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 心の中の土下座を僅かなりとも態度で示そうとした男組はテーブルに額をこすり付け、男は狡くてゴメンナサイよこしまでゴメンナサイとにかくゴメンナサイと、ひたすら謝り続けた。今生ではそんな事をしていずとも、男の本能が断言するのだ。自分も同じことをして、女性を深く傷つけたことがかつてあったのだと。

 幸い男組の謝罪は聞き入れられ、舞ちゃんと奏は俺達を許してくれた。俺達は安堵のあまり体に力が入らず、テーブルに上体を預ける。礼を失すると解っていてもほんの数秒でいいからこのままでいさせて欲しいと、願ったんだね。けどそれは、叶わなかった。舞ちゃんと奏が「「狡さは女にもある。女を代表して謝罪します」」と言って腰を折ったからだ。男組は弾けるように上体を起こし、お互い様なのだから顔を上げてと懇願した。「お互い様なのに男は頭を下げられても女は下げられないなんて、不公平よ」「そうだそうだ~」などと、舞ちゃんと奏は可愛らしく口を尖らせている。そんな二人に俺は噴き出したけど、勇と昇はこれでもかと言うほど目じりを下げていた。俺は心の中で「これは純粋な恋なのか、それとも恋は盲目の一例なのか、判断つきかねるな」などと、つまらないことを一人で考えていた。


 その後、休憩時間を設けた。重い話と謝罪合戦によって、少々疲れてしまったのである。ならばとお菓子とお茶を輝力で造り振舞ったところ、トロピカルジュースに比肩する高評価を得ることが出来た。まこと、母さんと妖精達のお陰だ。俺は幾度目とも知れぬ感謝を、心の中で捧げた。

 休憩時間終盤、奏が急にモジモジしだした。この事態を予想したときは冷や汗を掻いたのに、現実になったら微笑ましさしか感じないなんて、兄バカにも程があるぞ。という自分への失笑も手伝い「奏、何でも言ってごらん」と素の笑顔で促したところ、


「お兄ちゃんはズルイ!」


 と奏に叱られてしまった。普段なら妹への愛おしさが増すばかりでも、今回に限っては違う。ほんの十数分前まで男の狡さに関する講義を受けていた身としては、考察と質問をせずにはいられなかったのである。準四次元での勉強が活き瞬きの時間で考察を終え、さあ質問するぞと口を開きかけたのだけど、


「今のは八つ当たりです、お兄ちゃんは狡くないですごめんなさい」


 のように、今度は謝られてしまったのだ。女心に疎い自信はあるが、兄にとって妹は女であって女でない不思議な存在なのかもしれない。「次は俺が話していいかな?」「はい」「ありがとう。でも無理はしないでね」とのやり取りを経て、俺は考察を披露した。

 男の狡さに関するさっきの講義だけでは、奏の「お兄ちゃんはズルイ!」を十全に説明できない気がする。ただの勘だが「表現方法に問題がある場合のみ、その願いは悪になる」も考察に加えるべきではないか? たとえば悪に分類されずとも、女性に負担を強いる表現方法があるのではないか? かくいう俺も「悪ではないが心労がかさむこと」を、輝力製の食べ物絡みでここ半年ほど経験してきたんだよね。母さんのケーキと俺のケーキでは、子供妖精たちの表情に残酷なほど大きな差が出るからさ。

 そうある意味子供は、非常に()()な存在なのである。その残酷さの一種を俺は奏にして、いやおそらく俺は奏にそれを頻繁にしていて、心労を再三被ることに嫌気がさした奏は、俺の方が圧倒的に悪い「お兄ちゃんはズルイ!」を咄嗟に使った。けれどもそれは子供妖精たちの忖度皆無の表情へ俺が八つ当たりしたのと同じため、冷静さを取り戻した奏は八つ当たりを潔く謝罪した。


「こういう事なのかな?」


 俺は、そう尋ねたんだね。すると奏はそれへ、


「お兄ちゃんのバカ!」


 で応じた。けれども一切動じず「はいはい兄ちゃんは馬鹿ですよ~」とニコニコする俺と、顔を真っ赤にして「バカバカバカ~~」を繰り返す奏は、なんて仲の良い兄妹なのだろう。

 などと考えていたのは、俺だけでした。


「翔君の、女の敵!」「お、女の敵?!」「女の敵、女の敵、女の敵――ッ!」「えっとですね、舞ちゃんがそこまで言うなら俺は女の敵なのでしょう。なのでそれを改めるべく、女の敵について知りたいと思います。どうか俺に、子細を教えてくれませんか?」「ヤダ!!」「そんな殺生な」「・・・翔」「おお勇、助かった。女の敵について解るなら、ぜひ教えてくれ」「そう言われても、お前は夫の敵でもあるからなあ」「夫? 夫って、勇の敵でもあるの?」「恋人の敵でもありますよかけ兄。もっとも俺は、恋人ではありませんが」「ええ~~!!」


 勇と昇の眼差しが、かつて見たことないほど冷たい。こりゃ本格的にマズイぞ、人生初の絶体絶命だ! と全身の血が引きかけた時、


「言い出しっぺの私が説明します」


 奏が名乗りをあげた。その声を聞くや引きかけた血が元に戻り、妹を案じる想いが溢れてきた。よって言葉を掛けようとしたのだけど、勇と昇に口を塞がれてしまった。勇の目配せに舞ちゃんが頷き、気遣いの言葉を俺の代わりにかける。奏はかなりの覚悟を要する告白をするつもりらしく、舞ちゃんは本気で心配しているみたいだ。しかし奏はこの星における「虎穴に入らずんば虎子を得ず」に近い格言を口にし、舞ちゃんはそれへ「八方塞がりを打開する起死回生の一撃」を表す四文字熟語で応え、力づけるように奏の背中を叩いた。それはまこと力になったのか、臆する気配が奏からみるみる消えてゆく。そんな二人の強固な信頼関係に胸を熱くするばかりの自分に、女の敵や夫の敵は解らずとも、人として重大な欠陥があることを俺は自覚せざるを得なかった。けどそれについて落ち込むのは後にして、今は妹の一世一代の打ち明け話に全力で耳を傾けるのだ。そう決意した俺に妹は、妹成分をまるで感じない笑みを投げかけたのち、真に思いもよらぬことを明かした。「私はこれまで翔お兄ちゃんに、計算づくの行いを無数にしてきたんです」と。

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