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一方的に決めつける人と日本の学校教育は非常に相性が良いという、戦慄すべき事実
「このように、自他を区別する能力と心の成長度は、きっちり比例するの。最も顕著で最も容易な判断基準とさえ、言えるわね」
母さんは、そう言い切ったのである。日本の社会に蔓延する空気を読む風習については、「各自に各自なりの考えがあることを軽視する、心の未熟な社会の典型的な風習ね」と母さんは断じた。元日本人としては反論したい気持ちはあるが、
「未熟な国家ほど国民を統制したがる。成熟した国家ほど、国民の自由意思を尊重する」
と言われたら、口をつぐむしかない。ご近所さんに、悪い方の見本が二国あったからね。それは置くとして、
「自他を区別する能力を育ててゆくと、他者を尊重する能力として開花するの」
には、頷かざるを得なかった。他者の意見を一切聞かず一方的に決めつける人が、他者を尊重する能力に長けているとは思えなかったからだ。いや改めて考えると、他者の意見を一切聞かず一方的に決めつける人は、自他の区別もついていないのではないか? 区別がついていないから、一方的に決めつけられるのではないか? その人達はまさに母さんの言った『自分にとってそれはこういう意味だから、相手もそれを同じ意味で使っているに違いない』の人達ではないのか? 熟考するまでもなくそれら全てに、俺は肯定の判断を下すしかなかったのである。
それを母さんに伝えたところ、一方的に決めつける人と日本の学校教育は非常に相性が良いという、戦慄すべき事実を教えてもらった。日本の教育はテストで学力を計ることが多く、そしてテストは、少ないヒントをもとに短時間で正解を導き出すと高得点を狙えるよう作られている。この「少ないヒントをもとに短時間で」に己の優位性を見いだした子供は、他者の心にもそれを当てはめるようになる。ほんの少しの会話やほんのちょっとの仕草だけで、お前はこういう考えを持ったこういう人間だ、と決めつけるようになるのだ。それに反論しても、自分の方が成績優秀だから自分が正しいなどという、的外れも甚だしい根拠を振りかざして自分を正当化する。このような、むしろ低性能の脳の持ち主が社会のトップを構成しているため、日本が停滞を経て衰退に向かって当然と母さんは肩を落としていた。
「今の日本国政府は『どんなに間違った税金運用をしても、国民は納税し続けなければならない』と、本気で信じている人達だらけになっているわ。そんな政府は決して長続きしないと、歴史が証明している。革命によって国体が一新するか、外国に侵略されて国自体が消滅するかの、どちらかにしかならないのよ。なのにあの人達は、自分達だけは例外で現状が未来永劫続くと思っている。ホント、末期だわ・・・・」
そう呟き、母さんは肩を更に落とした。俺の閃きが、母さんの失意を払拭するかは判らない。だがせめて話題を変えて、母さんを元気にするのが最優先と考え、俺は閃きを口にした。
「母さん、ちょっと閃いたことがあります。数学では、未知の数字をXという文字に置き換えて計算しますよね。たとえば3+X=5なら、X=2のような感じです。これは、『未知のものは未知のものとして扱った方が正解に辿り着きやすい』ということなのかな、と僕は感じました。そんな仕組みが宇宙にはあるのかもしれない、と思ったんです。仮にあるなら、その真逆を行えば好ましくない未来が訪れるのではないか? そう考えたとたん、一方的に決めつける子供がそれに該当することに気づきました。他者の心という、未知の極みとも呼べるものを一方的に決めつける子に、心が成長する未来は訪れませんからね。そうそう、ソクラテスの不知の自覚も、この仕組みに沿うと思いました。『私は、知らないということを知っている』と、未知を未知と捉えることは、同じだからです。といった感じのことを閃いたのですが、どうでしょうか?」
その直後、好ましからざる未来が訪れた。母さんが俺の隣に瞬間移動の如く飛んできて、胸ギュウギュウを始めてしまったのである。
