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 という訳でささやかな意趣返しに成功した俺は、機を見て会合開始を提案した。トロピカル生フルーツジュースに打ちのめされた皆が硬直した表情で高速首肯を繰り返す様子に、少々やり過ぎたことを反省しつつ、相談事のあらましを俺は改めて説明した。

 俺の次を引き受けたのは、舞ちゃんと奏だった。二人が勇と昇に送ったメールには、俺のメールにあった内容が書かれていなかったようなのである。奏の「素直になれない」だけでも昇の胸中を想うと胃が痛んだのに、舞ちゃんの「翔君に依存していた」はまさしく胃に穴が開く思いだった。だが勇のオーラから察するに二人はそれを幾度も話題にしてきたらしく、信頼し合う夫婦はかくも偉大なのかと俺は感動せずにはいられなかった。

 勇と舞ちゃんの信頼関係は、昇と奏にも感動をもたらしたようだ。奏は殊更それが強かったのか、「昇とどんなことでも素直に話し合える仲に私もなりたい」との独白後、溢れる涙を止めることが暫しできなかった。独白であって昇に伝えたのではないことと、身を傾けたのが昇ではなく舞ちゃんだったことを差し引いても、大いなる前進と言えるだろう。昇、お前も頑張れよ!

 のようになぜ昇に発破をかけたかと言うと、奏の独白に昇が動揺しまくっていたからだ。動揺するのも素直さの現れとはいえ、これほど優秀な男がなぜこうもテンパるのかが俺には理解できなかった。との思いを目に込めて勇に視線を向けたところ、勇も同じ疑問を抱いていたらしい。勇は胸を叩き、昇に正対した。


「昇、お前ほど優秀な男がなぜそうも激しく動揺するのか、俺達にはまるで解らない。可能なら教えてくれ」「いさ兄、それがですね」「うむ、どうした」「俺にもなぜなのか、まったく判らないんです。何もかも、判らない事だらけなんですよ」「ほほう?」


 ほほう、の箇所で俺に視線を向けた勇に、自分のアカシックレコードを見たことがあるか訊いてみてくれとテレパシーを送った。すると勇も昇組に、つまり動揺組になってしまったのである。あれ? と俺は心の中で首を捻った。ひょっとして二人とも、アカシックレコードをまだ見れないのかな。

 との疑問を解明すべく関連知識を片っ端から検索していったら、見落としに気づいた。五次元に存在するティペレトを目視するだけでも孫弟子昇格の資格を得られるのにアカシックレコードは六次元に存在し、そして勇達はまだひ孫弟子だったのである。こりゃ俺の疑問の方が間違っていたと反省する間もなく、新たな疑問が脳を駆けた。そもそもなぜ俺如きが、制限付きとはいえアカシックレコードを見られるのかな?

 けどそれは、今考えるべき事ではない。奏も落ち着きを取り戻したことだし、後回しにしよう。そう判断し「もう大丈夫かい」と奏に語りかけたら、肯定の言葉が元気よく返ってきた。想像以上の元気っぷりに空元気を疑った俺の目に、昇に目配せして微笑む奏が映る。おそらくとしか言えないが、自分と同じく昇も判らないことだらけと知り、安堵したと思われる。奏に釣られて昇も落ち着いたみたいだし、話し合いを再開して良いだろう。あい変らず動揺している勇を見なかったことにして、俺は舞ちゃんと奏に請うた。


「お昼に受け取った舞ちゃんと奏のメールは、これ以上は今夜という文言で締められていたよね。それを、そろそろ教えてもらえるかな。もちろん準備が整ってないなら、遠慮せず言ってね」


 舞ちゃんと奏は互いへ顔を向け、頷き合った。以心伝心が当たり前の仲良し姉妹を見せてもらった気がして、男子組の頬が一斉にほころんでいく。でもそれは、長く続かなかった。女から見た男のズルさを傾聴する時間が、訪れたからだ。背筋を伸ばす男子組に、舞ちゃんと奏は滔々と語ってゆく。


「翔君が明かした、複数の女性にいつまでも好意を寄せてもらいたいという願いは、潜在意識も含めると全男性が持っていると思う」「複数の男性にチヤホヤされる自分を妄想しない女性もほぼいないことから、それは男女共通の本能だと舞お姉ちゃんと私は判断しました」「仮にそれが正しいなら、重要事項が二つ出てくる」「一つは、その願いは潜在意識に仕舞われたままなのか、それとも顕在意識化しているのか、という事です」「潜在意識に仕舞われている本人すら意識していない願いをとやかく言うなんて、傲慢だからね」「もう一つは顕在意識化しているなら、それはどのように表現されているかという事です」「表現方法に問題がある場合のみ、その願いは悪になると私達は結論したの」「翔お兄ちゃんは悪くないって言った理由は、それですね」「悪の一つには狡さがあり、具体例を挙げると・・・」


 俺と勇と昇の男組の背中はその後、時間経過と共に丸まっていった。舞ちゃんと奏が次々挙げていく男の狡さの全てに、思い当たる節があったからだ。俺は野郎共に声を大にして言いたい。「男のあらゆる狡さを女は熟知している。バレないだろう、もしくはバレていないだろうなんて、決して考えてはならない」と。

 だが現実として、男の狡さに翻弄され不幸になっている女は大勢いる。全部バレているなら、そんな事にはならないのではないか? との疑問へ、舞ちゃんと奏はこう答えた。「男に騙され不幸になることを望む特殊な例を除くと、理由は二つある。一つは、人には得意不得意があるから。もう一つは『恋は盲目』が、働いているからだ」と。

 人は無数の要素を有し、どれが得意でどれが不得意かは人によって異なる。よって狡さの見極めが苦手な女を、狡さを隠すことに長けた男が標的にした場合は不幸を招きやすいと二人は説いたのだ。これについては通常モードの「悪い男がいてごめんなさい」に留まったが、次は留まらなかった。男組は心の中で、三人揃って土下座したのである。


「恋は盲目も、二種類あるの。一つは女の思い込みが強すぎ、男の狡さを目が捉えているのに認識できないでいる状態。この場合は思い込みが強すぎるという落ち度が女にあるため、男女の過失比は10対0にはならない。もっとも女の過失は、0.1程度だけどね」「二種類のもう一方も10対0にはなりませんが、女の過失は0.01や0.001になります。しかし女の被る心の傷は、こちらの方が断然大きくなります。相手への愛ゆえに相手を信じる気持ちが増大し盲目も強化されるため、騙されていたと認めるのが遅れてしまう。遅れたぶんだけ心の傷は大きくなり、人間不信を引き起こすだけでなく、愛という感情全般への不信感も生じさせてしまうのです」「恋は盲目を卒業するための代償として割に合わないと、私は思うわ」「私も舞お姉ちゃんに同意します」

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