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「お兄ちゃんの土地神様巡りに本当は着いて行きたくて堪りませんでしたが、お母さんと鈴母さんにキツク止められ我慢していました。お兄ちゃんに恩義を感じているならこれだけは我慢しなさいと、母さん達は今まで聞いたことのない厳しい表情と声で私に命じたのです。子供妖精達に我が師の同行を教えてもらってもいましたから、私は着いて行くことを泣く泣く諦めました」
ここでもう我慢できないとばかりに舞ちゃんが乱入し、自分も子供妖精達に我が師の同行を教えられ断腸の思いで我慢していたことを明かしたところ、「やはりお兄ちゃんは女の敵ですね!」「だね!!」と女子組だけで盛り上がる時間が暫し続いた。この展開は予想していなかったこともあり背中を丸めていたら、思いがけず勇と昇が慰めてくれた。しかも、自分達も女子組も何々の敵だなんて本当は思ってないから安心しろと、小声で教えてくれたのである。持つべきものは友と、俺は胸の中で滝の涙を流したものだった。
そんな男子組などお構いなしに、女子組は女の敵についてマシンガントークを続けていた。声を抑える気が次第になくなってきて否が応でも聞こえてくるようになったそれによると、トロピカルフルーツジュースとお菓子とお茶に関する恨みが女の敵の根拠になっているようだった。食べ物の恨みは怖いとはいえ「そこまでのことかな?」と俺は疑問を覚え、それは勇と昇も変わらず三人そろって首を傾げていたところ、女子組の目に留まってしまったらしい。マシンガントークの勢いのまま、女子組は恨みの大本を一気に述べた。
「だってあのジュースを幾ら飲んでも!」「あのお菓子を幾ら食べても!」「決して太らないなんて!」「「羨まし過ぎるじゃない!!」
なるほどね~~と合点のいった顔にそろってなった男子組に、女子組は溜飲を少し下げたようだ。マシンガンを3点バースト拳銃に代えて、舞ちゃんと奏は詳しい説明を始めた。
ちなみに3点バースト拳銃とは引き金を一度引いたら銃弾を三発発射する拳銃のことだがそれは置き、舞ちゃんと奏が俺の土地神巡りの様子を知ったのは、土地神巡りを始めたなんと翌日だったらしい。子供妖精たちが、俺と母さんの輝力製お菓子とお茶を自分達も早く食べたいと声高に話しているのを偶然耳にしたそうなのだ。しかし勤務中だったので聞かなかった振りをし、休憩時間になるや女子会メンバーにメールしたところ、「私も聞いた!」との返信を三人が二通ずつ受け取ることになった。そう女子会メンバーには、翼さんも含まれていたんだね。三人は緊急マニュアルに従いすぐ意識投射し準四次元で女子会を開くも、諦めムードが最初から漂っていたという。「我が師が同行しているなら」「諦めるしかないです」 舞ちゃんと奏はそう言い、項垂れたのである。
だが数カ月後、女子組に希望の光が差した。俺が鈴姉さんと小鳥姉さんに頼み、土地神巡りに同行してもらったのが、その光だ。女子組は再び準四次元で緊急女子会を開き、舞ちゃんと奏は自分達にも声がかかる可能性について息せき切って話したが、翼さんはそれに加わらなかった。理由を訊いても首を横に振るだけの翼さんに何らかの意志を感じた舞ちゃんと奏は話題を変え、鈴姉さんと小鳥姉さん経由で俺に同行を願い出られないかを話し始めた。しかしそれにも翼さんは加わらず、そこでようやく翼さんの決意の固さを知った二人は、子細は分からずとも俺への怒りが沸き上がって来るのを明瞭に感じたという。「翼に免じて女子会では口にしなかったけど」「後で舞お姉ちゃんと二人で『お兄ちゃんは酷い』って散々言い合いました」 俺が酷いのは事実だし、何より翼さんのために二人が怒ったことが嬉しく、俺は平静を保てていた。そんな俺を二人は穴の開くほど見つめたのち、翼さんに免じて許すと口々に言って話を再開した。
ただならぬ決意をした翼さんに悪いと思い、舞ちゃんと奏は土地神巡りの件を意識すまいとした。だが鈴姉さんと小鳥姉さんが陰で何かをコソコソしているのを二人は察知し、気づかれぬよう巧く立ち回って調べたところ、輝力製のお菓子とお茶を準四次元でせっせと造っていることが判明した。食べ物の恨みは怖い、の法則が発動し二人で詰め寄ったところ、鈴姉さんと小鳥姉さんは落ち着いて「「付いて来なさい」」と二人を準四次元のとある場所へ招待した。そこには精巧な調理室が造られており、皆に内緒でお菓子とお茶をコソコソ楽しんでいる雰囲気は微塵もなく、真摯な求道者の空気がその場を覆っていたという。
「母さん達は我が師とお兄ちゃんが造るお菓子とお茶を自分達も作れるようになろうと努力していましたが、彼我の実力差に打ちのめされるばかりと苦悶の表情を浮かべていました。そして舞お姉ちゃんと私に言ったんです。『私達の努力は来世のためだが、あなた達は今生のために努力できる。一日一日、積み上げていきなさい』って」
そんなことない、と俺は反論した。小鳥姉さんと鈴姉さんの助言でお菓子とお茶がいっそう美味しくなったのは、事実だったからだ。けどそれについても奏は聞いていて、それによると小鳥姉さん達がかろうじて手助けできたのは、配色と食材の組み合わせと器類に関する知識だけだったという。言われてみればそれは正しく、見栄えのする色の組み合わせと、相性の良い食材の組み合わせと、手に馴染む器や舌触りの良いスプーンやフォークについて姉達は助言しただけだったのである。土地神巡り中の姉達の楽しげな様子に気を取られ、努力や苦悩をこれっぽっちも理解していなかった自分が、俺は許せなかった。
奏によると、舞ちゃんと奏はその調理室で作られたお菓子とお茶の試食を希望したが、小鳥姉さん達に拒否されたらしい。「「手本は優れていれば優れているほど良いの」」と、姉達は声を揃えたという。人生初の体験は特に重要で、最初の一口の衝撃と感動は何物にも代えがたい財産になる。少なくとも俺が造ったお菓子とお茶にしなさいと、小鳥姉さん達は念押ししたたそうだ。それは理解できてもその日以降、奏達は抑えがたい衝動に苦しむことになった。輝力製のお菓子とお茶の造り方を教えてと、俺に頼みたくて仕方なくなったのである。
「お兄ちゃんのお菓子を食べて感動し、それを原動力にお菓子作りを始めれば、あの調理室の母さん達に加われる。だって母さん達は、あと20年ちょっとしか・・・」




