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「さて次は、跳躍について説明しましょう。とその前に、第六感と呼ぶべきものが科学的に発見済みなのを、翔は知ってる?」


 首を横に振るだけの俺へ母さんが語ったところによると、生物は体内で電気を生成していて、その電気が生物の周囲に電界を形成しているという。人の周囲にも電界はもちろんあり、そしてそれを精密に測定したところ、人の電界は他者の電界へ影響を及ぼすことが判明したそうだ。

 例えば部屋の隅にAさんがいて、反対側の隅にBさんがいるとする。背中合わせに座ってヘッドフォンをする等により、五感では片方の存在を二人は知覚できなくなっている。そのAさんとBさんに、異なる写真を見せた。何枚目かの写真に恐怖したAさんの電界が、恐怖したときの電界に変化した。するとAさんの電界変化に呼応するかのごとく、Bさんの電界も変化するという。しかもBさんは穏やかな写真を見ていたにもかかわらず、恐怖したときの電界に変化するそうだ。かつそのさいBさんは、「何となく不穏な気配がする」系の感覚を抱くことが多いらしいのである。これは電界を遮断する環境では生じにくいため、人は電界を介して他者の感情を感じ取れるとしても、つまり電界を第六の感覚としても、科学的に否定しきれないとの事だった。


「そ、そうなんですか!」

「電界が相互作用で変化するのは事実だわ。その変化を、測定機が高性能化したお陰で検知できるようになったのね」


 俺は頭を抱えた。中二病の俺が電界第六感説を知らなかった失意もさることながら、これほどの発見を大々的に公表しない日本人の気質に、頭を抱えずにはいられなかったのである。そんな俺へ「気持ちは解るけど話を先へ進めるね」と前置きし、母さんはテレパシーについて教えてくれた。

 それによると、人は眉間から磁気を放出できるという。その磁気には感情の運び手としての機能もあり、かつ運べる距離が2万キロあるため、「これが地球上のどこにでもテレパシーを届けられる仕組みね」と、母さんはあっさり言った。繰り返すが、母さんはそうあっさり言ってのけたのである。その気軽さに再び頭を抱えそうになるも、そんな暇はなかった。「詳細はまだ伏せるけど」と再度前置きした母さんが、松果体を経由して他者と意思疎通する仕組みと、下垂体の顕在意識に人の集合意識が作用する仕組みを明かし始めたからだ。それらの情報に、驚愕するやら感心するやら歓喜するやらで燃え尽きてしまった俺を、「本命の説明の準備がやっと整ったんだからシャキンとしなさい」と母さんは叱った。そして俺がシャキンとしたのを合図に、跳躍の説明は始まった。


「善性の国家運営が長期間安定して続くと、紹介した四つの方法を介して、善なる意識の共有が起こりやすくなるの。そして共有した善の波長がある数値を超えると、国家規模で意識の共鳴が発生する。その共鳴によって心の波長が一気に高められることを国家規模の跳躍、つまりアセンションと呼んでいるのね」


 この共有と共鳴は、コンサート会場等でも頻繁に起こる現象らしい。言われてみれば俺も、コンサートでそれを幾度も経験していた。会場に集まった人の数が多ければ多いほど共有した意識は強固になり、かつ共鳴時の感動も巨大になることを、俺も実体験で知っていたのだ。よって「おおっ!」と俺はテンション爆上げになったが、母さんは逆に下がったようだ。理由を訊くと、スピリチュアルやオカルトに興味のある地球人の多くが、跳躍を困難にする日常を生きているそうなのである。母さんはその例として、レムリア大陸にまつわる話をした。

 十九世紀にマダガスカル島を調査した英国のスクレーターという動物学者が、キツネザルの種類が多すぎることに疑問を覚えた。日本の170%の面積しかないのに、30種を超えるキツネザルがマダガスカル島に生息していたのだ。謎を解明すべく島の動植物全般を調べたところ、近縁種がインドと東南アジアに多いことが判明した。そのことから、今は海中に沈んでしまったが、かつてインド洋に巨大な大陸が存在したのではないかとスクレーターは推測した。マダガスカル島とインドと東南アジアの三地域は、かつて同じ大陸だったため動植物が似ており、かつ大陸だったが故にキツネザルの種類も増えたのではないかと考えたのである。キツネザルがレムールと呼ばれていた事から、沈んでしまった大陸を彼はレムリア大陸と呼称した。そうこのように、動物学者が生物分布の矛盾を説明するために提唱したインド洋の大陸が、一般人の目に初めて触れた「レムリア大陸という言葉」だったのである。

