」
卒業制作の箇所で、俺は思わず膝を叩いてしまった。反重力エンジンを学んだ子供は文部省主催の技術試験を受けることで達成感を得られるが、息吹スキルを学んだ子供にはそれがない。また技術試験も受験年齢がバラバラなため、二十年近く机を並べて学んだにも拘わらず、卒業式的な共通の想い出を子供達は持っていなかったのだ。その子供達に帽子堂の威容と、中で執り行われた結婚式を見せる。その上で「戦士養成学校最後の夏季休暇に卒業制作として帽子堂を造り、パーティーを開いてみない?」と持ち掛けるのは、この上なく素晴らしいことに思えたのである。よって思わず膝を叩いてしまったのだけど、すんでのところでペシンという音を消せたから、奏も許してくれるんじゃないかな。
と考えたのは甘かった。発表を終えた奏はニンマリ笑い、俺に感想を求めたのだ。しかも、
「膝を叩く音であやうく私の邪魔をするところだった翔お兄ちゃんに、緑の屋根への感想を最初に述べてもらいたく思います」
などと付け加える始末。たしかに兄ちゃんは邪魔をする寸前だったけど未遂だったのだから、そこまでしなくてもいいんじゃないかい妹よ! という心の叫びを掻き消す勢いの奏への賛同と、そして俺への非難が噴出する中、俺は「二十年近く机を並べて学んだのに共通の想い出がないこと」について説明していった。子供達に皆いたく同情し、卒業制作を閃いた翼さんをこぞって称賛した。それに乗っかり称賛を盛り上げることで邪魔未遂事件をうやむやに出来たみたいだし、良かった良かった。
その日の定例会議は議題を急遽変更し、緑の屋根について詳細の周知及び決定をしていった。恒久的な建物でも柱と網の屋根しかないため、費用は驚くほど安いこと。網に蔦を絡ませる作業は、妖精達が協力してくれること。妖精より知恵に長けた長老達が、落下しそうな蔦等の安全面も確認してくれること。緑の屋根の外側50メートル及び下の地面は、今のところ芝生にする予定なこと。等々を、共有すると共に決めていったんだね。これ以上は実際にやってみないと分からないという処まで詰め、その日の定例会議を俺達は終えた。
女組が閃いた緑の屋根は当初の予想を超える優秀振りを発揮し、複数の事柄を同時に解決した。中でも最もありがたかったのは、冷房問題を解決したことだった。緑の屋根に水を撒くと気化熱で空気が冷やされ、冷えた空気が下に降りて来て、そこに風が吹くことで涼風が帽子堂内部全体に行き渡ったのである。植物によって冷まされた空気は、クーラーより香しいというのも大きかったな。壁を設けると液体窒素クーラーを俺が造らねばならなかったから、恩恵を最も受けたのは俺だったのかもしれない。
また緑の屋根の下が、トイレ用飛行車への道の代わりになってくれたのも何気にありがたかった。アトランティス星ではこのようなイベント時、何十何百ものトイレを有するトイレ飛行車を借りるのが定番。この星のことゆえトイレ飛行車は完全無臭だが、それでも風下に着陸させるのが通例だ。風向きは風妖精が調整してくれるとはいえ、強風の場合は風を弱めてくれるだけでありがたいのに、その上更に風向きまで頼むのは忍びない。然るに風向きは当日になってみないと判らず、風下にトイレ飛行車を着陸させたらそこまでの連絡通路として輝力製の屋根を造る手はずになっていたのだけど、それが無くなったんだね。地味にありがたいとはまさにこの事と、建設担当組は口々に言ったものだった。




