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「母さん、お待たせしました。もう大丈夫ですから、さっき母さんがチラッと言った『カンニングになっちゃうから翼の後でね』の考察を、述べていいですか?」

 

 意味不明なのだけど、この三十余年の付き合いで母さんは一番、俺を案じる顔になった。俺は母さんの手を取り「本当に平気だから俺を信じて」と告げ、考察を述べた。


「俺がこの星に来なかったとしても、勇と舞ちゃんと翼さんはこの星にいますから、俺不在の世界を自ら体験することができます。俺が不在だと奏もいませんが、奏は俺のいない世界に行かなかったのでカンニングと無関係でしょう。ということは、残る昇にカンニングが関わると思われる。まっ先に思い浮かぶのは、『俺が不在だと昇も不在。昇は自分のいない世界を、どのように体験したのか?』ですね。自分がいなくても第三者として俯瞰することは可能ですが、勘が違うと囁いている。時間も無いのでストレートに訊きます。翼さんの心と同化して翼さんの体験を昇も体験するなんてことを、意思のアカシックレコードはできるのですか?」「本来ならできないわ」「でも母さんが創造した、それを可能にするアカシックレコードなら可能とか?」「私一人ではほぼ無理だったけど、創造主が手伝ってくれたのよ」「創造主様、母さんを助けてくれてありがとうございます」


 すべてを話してくれた母さんによると、カンニングという表現は不適切だったと反省しているらしい。話の順序がこんがらがることを危惧しただけなのに、なぜかカンニングという語彙が口を突いたのだそうだ。それについて、思い当たる事がなくもなかった。脳を駆使して考察せず、アカシックレコードを見るだけで正解を得ようとすると、カンニングしている気に俺はなるんだよね。言うまでもなく大聖者の母さんは、異なる感覚になると思うけどさ。

 それは置き、昇に移ろう。俺の考察のとおり、昇は翼さんの心と同化して俺不在の世界を体験したらしい。創造主の助力のお陰で男女のアレコレに昇が煩わされる事はなかったが、翼さんの悲しみや苦しみはそのまま伝わって来て、戻って来た昇は起き上がることが暫しできなかったという。五分ほど経ちようやく起き上がった昇は、母さんに深く深く腰を折ったそうだ。昇の前世の功さんが翼さんをどれほど愛し、そして案じていたかを知っている俺は、さもありなんと胸を抑えた。するとさきほどのポカポカが蘇って来て、胸の痛みを和らげてくれた。俺は首を捻る。昇の胸中を我が事として捉えた俺の心の痛みを和らげたのは、健康スキルなのか? それとも500年ぶりに恵まれた、優しい母のお陰なのか? 興味は尽きないが、この件は後回しにして良いみたいだ。俺は疑問を引っ込め、昇について思い出したことを母さんに相談した。

 相談は思いがけず長引いた。長引いたと言っても母さんが時間を1千倍に引き延ばしているから、ここの30分は向こうの2秒足らずなんだけどね。然るに皆を待たせることは無いのだけど、母さんが俺の言葉をなかなか信じなかったのには参った。もちろん最後は、


「わかりました。昇にひ孫弟子候補の講師を継がせようとする気持ちに、心労は無関係という翔の主張を、信じましょう」


 と言ってくれたけど、ホントなぜなのだろう? こっちについては後回し厳禁っぽいけど思い当たる節がまったくないので、真情を晒すことで揺さぶりをかけてみる事にした。


「母さん」「むっ、何よ」「母さんに信じてもらえない以上の心労なんて、俺にないんだけど」「ふっ、ふえ~ん翔~~」「はいはい分かった分かった。とにかく俺が自分の心労を正確に把握できるようになったら、信じてもらえる?」「信じない」「即答っすか!」


 突破口を開くべく揺さぶりをかけたのに、生き埋めにされてんじゃねぇよ俺。などと母さんの背中をトントンしつつ己のアホさ加減に呆れていたら、虎鉄と美夜が脳裏をふとかすめた気がした。やれやれといった表情で俺を見ていた気がするけど、俺にやれやれ要素ってあったかな? そう自問するや、口が勝手に動いた。


「虎鉄と美夜が、最期に教えてくれたんだ。一般的には普通のことを、俺は見過ごしているんだって。そういえば心労も、至極普通のことと言える。俺は変人として人類軍に名を轟かせていて、休みを取らないことがその理由と思っていたけど、違うのかもしれない。いや、違うとして明日から暮らしてみよう。八方塞がりどころか、生き埋めにされた気分でもあるしさ」「生き埋めって、どうしたの翔?」「突破口を開くべく揺さぶりをかけたら、身動き一つ取れない地中に埋められちゃったんだよ、母さんに」「びえ~ん、ごめんなさい~~!」


 ふえ~んよりびえ~んの方が、俺への甘え度は高い。親のいなかった期間が長すぎ、こういう親子が一般的なのか判断つかないと思っていたけど、長すぎる期間が判断不可能の理由なのではないのかもしれない。母さんがこんな自分を俺以外に決して見せないように、こういう親子の交流を、俺が見てこなかっただけだったりして?

 とまあこんな感じに、自分の様々なことについて改めて振り返ってみることにした。そう伝えたところ、「その翔なら無条件で信じるよ!」と即答してもらえたから、心労に限定したのが間違いだったのだろう。俺は虎鉄と美夜を心に思い浮かべ、お礼を言ったのだった。


 その後は明るい空気で物事がちゃっちゃと進んだ。母さんが俺に質問の有無を問い、無いと答えた俺が今度は母さんに質問の有無を問い、無いと返ってきた。続けて「では名残惜しいけど隔離世界を解いて元の場所に戻りましょう」と母さんが呟くや、刹那の時間もかけずそうなっていたのである。これほどの能力者にも拘わらず最強のストレス解消法は、ただの母親になることなのだ。その事実に、心労を軽視し過ぎていたことを俺は改めて知った。

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