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「ニマニマじゃなくて、ニコニコしてたんだよ。こんなふうに本音で語り合える異性の友達を持つのは、前世と今生を合わせても初めてだからさ」
「ん~、正直言うと私にはそれがイマイチ解らないのよね。前世のアンタには、女を寄せ付けない何らかの要因があったの?」
「それについては、孤児院で世話した年下の女の子たちが本音を話してくれたよ。容姿や健康などの身体的問題も、性格や社会性などの心理的問題も、俺には全然ないんだって。ただ俺はその子たちにとって最高のお兄ちゃんで、お兄ちゃんと認識している内に最高の伴侶と出会ったから、俺は年上の異性にならなかったらしい。そうそう皆が、最高の伴侶に出会ったのは本当でさ。俺とも仲良くなってお兄さんや兄貴って呼んでくれて、子供達にも伯父ちゃんと呼んでもらえて、マジ嬉しかったよ。う~ん今ふと思ったんだけど、孤児院には俺と同年齢の女の子がたまたまいなくて、上も下も3歳以上離れててさ。もし冴子ちゃんが同年齢の女の子として孤児院にいたら、友人と親友を経て仲良し夫婦になっていたのかな?」
「・・・・アンタねえ」
「ん? どうしたの冴子ちゃん」
「今はっきり解ったわ。そういうとこよ、自覚しなさい!」
「ヒエエッ、ごめんなさい~~!!」
意味不明なのだが冴子ちゃんは本気で怒っており、繰り返しになるが意味不明だろうと俺は平謝りに謝るしかなかった。テーブルの向こうに座る母さんと美雪も「「自覚しなさい」」と声を揃えるだけで、今回はなぜか助けてくれなかったしね。凹む・・・・
幸い冴子ちゃんは比較的すぐ許してくれて、「友情検定の模擬試験をするわよ!」という事になった。といっても虎鉄と冴子ちゃんと俺の3人で楽しい時間を共有しただけだったが、なぜか冴子ちゃんに「合格間違いなし!」と太鼓判を押してもらえた。意味不明だろうと、そんなの知ったこっちゃない。俺と虎鉄は手を取り合って、喜んだのだった。
――――――
翌日の午後5時、母さんの講義が始まった。とうとう俺は今日、7次元について教えてもらえるかもしれない。俺の尻尾は講義が始まる前から、風切り音を煩いほど奏でていた。いやもちろん、比喩なんだけどね。
「さあでは、7次元について説明しましょう。でもその前に、翔が松果体をどれくらい知っているかを把握しておきたいの。話してくれる?」
もちろんです、と俺は医学からオカルトに至るまでの松果体の知識を述べていった。その量と質が想定以上だったのか母さんは感心して聴いていたが、「第三の目を開く訓練を生涯続けていました」の箇所だけは、ほんの少し顔を曇らせた。対して俺の顔はパッと輝き、それを冴子ちゃんが「翔はホント見どころあるわね」と高評価してくれたので、俺は有頂天になった。講義中に母さんが顔を曇らせることと、正しい知識を母さんが教えてくれることは同義。それは嬉しいことに他ならず、かつそれを友人が正確に知覚し高評価してくれたのだから、有頂天になって当然なのである。ただでさえ今日は美雪が右隣に戻って来て、嬉しくてならなかったしさ!
