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「今翔が理解したことを、舞も意思のアカシックレコードで理解していたわ。保育士として子供達と体当たりの暮らしをしていることが、理解を助けてくれたのよ」「母さん」「何でも言ってごらん」「保育士になりたいという舞ちゃんの夢は、孤児院で芽生えたそうです。舞ちゃんはそれを『鈴姉さんにしてもらったことを次は私が子供達にしてあげたいと思った』と説明していますが、自分の未来を無意識に感じた結果その夢が生じたという事も、あるのでしょうか?」「あるわ。心の成長した者ほど本体との共鳴率が高く、そして本体は三次元の時間に縛られない存在。然るに心の成長した子供ほど、己の悪果を中和する将来の職業を、夢として抱くことが多いわね」「では俺の前世の祖国が行っていた学校教育は・・・」「狂気の沙汰、と言うほか無いわ」「解っているつもりでしたが、母さんに言われると堪えますね」


 堪えるも、時間がないのも事実。俺は深呼吸を一つして聴く姿勢を整えた。母さんはニッコリ笑い、話を再開する。


「昇を連れて行ったのも、基本的に勇と同じ。一つ目は奏がいない世界、二つ目は翔がいない世界ね。奏の前世の翠には病で早世しない分岐もあり、その際は高確率で星務員をせず次の星に行ったのよ。妻に先立たれ功は悲しみに暮れたけど、お陰で昇と奏としての今生がある。『翠の早世にやっと折り合いを付けられました』って、昇に感謝されちゃったわ」「それは手放しで嬉しいですけど、疑問もあります」「なになに?」「一つは、俺がいなかったら昇と奏もいなかったのではないか、という疑問です」「ええそうね、いなかったわ。けどそれについてはカンニングになっちゃうから、翼の後でね」「了解です。では、残っている複数の疑問の中で最大の疑問を質問します。翠さんが次の星に行った分岐では、昇も誕生しなかったのではありませんか?」「そうなの! 昇だけがいない世界は、とっっても少なくてね。孫娘がいくら可愛くても愛妻には敵わないんだって、わたし嬉しくなっちゃった」


 昇がいなかったら翼さんは悲しむはずだけど、その世界の翼さんは仲睦ましい祖父母を見て育ったはずだから、やはり嬉しかっただろうな。そう思うと、胸がポカポカした俺だった。そのポカポカの助けを借り「翠さんはなぜ早世したのか?」への疑問を封印した俺にニコニコ頷き、母さんは最後の説明に移った。


「最後は翼ね。翼を連れて行ったのは、翔がいなかった世界の一つだけ。ただ、その世界の翼を体験させることに、私は抵抗を拭えなかった。その世界の翼は寂しく、そして辛すぎたのよ」「俺がいないなら昇と奏もいず、勇や舞ちゃんや鈴姉さん達とも知り合わず、組織にも入っていない。なのに人類の命運を一人で背負わされ、そして敗北した。こういう事ですか?」「うん、そう。翔、あなたにも事情が色々あるでしょうが、今後も翼に優しくしてあげてね」「それは確約します、安心してください。それとは別に大きな疑問があって」「ふむふむ、なになに?」「えっとですね、俺って本当に優しいのでしょうか」「このバカ息子と罵倒したいところだけど、こういう事かしら。『優しさのせいで相手を苦しませているのなら、それは優しさなのか』みたいな?」「はい、そうです」「ふふふ。それに関しては翼は翔の数歩先を行っていて、今回の件で彼我の差を更に拡大したわね」「どういうことですか?」「翔に優しくされたら時として身を切られるほど苦しいけど、翔に優しくされないよりよほど良い。あの子はずっと、そう考えてきたの。そこに今回の、翔のいない世界の体験が加わったのだから、身を切り刻まれてでも翔に優しくされる方をあの子は選ぶようになったでしょうね」


 母さんには悪いが俺は意識を分割し、傾聴すると同時に考察にも励んでいた。

 仮に俺が誰かへ、「俺は優しくないんじゃないかな?」と尋ねたとしよう。それへ「そうだお前は優しくない」と返答されたとする。ではそれが誰なら、返答を正しいと俺は感じただろうか? 友人知人を一人一人当てはめていったところ、愕然とした。俺はどうやら、誰にそう言われても正しいと感じたみたいなのである。こうなると、別の可能性が浮上してくる。それは、俺は誰かに「お前は優しくない」と言って欲しいと願っている、ということだ。

 その後も自問を続けた結果、その願いが俺の中にあることを確認できた。俺は誰かに、「お前は優しくない」と言ってもらいたいのだ。その理由を探ったところ、体が震えた。この震えは、理由など解明したくないという拒絶反応。理由を解明してしまう母さんを、無意識もしくは本能的に俺は拒絶したのである。けれども母さん以上に、これについて尋ねる適任者はいない。震えを無視し、俺は尋ねた。


「神話級の健康スキルは、心より強いのでしょうか?」「もう少し詳しく話して」「心は音を上げているのに、心より強い健康スキルがそれを強制的に回復させてしまうため、心が音を上げていることに俺は気づけない。そういうことは、あるのでしょうか?」「他者へ優しくすることに、疲れちゃったのかな」「・・・疲れたと認識しないことが、怖くなってしまった。これが最もしっくりきますね」「ん~~、想像以上に深刻なようね」


 母さんにしては珍しく、眉間に縦皺を刻み何かを懸命に考え始めた。いつもの俺なら、俺のせいでこうなってしまったことを申し訳なく思い「大丈夫です平気です!」系の言葉を連発したはずなのに、今はただ胸が温かくなるだけ。その温かさが癒しとして作用していることを知った俺は、さっき尋ねたことの正解に自ずと辿り着いた。ああやはり俺は、心が疲れているのだな、と。

 それを見過ごす人ではないのだろう。母さんは突如、アワアワ慌て始めた。大切に思ってもらえるのは嬉しいけど「半年くらいなら何もせず寝続けてもいいし、各地を放浪しても良いわ。しばらく休んでみる?」などと、親馬鹿を疑ってしまう提案をしてきたのには困ってしまった。あのねえ母さん、俺はこれでも、人類の命運を背負う者なんだよ。半年も無駄にできません。との決意のもと、俺は提案をにべもなく退けた。母さんのアタフタはいっそう増したが、正直言うとそれは最高の癒しだった。だってこんなに優しい母親に恵まれたのは、たぶん500年ぶりくらいだからさ。

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