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地球人の常識では、直線だけしか存在しない一次元が創造主のいる次元だなんて、まず思わないだろう。しかしその定義自体が間違っているのだから、それを取っ払って考えるべきなのである。ん? これも色眼鏡を外すことと、同義だったりするのかな・・・・
「ふふふ、翔は既に別の考察を始めているみたいね」
「あはは、始めちゃってました。ごめんなさい」
「ううん、謝らなくていいわ。何事もまず自分で考えてみようとするのは、翔の素晴らしい才能なの。これからも、鍛えていってね」
「はい。生涯鍛え続けます!」
「よしよし良い子ね。それはそうと、翔の推測の正誤を発表してもいいかしら?」
「ヒエエッ、母さんごめんなさい~~!」
「「「アハハハ~~~」」」
この上なく華やかな笑い声を後頭部に浴びているうち、記憶にある限り初めて、誇りのようなものを胸に抱くことができた。ただそれは「ようなもの」でしかなく、本物の誇りなのかは判りかねたが、今はそれで十分。生涯かけてこれを本物の誇りに育てていけば、それで良いはずなのだ。かくして誇りもどきを胸に、俺は顔を上げる。そんな俺を、誇らしい息子へ向ける眼差しで見つめつつ、母さんは発表した。
「翔の推測は、正解。因みに一次元の一には、創造主ただ一つのみが顕現している次元、という意味も含まれているの。けど何はともあれ翔は正解、おめでとう!」
「ッッシャ―――!!!」
俺はガッツポーズで雄叫びを上げた。しかし、それ以降の詳細な記憶が俺にはない。嬉しすぎ楽しすぎ幸せすぎて、それ以外を記憶に留める余裕がなかったのかもしれないと推測している。
ただ繰り返しになるが、嬉しくて楽しくて幸せな時間を四人で過ごしたことは、永遠に朽ちぬ記憶として俺の心に刻まれたのだった。
――――――
翌日の午後5時。今日の講義は、
「前世の翔が覚えた三つの違和感は、昨日の説明で一応終えます。質問や、次はこれが知りたい等があったら、遠慮せず言ってね」
という母さんの言葉から始まった。質問も次に知りたいことも、どちらも無限にあるのが正直なところ。よって本来ならどれを選ぶべきか判らず頭を抱えたに違いないが、それとは真逆の状態に今の俺はいた。母さんに訊くべきはこれのみという絶対的な事柄が昨夜の就寝直前、心に突如やって来たのである。然るにそれを、遠慮せず質問させてもらった。
「宇宙法則に沿う日常を生きるだけでも、松果体は活性化するんですよね。また、宗教やスピリチュアルを基に悟りを開くことはほぼ不可能なことも、母さんに教えてもらいました。この二つを昨夜考察していたら、イエスキリストに関する二つの事柄が心に突如やって来たんです。一つは、『この世で小さき者ほど天国では大きい』というイエスの言葉。そしてもう一つは、イエスの磔刑でした。ただやって来たのが就寝直前だったため、これらの考察をまだ始めていません。だから、質問させてください。この二つを、僕は一人でいる時間中に考えるべきなのでしょうか。それとも母さんに毎日会えるという幸運に恵まれているのですから、母さんといる時間中に考えるべきなのでしょうか。教えて頂けると幸いです」
「準備を整えた弟子に、師は現れる。また準備は自ら考え、自ら決断し、自ら行動することで初めて整う。という原則に基づくなら、翔はその二つを一人で考えるべき、との結論になりそうね。ただこの原則を、『師に出会うための条件』と解釈するなら、出会った以降に確信を持てない弟子が現れても仕方ないと思うし、そこに翔が含まれても変とは思わない。だって・・・・」
母さんは一旦言葉を切る。そして、遊びに行く約束をしていた友達が待ち合わせ場所に現れたかのような笑顔を浮かべて、続きを話した。
「だってほら私って、翔の師でもあるから」
ここで泣いたら師と過ごす珠玉の時間を無駄にしてしまうと頭では解っていても、溢れる涙を止めることが俺にはどうしてもできなかった。ならばせめて、無駄にする時間を少しでも減らすよう努めねばならない。そう奮い立ったところ、呼吸二回分の時間で平静を取り戻すことに成功した。一方、師でもあると言ってくれた母さんは時間が足らなかったようだが、それは母の愛ゆえの事なんだろうな。