「翔、アトランティスの暦では現代は地球最後の時代の、第七の時代なの。オカルトやスピリチュアルで、聞いたことある?」
「はい、時代を七つに区分することだけなら知識として知っています。といっても分け方も同じとは、まったく思えませんけどね」
「むむ、確かにそうね。ならばこれは、第七の時代に関する話だって先に言っておきます。二十世紀半ばに始まった第七の時代はさっきも言ったように、地球最後の時代でね。特別な時代だから、なんと特典が設けられているの。それは、松果体を開く訓練をせずとも、松果体が24時間開きっぱなしになっているという特典。最後の時代になってこの特典が施行されるまでは、原則的に1日1時間しか、松果体は開いていなかったのよ」
ええ~~とのけ反るも、思い当たる節があるのも事実だった。どんなに訓練しても開いたという感触を得られなかったのに、松果体の活性化がみるみる進行していったのだ。それがあまりにも明瞭だったため、「開いたらとんでもない事になるはず」とワクワクしていたくらいだったのである。そう話したところ活性化について、母さんが補足してくれた。
「松果体の上あたりに、松果体の大本と呼べる非物質の器官があってね。松果体を開く訓練を適切にすると、その大本と松果体の繋がりが良くなるの。松果体の活性化がみるみる進行したのは、そういう仕組みね」
ヒャッハーッ、と俺が拳を天に突き上げたのは言うまでもない。それに関しては母さんもニコニコしていたけど「ひょっとしてこの活性化が、悟りを開くってことなのかなって思ってたんです」には、顔を曇らせてしまった。対して俺の顔は煌々と輝き、それに冴子ちゃんが突っ込みを入れるという幸せな時間を経て、幾度目とも知れない貴重な教えを母さんは授けてくれた。
「かつて人の松果体は、赤外線と可視光を感知する目として機能していてね。人を捕食する巨大生物が斜め後ろ上空から迫ってくるのを知覚するため、頭頂の少し後ろに頭蓋骨のない箇所があったの。アトランティス人は今でもその名残が強く出ていて、頭頂の少し後ろが陥没したようになっているわ。地球人にも同種の頭蓋骨の人は稀にいて、そういう人は大抵、霊的資質に恵まれているようね」
ガタンッ
と、席を乱暴に立った音が訓練場に響いた。地球人だったころの俺は、坊主頭にするのを憚られるほど頭頂の少し後ろが陥没していた。そこを指で指圧すると得も言われぬ快感を得られると共に、脳の急速な活性化をはっきり感じたものだ。霊的資質云々は不明でも、今こうして大聖者に直接教えて頂いているのは事実。その事実が俺を、乱暴なほど素早く席から立ち上がらせたのである。
また冷静に考えると「人を捕食する巨大生物」にも、脳が焼きつくほどの興味を覚えた。母さんの今の話には、第四の時代であるゴビ文明以前の時代の気配が濃厚にする。加えてその時代には「人を捕食する巨大生物が斜め後ろ上空から迫ってくる」という、ハラハラドキドキの描写がされたのだ。しかも常識を取っ払ってその巨大生物の名を脳内検索すると、真っ先に思い浮かぶのがプテラノドンなのだから堪ったものではない。人と恐竜の共存を示す足跡の化石は複数発見されており、仮にそれが本物なら足跡の大きさから、未知の巨人種が恐竜時代にいた証拠となる。第五時代のアトランティス人ですら身長3メートルなのだからそれより二つ前の第三時代の人類は、いったいどれほどの高身長・・・・
と、何もかも忘れて思索に没頭していたら、右肩を優しく叩かれた。続いて、
「翔、戻っていらっしゃい」
雪の結晶の奏でた音楽のような美雪の声が、耳朶を震わせた。戻っていらっしゃいという美雪の言葉はまこと的確で、俺はその言葉につられ、思いを馳せていた超古代から現代に意識を引き戻したのである。そのさい周囲に展開した景色は、前世のアニメで観たタイムワープ時の景色にどことなく似ており、それも面白そうだ考察してみようかなとチラッと考えた頭を、「しょうがない子ねえ」と美雪が撫でた。ああやっぱり美雪は右隣にいてくれた方が嬉しいな、母さんと並んで座っている光景も至高の眼福ではあったけど・・・・ッッッ!!!
言葉にならない叫び声を上げたのち、俺は額をテーブルに激突させた。今は母さんの講義中だったことを、やっと思い出したのである。そんな俺に呆れかえったのか、それともさほど怒っていないのか、もしくは別の理由があるのかは定かでないが、右肩を美雪が、左肩を冴子ちゃんが、そして頭を母さんが優しくポンポンと叩いただけで、講義中断の件は終了した。せめて俺だけは俺を罰せねばと、両手の親指と人差し指で左右の太ももを力いっぱいつねりつつ、講義を傾聴した。
「第三時代までの人の松果体は、現代人の目を凌ぐ重要な視覚器官として働いていてね。ただ第四時代以降の人類は第三時代以前の人類と遺伝的繋がりが薄いのだけど、それでも松果体の活性化を続けていれば、かつての松果体視力を現代人も僅かながら取り戻せる。それは古と現代の区別なく、創造主と肉体を繋ぐ窓に松果体がなっているからなの。窓になっている器官の視力を創造主のいる側に向けて、己の本体を目視する。技術のみに言及するなら、これが悟りを開く最も容易な方法と言えるわ。でも心の成長の伴わないその方法だけでは地球を卒業できず、追い返されちゃうんだけどね。その詳細はまた後日にして、今は落葉樹に譬える話をしましょう」
プテラノドン、来た~~(*'▽')




