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「昇と奏が今日までに経験した、すべてよ」「えっと、分かるような分からないようなですが、こういう事でしょうか? 昇と奏は一般人の想像の及ばない、稀有な人生を送ってきました。その『稀有』が、よほどのこととか?」「まったく、こちらの世界の翔にも、抜けているところがあるんだから。あのねえ翔、そんなふうに他人事のように言うんじゃないの。昇と奏が過ごした稀有な人生に最も関与したのは、翔なのですから」


 その瞬間、ある光景が脳裏を駆けた。それは並行世界の俺の一人がこの星ではない別の星を選んだと話したさい、俺以外の全員が頭を抱えて身動き一つしなくなった光景だった。あの時の昇と奏は「よほどのことが無い限り云々」を知らなかったはずだけど本体は知っていたため、今生の何もかもが違っていたことを朧げに感じたのかもしれない。何もかもが違うのは勇と舞ちゃんも変わらないから、同様に頭を抱えたとかかな? と首を捻った俺の背中を、母さんは容赦なくブッ叩いた。


「とかかな? なんて他人事のように言ったらダメって言ったでしょ、このバカ息子!」「ヒエエ、ごめんなさい―――ッッ!!」


 頭の中で首を捻っただけなのにこうも筒抜けということは、バカ息子と叱られて嬉しかったことも筒抜けなのだろうな。という戦慄すべき閃きを隠すべく土下座した俺に、武士の情けを掛けてくれたのだろう。時間が無いことを理由に、母さんは話を先へ進めた。

 何はともあれ昇と奏は、転生前に設定した「よほどのこと」を十全に体験した。この会合はその最後を飾るに値する素晴らしいものだったので母さんはプレゼントを用意し、それが意思のアカシックレコードに各々を連れて行くことだった。ティペレトの光を見て波長を上げたのち連れて行ったから、努力すればみんな自力で行けるようになる。翼さんもそこに含まれ、前回は創造主が関与したため仕組みの理解に至らなかったそうだ。あまりにも隔絶していると理解不可能になるのは、物質世界も上位世界も変わらないんだな。

 各々を連れて行った先は原則秘密だけど、「一人も漏れず翔に話すでしょうから大まかに教えておきます」と母さんは溜息を漏らした。皆に代わって謝罪した俺の頭をなぜか撫でつつ、「この順番が一番わかりやすいかな」と母さんは呟いた。


「舞を連れて行ったのは、鈴音の孤児院での生活。泣きたい時に泣き怒りたい時に怒っていたら翔と夫婦になっていた世界を、舞は体験したの。自分が未熟でなければ身を斬り刻まれる苦痛を味わわずに済んだと知るためとはいえ、酷だったと思う。あの子は、強い子ね」


 前世の国ではいつのまにか、決して怒らず常に笑顔でいる人を人格的に優れた人と定義するようになってしまった。「上手く怒ることが出来るようになるには、下手だろうと怒ることに挑戦し続けねばならない」のが、この宇宙の真理。挑戦すらさせてもらえない社会など、まともな社会ではないんだけどさ。


「奏を最初に連れて行ったのは、本来入学するはずだった幼年学校での不幸な生活。今の記憶を留めて見ていたけど、衝撃が凄かったようね。次に連れて行ったのは、その幼年学校に入学しなかった真相が判る世界。翔が奏のために、悲惨な孤児院生活を体験したことを奏は知ったのよ。奏は私に土下座して、自分が本来入学するはずだった幼年学校での生活を、記憶を消して体験させてくださいと頼んだわ。私はそれを叶えた。戻って来た奏は、私にこう言ったの。『お兄ちゃんが私を、妹としてどれほど愛してくれているかを私はこれっぽっちも理解していませんでした。お兄ちゃんへの恋心はキッパリ捨て、私はお兄ちゃんの最愛の妹で生涯あり続けます』 翔が自分のアカシックレコードで見た未来の愛する妹は、その決意を生涯貫いた妹だったのね」


 奏の不幸を取り除くべく俺は記憶を捨て、悲惨な孤児院生活を体験した。それはしんどかったけど、帰って来て当時3歳だった奏を見た途端、悲惨だった4年間の孤児院生活が綺麗サッパリ吹き飛んだのを今でも鮮明に覚えている。あのとき俺の心にあったのは、「これで奏の不幸を取り除けるぞバンザ~イ!」という喜びのみだったのだ。それを兄バカとするなら、その後の25年間を俺は兄バカとして生き、そしてそれを生涯貫くだろう。俺がそういう人間だと理解するためとはいえ、また意思のアカシックレコードによる体験だったとはいえ、奏に不幸な幼年学校生活をさせてしまったことを俺は悔いずにはいられなかった。


「勇を最初に連れて行ったのは、舞がこの星に来なかった世界。前世の舞には、星を卒業して次の星へ向かう可能性も多分にあったの。周囲の人々に恵まれず心に大けがを負ったせいで、前世の舞は星を卒業できなかったのよ。勇を次に連れていったのは、舞はいても翔がいなかった世界。勇はしみじみ言っていたわ。『舞と翔がいなかったら、俺は俺ではなかったんだ』ってね」


 勇には悪いが勇のことをほったらかし、舞ちゃんに関する質問を連続でさせてもらった。母さんは嫌な顔をせず丁寧に答えてくれて、それによると前世の舞ちゃんはその星最高と名高い交響楽団に念願叶って入団したさい、嫉妬による事実無根の噂を故意に広められたそうだ。それはほんの少しの良識と知性があれば事実無根と判ったのに、ダメ老人達がその星における「火のないところに煙は立たない」を根拠に舞ちゃんを責め立て、舞ちゃんは心を病む寸前になってしまったという。子供の頃から目標にしていた交響楽団を辞め、緑豊かな地方都市の交響楽団に再入団してからはまあまあ幸せだったが、心の古傷のせいで他者との接触を避けようとする傾向は生涯続いたらしい。事実無根の噂を故意に広めた人達は同種のことを繰り返していたこともあり一つ下の星へ強制送還され、ダメ老人達は低民度地域の低民度両親の子供に生まれ変わったという。今生の舞ちゃんの父親は実家と距離を取っていたこともあり都会から離れた緑豊かな地域に住み、実家と疎遠な代わりに近隣の人々と良好な関係を築いていて、舞ちゃんは前世の心の傷をたいそう癒してもらったそうだ。ただ両親を戦争で早くに亡くしたこともあり癒しは完璧ではなく、他者との接触を避けようとする前世の性格が僅かに残り、それが「泣きたい時に泣き怒りたい時に怒る」ことを躊躇わせた。それは他者と体当たりで交流する暮らしであり、子供時代の寮生活は最もそれをしやすい環境だったのだけど、舞ちゃんがそれをしたのは卒園後の挨拶の一瞬だけだったのである。このように舞ちゃんの孤児院生活には前世が影を落とし、前世の舞ちゃんの不幸は前々世の影響だったそうだから、今生の悪果を今生中に中和することは超重要なのだと俺は再確認したものだった。

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