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翌日も相変わらず解明のかの字も見えてこなかった代わりに、別件で気づいたことがあった。それは、時間差。俺の輝力操作には、肉体が輝力に引っ張られる、という感覚がある。最初に輝力が動き、続いて肉体が動くという感覚があるのだ。それってつまり、時間差があるって事なのではないか? それは命がけの戦闘において、致命的な欠陥になるのではないか? たとえば輝力を視覚化できる敵がいたら、敵は俺の動きを先読みできてしまうのではないか? という重大事項に、俺は気づいたのである。
精査の結果、解明する謎の優先順位を変えることにした。時間差の謎の解明を優先順位一位に昇格し、その根絶を最大目標にしたのである。それ以降、そのためだけに訓練時間の全てを費やす日が続いた。
意外にも、時間差を根絶する方法の一つ目は、たった3日で見つかった。それは、輝力量を増やすこと。輝力量が多ければ多いほど肉体を引っ張る力も増えるため、時間差を少なくできると判明したのである。輝力量を増やす訓練は1年間続けてきたが、そんなものでは到底足りない。俺は輝力増加の目標を2倍に引き上げ、日々の訓練をこなした。
時間差を根絶する方法の二つ目の発見には、1か月を要した。それは、輝力と肉体の親和性を高めることだった。親和性が高ければ高いほど、両者は同じモノとして振舞おうとする。最初に輝力が動き、次に肉体が動くという個別性を排除したいと、それぞれが自ら願うらしいのである。正直、これには驚いた。俺とはかけ離れた独立した生命体のような、そんな気がしたのだ。
しかしよくよく考えると、輝力は外部から流入させたエネルギーであって俺自身ではない。また肉体も、前世の五十余年の経験を基に考察すると、見解を変えざるを得なかった。肉体には肉体独自の意識があると考えた方が、正解みたいなのである。ならば、命令して無理やり従わせるのは避けるべき。輝力と肉体を協力者と認識して、時間差をなくす訓練を続けた。
そうこうするうち更に1か月が過ぎた5月、俺は満4歳になった。この星は出生日を0歳とする数え歳を採用していて、新年の1月1日に全国民が一斉に歳を重ねることになっているが、誕生日を特別な日として祝う人達も数%いた。その人達は誕生日文化のある他の星からの転生者で、かくいう俺もその1人だったから、5月5日に美雪が誕生会を開いてくれたのである。誕生日を祝ってくれる家族がいるというのは、幸せだなあ・・・・
そんなこんなで月日は流れ、暑くなり涼しくなって寒くなり、そして寒さがあらかた和らぎ1年が経った。去年に比べて時間差を少なくできたのは、確実と言える。だが同時に、時間差を未だ根絶できていないのも、確実だったのである。感覚では1年を費やし、半減したといったところだろう。ならば、あと1年続ければ良いだけのこと。俺は覚悟を決め、ただただ愚直に白薙を振り続けた。
そして迎えた、翌年の3月上旬。
「時間差、消えたんじゃないかな?」
振り下ろした白薙を中段に構えたまま、俺はそう呟いた。引っ張られるという感覚は、去年の暮れあたりにほぼ消えていた。それから2か月ちょいが過ぎた今、ほぼ消えたの「ほぼ」を取り除いてよいと思えたのである。白薙を背中に納め振り返り、美雪に問うた。
「姉ちゃんはどう思う?」
「うん、翔に同意」
「やった~!」
俺は跳び上がって喜んだ。素振りを毎日8時間するようになって、早三年。優先順位一位に掲げた時間差の根絶を、俺はとうとう成し遂げたのである。これを喜ばずして、何を喜ぶというのか。俺は拳を天に突き上げジャンプして、目標達成の喜びをかみしめていた。
そんな俺の聴覚が、四つ足動物の素早い足音を捉えた。拳を天に突き上げジャンプすることを、豪華料理の合図と認識している虎鉄が、林から全速力で駆けて来たのだ。そしてそのまま減速することなく、虎鉄は俺に跳びかかってくる。以前とは別次元の容赦皆無のそのスピードに、去年なら絶対対応できなかったはず。だが、
「ふふん、甘いぞ虎鉄!」
俺は虎鉄をヒラリと躱してみせた。地面に着地した虎鉄が目にもとまらぬスピードで方向転換し、二足歩行ではあり得ない速度で死角に回り込み、再び跳びかかってくる。だがたとえ目に映らなかったとしても、今の俺には無関係。地面を走る音と跳躍時の風切り音を頼りに、二度目の突進も華麗に躱してみせたのである。達成感が胸にせり上がってくる。ああ俺は歩みは遅くとも、確実に成長しているんだな!