かくして呼吸二回分の時間を更に追加したのち、講義は再開した。
それによると、弟子が師のもとに集められる方法は、二種類あるらしい。意識投射して意識だけで講義を聴く方法と、生身の体で講義を聴く方法だ。一般的に前者は聴衆が多く一度に大量の話を聴けるが、後者の聴衆は数人しかおらず、かつ一文を聴いただけで講義終了なんてこともザラにあるという。ピンと閃いたので挙手し、「師の授けた一文を徹底的に考え、判断し、行動に取り入れて準備が整った弟子へ、師が再び一文を授ける。という講義方法に、後者はなるという事でしょうか」と尋ねてみた。母さんは「それが多いみたいね」と首肯したのち、「もちろん例外もあるわ」と悪戯っぽく微笑んだ。
「弟子も千差万別なら、師も千差万別。よって師は、状況に合わせた柔軟な対応をすることが認められているの。という訳でこの場は、私が最善と判断して設けた場だから、翔は母さんに何でも訊いていいんだからね」
解っているつもりだったが、それ以上だった。俺は、奇跡に等しい幸運のただ中にいたのである。こういう状況において、遠慮や躊躇は成長を阻む邪魔者でしかない。俺は謝意を示したのち、さきほど得た閃きを堂々と述べた。
「さっき得た閃きを述べます。地球人は、心の成長をまだ定義できていません。イエスキリストが、『金持ちが神の国に入るより、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい』と説いたように、社会的地位が高いほど心の未熟な人が増加していったのが、当時の地球の現状だったのでしょう。ただ個人的には、イエスの時代より現代は、社会的地位が高くとも神の国に入れる人が増えているように思います。ただし例外があって・・・・」
話している最中いきなり、お金への正解を今日得られるとの予知が脳を駆けた。予知なんて前世も今生も無縁だったのになぜだろう、と心の中で暢気に首を捻る自分を蹴飛ばし、続きを話した。
「すみませんでした。ただし例外があって、宗教とスピリチュアリズムはイエスの時代と変わらないか、もしくは悪化しているように感じます。悪化している最大の理由は、両者ともにお金の支配下にあるからです。もちろんすべてではないのでしょうが、その場合はイエスを磔刑にしたのと同種の動機を、現代の宗教とスピリチュアリズムも持っているように思えてなりません。母さん、どうでしょうか」
俺の問いかけに母さんは珍しく、眉間に皺を寄せ難しい顔をして、重々しく口を開いた。
「同意するだけなら、翔の考えにすべて同意するわ。宗教とスピリチュアリズムはイエスの時代と変わらないか、もしくは悪化している事。悪化している最大の理由は、どちらもお金の支配下にある事。もちろん支配されていないものもあるけど、その場合はイエスを磔にしたのと同種の動機を現代の宗教とスピリチュアリズムも持っている事。この三つに反対意見を、私は持ってないからね。なのになぜ難しい顔をしたかと言うと、地球のお金は宇宙一巧妙に人を支配していて、かつ私はそれを経験していないからなのよ。私にできるのは、私の同胞達の論文から得た知識を、翔に話してあげる事だけ。それを苦しんでいたのね」
母さんによると、お金は善と悪を併せ持っているという。そして地球人にテレパシーで接触してくる善性の宇宙人達はお金の悪の面を排除した社会を獲得して久しいため、お金の善の面しか地球人に話せなくなっているらしい。つまりぶっちゃけると、お金の悪の面に影響されて苦しんでいる地球人に、有効な助言を何一つできなくなっているのだそうだ。お金についてご高説を垂れる宇宙人達に凄まじい違和感を覚えていた理由はそれだったのかと、俺は膝をパシンと叩いたものだ。そんな俺に「論文を読んだだけで恐縮なのですが」と詫びてから、母さんはそれを話してくれた。
地球人にテレパシーで接触してくる善性の宇宙人達はお金の悪の面を排除した社会を獲得して久しいため、お金の善の面しか地球人に話せなくなっている。率直に言うと、お金の悪の面に影響されて苦しんでいる地球人に、有効な助言を何一つできなくなっている。