 するとヘレナ・ブラバッキーという米国の女性が、それに反論した。彼女は「レムリア大陸は太平洋にあった」と主張したのだ。彼女のこの主張で着目すべきは、「太平洋にあった」という箇所にある。仮に彼女の主張どおり、レムリアと呼ばれる大陸がかつて太平洋にあったとしよう。だが場所が太平洋では、マダガスカル島のキツネザルの種類が多すぎる理由にならない。マダガスカル島とインドと東南アジアの動植物が似ている理由にも、これまたならない。よって正直に言うと、彼女は動物学者の仮説をまったく理解していない、かなり残念な反論をしてしまったのである。にもかかわらず、


「オカルト界とスピリチュアル界が、彼女の反論に賛同してね。それから100年以上の月日が流れたけど、反論に正当性はなかったと主張するオカルト好きやスピリチュアル好きは、ほぼ現れていないのが実情なのよ」


 と、母さんは悲しげに肩を落としたのだ。ほぼ間違っていない自信はあるが確認のため、母さんに尋ねてみる。


「ブラバッキーさんと、当時のオカルト界とスピリチュアル界と、そして現代のオカルト界とスピリチュアル界の行いは、心の成長に反するので跳躍は難しいという事でしょうか」

「そのとおりね。他者の主張を真摯に聴き、客観的な判断を下すためには、自分の心という色眼鏡を一時的に外さなければならないの。それを自然とこなすには、膨大な時間と莫大な努力が必須になるわ。でも、その価値は十分ある。努力する日々と、努力が実って自然とこなすようになった日々は、どちらも心を大いに成長させてくれるからね。でもこの話は、明日以降にしましょう」

「ええっ、聴きたくて聴きたくて仕方ないんですけど!」

「あら、翔は7次元について学ぶ機会を、永遠に放棄するって事なのかしら?」

「ヒエエッ、母さんごめんなさい~~!!」

「「「アハハハ~~~」」」


 華やかな女性陣の笑い声と、それとは真逆の俺の野暮ったい土下座をもって、本日の講義は終了したのだった。


 ――――――


 昨日の講義終了時、母さんは冗談を言っているだけと知りつつも、俺は本気で土下座した。前世で恋焦がれた大聖者に直接教えて頂く機会を、己の愚かさ故に逃してしまう気がチラッとしただけで、選択肢はそれしかなかったのである。

 そんな俺を、一日経っても覚えていたのだろう。母さんは講義が始まるや、


「翔、お待たせしました。色眼鏡を外す話を早速始めるね」


 と、申し訳なさげに微笑んでくれたのである。母さんの気遣いに報いるべく、誰かに優しくする機会が将来あったら全力で優しくすることを、俺は胸の中で誓った。


「色眼鏡を外す重要性の理解度と、人および国家の民度は比例します。例えば翔が外国を旅行中、窃盗に遭ったとしましょう。しかし窃盗犯が警察と仲の良い現地人だったため、警察は外国人の翔が悪いと一方的に決めつけ、翔を犯罪者として国外追放しました。このような低民度の警察は、色眼鏡を外す重要性を理解していない国では一般的と言えます。窃盗犯が現地の友人で翔は見知らぬ外国人などという要素は、実際の色と形を歪ませる、色眼鏡なのですね」


 言われてみれば思い当たる節は山ほどあり、しかもその最たるは、日常の人付き合いだった。例えば会社の同僚と、もめ事が起きたとしよう。すると俺達のもとに、同じ会社のA先輩とB先輩がやって来た。A先輩は公正な判断をすべく、俺と同僚の両方から公平に意見を聴いてくれた。しかしB先輩は俺が悪いと一方的に決めつけ、俺の意見をハナから聞かなかった。この二人の先輩のうち、敬意を抱くのはどちらだろうか? 尊敬する先輩として今後も付き合っていきたいと願うのは、どちらだろうか? そんなの、考えるまでもない。話も聞かず一方的に悪いと決めつけるB先輩など尊敬できないし、後輩として付いて行こうなどと微塵も思わないからだ。

 という話をしたところ、日常の人付き合いこそが最たるものという箇所を、母さんは手放しで褒めてくれた。

本日の箇所は、「本物の霊能力者の判断基準に超能力の有無を用いてはならない」の根拠の一つでもあります。今回登場したB先輩のような自称霊能力者が、地球には大勢いますからね。


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