と思ったのも束の間、虎鉄の足音が消えた。虎鉄が、無音走行に切り替えたのだ。俺が成長したように、虎鉄も成長して当たり前。狩りの技術を日々磨いている虎鉄は、獲物に気づかれ難い技術の一つとして、無音走行を会得していたのである。そしてそれをされると、今の俺は完全にお手上げ。
「うわっ虎鉄、猫パンチの痛さがシャレにならない。許してください~~」
無音走行と無音跳躍に対応できず、猫パンチの連打に耐えきれなくなった俺は、土下座して虎鉄に許しを請うたのだった。
――――――
ここに来て二度目となる、縦だか横だか判らない分厚いステーキに舌鼓を打った、夕御飯後。二度目のステーキの「二度目」に閃きを得た俺は、その正誤を尋ねてみた。
「あのさ姉ちゃん。最初にステーキを食べたのは、輝力操作を習得した日だったよね。そして二度目の今日は、時間差が無くなった日だ。そこで閃いたんだけど、輝力操作を習得しても時間差があるのは普通で、そしてその時間差を訓練次第でゼロにできるのも、普通のことなのかな? 普通のこととして周知されているからお祝いも一般的になっていて、お陰でこうして絶品ステーキを食べられた。そう考えるとしっくりくるなって、僕閃いたんだよ」
「うんうん、翔は頭が良いね。姉ちゃん嬉しいわ」
美雪は顔をほころばせ、俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。普通の5歳児なら嬉しいだけでも、前世の記憶のある俺はどうしても恥ずかしさを感じてしまう。その、恥ずかしがる様子がまた可愛いと胸にギュウギュウ抱きしめてくるのだから、ホント始末が悪い。俺は一体全体、どうすれば良いのか? 一番良いのは正真正銘の5歳児になって無垢な笑顔を浮かべることだと頭では解っていても、それは不可能というもの。しかしだからといって恥ずかしがったら、ギュウギュウされてもっと恥ずかしい目に遭ってしまう。だがこうされると恥ずかしさ以上に嬉しいのも事実で、かつその嬉しさに性的な嬉しさが含まれないことを、俺は断言できるのだ。それを美雪に伝えているから美雪も安心してこうしている節があり、美雪が望むならそれが一番と思う反面、この記憶に思春期の俺がどれほど苦悩するかを実体験として知っているのも、また事実なのである。それらアレコレが頭の中をグルグル回り、そんな俺にいつも美雪は、
「大丈夫よ」
と背中をポンポン叩いて身を離すのが常だった。そのポンポンに多大な安堵を覚えこの件を終えるのがいつもの事なのだけど、今日は違った。さっきの閃きを土台とした新たな閃きを、俺は得たのである。そんな、いつもと違う俺に気づいたのだろう。どうしたのと首を傾げる美雪に、再び問うた。
「姉ちゃんがいつも『大丈夫よ』って言うのは、さっきの輝力操作と同じように、他惑星出身の転生者の特徴が周知されているからなのかな? 姉ちゃんにギュウギュウされて頭の中がグルグルしても、そのせいで僕のような転生者が将来不幸になることは無いって、無数の実例が証明してたりするのかな?」
弟の成長を何より喜ぶ姉の顔になり、美雪はこんな感じの返答をした。
俺の閃きは、正しかった。他惑星出身の転生者の特徴が、広く知られているそうなのである。その中の一つに、他惑星出身者の方が前世を明瞭に覚えているというものがあり、またそれについては生涯にわたる追跡調査を国家が無数に公開していた。成人以降の前世の記憶があってもそれが性的目覚めを早めた実例は無く、それどころか一般より遅くなる顕著な特徴があるという。遅くなる二大理由も科学的に解明されていて、その一つは松果体の活性率の高さにあった。松果体の活性率が高ければ高いほど性の目覚めは遅くなり、そして他惑星出身者は活性率が抜きんでて高い。3歳から始まる輝力操作訓練に大人の知性で臨み、かつ大人の自制心でもって己を鍛え上げるため、松果体の練度も活性率もずば抜けているらしいのである。3歳児のくせに大人の知性と自制心で輝力操作訓練に励むという箇所へ、俺はバツ悪げに「あはは~」と頭を掻くしかなかった。
科学的に解明されているもう一つは、子供特有の正義感だった。一般的に正義感は、大人より子供の方が強い。これに前世の出身地の差はなく、他惑星出身の子供も強い正義感を心に宿しているという。そこに大人の知性が加わると、正義感が誠実さへ昇華するらしい。異性の家族や友人知人に誠実な対応をしようと、ほんの小さい頃から努力するそうなのだ。その努力は家族愛や友愛を高め、子供時代をより幸せにし、その幸せな子供時代の記憶が、異性に誠実であろうとする人格を形成する。人格形成は性の目覚めより早くなされるため、思春期を迎えても性に振り回される事がない。松果体の活性率がずば抜けて高いなら尚更だろう。という二つの科学的理由を国家は正式に発表しており、そしてそれに俺が面白いほど当てはまったので、
「姉ちゃんは翔を思うぞんぶん可愛がれるのよ~!」
と、美雪はいつにも増して俺をギュウギュウした。姉に愛されている事をひしひしと感じられたし、社会背景をきちんと知れて安堵したのも事実だった。しかしだからといって、恥ずかしさが減るわけではない。いや減るどころか大人の記憶云々をさんざん聴かされた直後に、こうもぐいぐい胸を押し付けられたら、いっそう恥ずかしくなって当然なのである。俺は「お願いですから許してください」と泣いて懇願し、そんな俺を哀れに思ったのか虎鉄も一緒に頭をニャアニャア下げてくれたので、美雪はしぶしぶ俺を開放した。俺と虎鉄は美雪に見えぬよう、密かにハイタッチしたものだった。