いや正直言うと、好ましからざるというのは嘘なのだが、困ってしまう事態なのは間違いない。いやいや更に正直言うと、美雪の胸ギュウギュウより全然困っていないのがホントのところで、では何に困っているかと言うと、美雪の目の前でされることに俺は困っていたのだ。もっと厳密に言うなら、自分でも気づいていなかった想いに、俺は気づいてしまったのである。前世も今生も親のいない俺にとって、母さんは本当の母親のようになっていても、美雪は違った。俺にとって美雪は想像しうる限り最高の姉である以上に、想像を絶するあまり自分でも認識できなかった最高の・・・・
幸い、
「あっ、母さんずるい!」「だってもう我慢できなかったの」「む、それは共感できる。じゃあ私は左側から」「ふふん、翔の左側に抱き着くのは私よ」「あっ、冴子ずるい!!」「地の利を制する者は、戦を制すの。ふふふん!」「ムカ!! いいもん、じゃあ私は後ろから」「はい、翔の後ろは遮断」「ちょっと母さん、檻は私のトラウマなの。勘弁して~」「なんて嘘泣きしつつ前に移動しようとしているから、前も遮断」「なっ、なんで?!」「前回のように、檻に閉じ込められないだけで良しとしなさい」「そうよ美雪、良しとしなさい」「ヒッ、ヒエエ~~ッ!!」
てな具合に三人が大騒ぎしてくれたお陰で、気づいてしまった想いを心の奥底に封印することに辛うじて成功したんだけどね。いやはや、寿命が縮むかと思ったよ。
それはさて置き、俺は冴子ちゃんに助けを求めた。冴子ちゃんは抱きつくと言っても、俺の左腕を抱きかかえているだけ。その左腕に、俺を助けようとする友情をひしひしと感じたため、助けを素直に求めたんだね。それは大正解だったらしく、冴子ちゃんは母さんと美雪を説得し、講義再開に尽力してくれた。「今日は時間がないから、続きは今度にしましょう」と問題を先送りにしただけでも、ありがたいことに変わりはない。「冴子の言うとおりだわ」「時間がないのは確かね」 母さんと美雪は冴子ちゃんの正当性を認め、自分の席にしぶしぶ戻ってゆく。以前から冴子ちゃんには頭が上がらなかったが、今回の件で完璧に頭が上がらなくなってしまった。
でもまあ、冴子ちゃんならそれでいいんだけどな!
そうこうするうち、母さんがテーブルの向かい席に腰を下ろした。講義再開を予期し、俺は聴覚を研ぎ澄ます。しかし耳に入って来たのは、俺に抱き着いた理由の説明だった。それによると、母さんが喜ぶ三つのことを、俺は同時にしたらしい。肩を落とす母さんを助けるべく行動を起こしたことと、宇宙の仕組みを正確に知覚したことと、心を成長させる方法の二つ目に自力で辿り着いたことの、三つがそれだ。一つだけなら自己制御は容易く、二つ重なってもどうにか制御できたが、三つ重なったため母さんといえど無理だった、との事だったのである。それを知った俺は三段ロケットよろしく宇宙の彼方へ飛んでいきそうだったが、今は残り少ない時間を優先すべき。よって「前世と今生で初めて母さんと呼べた人に、親孝行を初めてできた気分です」と真情を明かすことで三段ロケットを回避したのだが、俺は極めつけのバカだったようだ。美雪が母さんの隣にテレポーテーションして立ち上がろうとする母さんを押さえつけると同時に、冴子ちゃんが俺の頭をぶっ叩き、
「このバカ! 美雪が止めなかったらまた時間を無駄にするところだったじゃない!」
と俺を叱ったのである。それだけでも上限スレスレの恐縮が襲ってきたのに、事態はその遥か上をいった。
「まったくアンタは、バカすぎて放っておけないのよ。放っておけなさ過ぎて、この前の申し出を受けてもいいかなって、思うようになっちゃったじゃない」
「へ? この前の申し出って何だっけ?」
「友達と親友を経て、仲良し夫婦になるってアレよ。第十一回戦士総選挙で女子部門一位になった私にとって、大概の男は物足りなかったけど、物足りなさも極まると魅力になるってアンタで初めて知ったわ」
「え? ええ?? エエエ―――ッッッ!!!」
そんなに驚くんじゃないわよバカ、と冴子ちゃんは遠慮皆無で俺の頭をぶっ叩いた。正真正銘の遠慮皆無が奇跡を呼んだのか、3Dの虚像に叩かれたはずなのに俺は叩かれると同時にテーブルに激突し、のびてしまう。これでも鍛えているから本来ならこの程度でのびるなどあり得ないのだけど、意識が途切れ途切れになったのだから仕方ない。俺は皆に、限界を超えた旨を伝えた。
かくして超貴重な直接講義の7日目は、まこと中途半端に終了したのだった。
「今の日本国政府は『どんなに間違った税金運用をしても、国民は納税し続けなければならない』と、本気で信じている人達だらけになっている」 これを日本改革の武器として、皆さんドンドン使ってくださいね~(*^▽^*)




