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母さんによると、転生前の昇が雲の上で、来世の自分の設定に頭を悩ませたのは事実らしい。アレコレ悩んだ末「これにしよう!」と決めたのも、事実だそうだ。しかし昇と、昇を手伝っていた奏が覚えているのはそこまでで、設定完了寸前にそれを翻したことは記憶から意図的に消去され、今でもそれが続いているという。その一連の流れを、母さんが会話形式で説明していく。
「翔は昇と奏の設定を、こんなふうに推測していたわよね。昇は三大有用スキルの素質を全放棄する代わりに、翔が教える多種多様な事柄へ素質を持つようにした。奏は幼年学校入学直前に翔が準四次元で行った授業に素質ポイントを全部つぎ込んだため、翔が教える多種多様な事柄へ素質を持つことができなかった。どうかしら?」「はい、まさしくそう推測していました」「それは、昇と奏と組織を知る人なら容易に可能な推測だわ。容易だから大多数が同じ推測をして誰も異を唱えず、正解として定着してしまった。当人達はもちろん両親すらそれに含まれるのだから、二人はそうとうな策士だったのね」「策士かどうかは分かりませんが、功さんと翠さんはそうとうな知恵者だったとは思います」「策士にはネガティブな意味もあるし、知恵者の方が良さそうね。私も次から知恵者を使いましょう」「母さんの役に立てて光栄です」「ふふふ、顔がにやけて説明が遅れてしまうわ」
なぜそれほどにやけるのか理解不能だが、にやけつつも説明を止めなかった母さんによると、設定完了寸前に二人は気づいたという。これは強欲の現れだ、と。
自分達は来世の設定を一つもしなかったとしても、この星で最高の英才教育を施してもらえる。柔軟性と応用力の極めて高いそれにかかったら、素質の有無など些事にしかならないだろう。にもかかわらず、勇者パーティー入りも夢ではない設定を更に追加するなんて欲が深すぎる。割り振れる素質ポイントは、もっと別のことに使うべきではないのか? これが、二人の気づきだったそうだ。
強欲については慎重に考えさせてほしいが、柔軟性と応用力の高い英才教育については即同意できる。俺達は前世の英才教育のように、一本のレールの上を問答無用で進ませるなんてことは絶対しなかったからだ。素質の有無が些事だったのも、まごうこと無き事実といえる。素質が有るならあるなりに無いならないなりに、子供達を育ててきたからさ。
話を戻そう。
強欲はさて置き設定完了寸前にそれを取り消した二人は、徹底的に議論した。個人的意見だが徹底的な議論によって決まる99%は、ありきたりな事だと思う。画期的や革新的や独創的と評される決定は、議論との相性がそもそも悪いというのが俺の持論だね。もっとも99%ゆえ、例外もあるけどさ。
昇と奏というか功さんと翠さんは、例外にはならなかった。定番中の定番と言える「若い内の苦労は買ってでもしろ」を、二人は採用したのだ。ならば先ずは、いかなる苦労も設定していない純粋な因果則による来世を知らねばならぬということになりそれを見たところ、二人は眉間に皺を寄せた。前世で数多の善因を積み、更にこの星の卒業資格も持っている二人に待ち受けている苦労に、目立つものなど一つも無かったのだ。これには両親の因果の影響も大きく、数多の善因を積み星の卒業資格も持っている両親達にも、子で苦労する因果がなかったのである。にもかかわらず、自分達の都合で両親に苦労を背負わせるなど二人にできる訳がない。では、どうすれば良いのか? ヒントを得られるかもしれないから転生後の生活をもっと詳しく見てみよう、ということになり様々な未来を見ているうち、二人は理解した。自分達の権限で設定できる転生後の苦労は、「自分達は誕生して暫く上手くいかない」のみなのだと。
だがそれは、二人を大いに苦しめた。翠さんから整理してみよう。
病気のせいで平均より早く亡くなった翠さんには、来世も功さんの傍らにいたいという強い願いがあった。それを叶えるべく、翠さんは星務員になった。功さんがこの星に再度転生したさい、功さんのそばにすぐ転生するには星務員になるのが一番だったからだ。それほど功さんを愛し、また願いが叶おうとしているのに、上手くいかない設定をするなんて悲し過ぎる。翠さんはそう言って、泣いたそうだ。
そしてそれは、功さんも同じだった。功さんというか転生前の昇が雲の上で翠さんに再会したさい、転生なんてしたくないこのままここで翠さんと一緒に暮らしたいと、昇は大泣きしたらしいからね。このように上手くいかぬようあえて設定することは二人を大いに苦しめたが、時間は無限ではない。何らかの結論を、必ず出さねばならぬのである。二人は気力を振り絞り、様々な種類の仲たがいを試していったそうだ。
が、転生後への二人の認識は甘すぎた。転生後の二人を取り囲む人々はとにかく素晴らしく、並の仲たがいなど簡単に修復することが判明したのである。母さんがこっそり教えてくれたところによると二人は一瞬、「若い内の苦労は買ってでもしろ」を放棄しようとしたらしい。放棄し、仲良し幼少期と恋の思春期を経て非の打ちどころのない結婚生活を送ることを、選ぼうとしたそうなのだ。しかし、
「創造主が二人に、ある未来を見せてくれたの」
母さんはそう言ってウインクした。なぜこのタイミングで俺にウインクするかてんで分からねど、創造主が助けてくれたのなら全ての心配は氷解する。白状すると俺は母さんが明かす昇と奏の話に、心配で心配で居ても立ってもいられなくなっていた。だが創造主が助けてくれたのなら、話は別。俺は心底安堵し、母さんの話に耳を傾けた。
母さんが言うには、創造主が見せてくれた未来は二人の能力を遥かに超えていたため、そんな未来があることを二人は知らなかったという。けれども知ったからには、もう迷いはない。二人は設定する苦労についてとことん話し合い、そして遂に「よほどのことが無い限り自分達は上手くいかない」を選んだという。繰り返しになるが、創造主が助けてくれたのだから不安は皆無でも、気になることならある。それは「よほどのことって、何?」だね。したがってダメもとで訊いてみたところ、予想に反し母さんはあっさり答えてくれた。
「昇と奏が今日までに経験した、すべてよ」




