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 奏にも、帰省の問題は付きまとう。半年ぶりに帰って来た娘と数日しか暮らせないことに、親が深刻なダメージを被るのは同じなのだ。ただ鈴姉さんと違い達也さんには前科があり本人もそれを自覚しているため、達也さんへの配慮だけは楽と言える。しかし俺も今回初めて知ったのだけど、達也さんの前科は何とまだ終わっていなかった。それは昇を引き合いに出せば、理解しやすいと思う。

 昇は10年前、幼年学校に入学することを拒み、お試し入寮以降は母親に抱き着き決して離れようとしなかった。まだ2歳5カ月だったこともあり、昇の行動は周囲の目に微笑ましいものとして映っていた。その昇が、戦士養成学校の貴重な帰省の半分を反重力エンジンの勉強に充てたいと主張したら、当時を覚えている人達はどう思うだろうか? しかも昇は、反重力エンジンの技術者を目指す同年齢のトップエリート達とタメを張る学力を有し、更にその上、戦闘順位を10年間で下位1%から上位0.05%へ上げているのだ。当時を覚えている人達はこぞって昇を「立派になった」と褒め、鈴姉さんを「息子を優秀に育てた素晴らしい母親」と称え、そしてそれが鈴姉さんの悲しみを僅かなりとも和らげていたのである。このように、母親にしがみ付いて離れなかった10年前の行動が、今は昇の夢をかえって後押ししてくれていたのだ。

 では、奏はどうなっているのだろう。幼年学校入学前も入学後も、奏は称賛の的だった。もちろんそれは今も変わらず、戦闘順位はぶっちぎりの1位なのに人格者としても大人気の超絶美少女の奏は、崇拝されるレベルにすらなっていた。が、「反重力エンジンの勉強に帰省の半分を費やしたい」は真逆といえた。3歳から勉強を始めたお陰で優秀ではあっても、貴重な帰省の半分を費やすほど優秀とは思えない。戦士として極めて優秀なのだから、娘の帰省を待ちわびているご両親の元で11日間すごした方が良いのではないか。特にお父さんは奏の幼年学校入学後、寂しくて体調を崩していたくらいなのだし。というように、幼年学校入学前の達也さんと奏の行動が、反重力エンジンの勉強の足を引っ張るという昇とは真逆の状況を、もたらしていたのである。

 それでも奏本人が強く望めば、それをなるべく叶えさせようとするのがこの星の人々。昇ほどではないにせよ優秀なのだから、好きな分野の勉強を奏にもさせてあげようではないか。そんなふうに思うのが、この星の社会なんだね。けれども実際のところ、奏は反重力エンジンの勉強が好きではない。体重軽減スキルの習得に役立つから勉強していても、習得方法は他にもあるとくれば身が入らなくて当然といえよう。しかし別の習得方法に最も資質があるとされる芸術家でも奏はなく、またその習得方法に必須の集中スキルは戦闘にも有益なため訓練しているが、それにも奏は天分を持っていない。というか正直言うと俺が教えている多種多様な事柄の全てに、奏は天分がないのだ。一緒に教えている鷲達も非常に優秀なため鷲達の得意分野に奏は完敗し、鷲達の苦手分野でやっと同程度なためはっきり言うと、俺が教えている6人の中で奏はぶっちぎりの最下位だったのである。

 ただこの最下位という環境は、長い目で見ると奏を幸福にする。最も恐ろしい慢心を、遠ざけてくれるからだ。それは本人も解っている。奏自身が、慢心を最大の敵と頭では重々承知している。しかしだからといって感情もそれに従うかと問われたら、「従う訳ないじゃん」と答えるしかない。人とは、そういう生き物なんだね。そして奏の場合、それはたった一つのこととして発露していた。それこそが、昇への反感。俺が意識投射で教えている全分野に豊かな天分を持って生まれた昇へ、敵愾心を抱くことだったのである。が、


「奏の最愛の人は昇だし、将来の夫も昇だし、それは昇もまるっきり同じなんだよなあ」


 俺は眉間に深い皺を刻み頭を抱えたまま、テーブルに突っ伏すしかなかったのだった。


 奏の最愛の人は昇、将来の夫も昇、そしてそれは昇もまるっきり同じ。

 これは二人をよく知る人なら、誰だってすぐピンとくること。前世で夫婦だったことや今生の非常に複雑なアレコレをてんで知らない近所のおばちゃん達すら、奏の最愛の人は昇云々を完璧に把握しているくらいなのである。それらの人達にとって奏が昇に抱いている敵愾心は「青春ね~」や「若いっていいわね~」で済まされる些事でしかなく、そしてそれは長い目で見れば正しいと言えた。なぜなら最終的に昇と奏は、互いを最高の伴侶と認める夫婦になるからだ。

 また奏は天分がなかろうと、努力を絶対止めない。最大限の努力をし続けても昇がじわじわ迫って来るのだから、無駄な時間は1秒たりとも無いと奏は知っているのだ。その日々は奏をより優秀にすると共に奏の自己肯定感も育み、最下位への劣等感が人生に影を落とすことも防いでくれる。このように最下位や昇への反感を含む全ての事柄が、奏の将来の幸せに繋がる。よって近所のおばちゃん達の「青春ね~」や「若いっていいわね~」は正しく、俺もその輪に加わりのほほんと出来れば良かったのだけど、俺にそれは不可能だった。理由は複数あるが抜きん出ているものもあり、それこそが奏の「大のお兄ちゃんっ子」だったのである。

 たとえ前世を覚えていようと心がどれほど成長していようと、ストレスと無縁ではいられない。大聖者の母さんすら免れないのだから奏もストレスを抱えており、それは普通よりむしろ巨大と考えねばならないだろう。ではそれを、奏はどう解消しているのか? 奏はそれを、俺に甘えることで解消していた。しかも、非の打ちどころのない甘え方で解消していた。甘えが過ぎて我儘になったり依存になったりしたら俺に拒絶されることを理解している奏は、非の打ちどころのない世界最高の妹として適切な範囲で俺に甘え、そして俺に世界最高の妹として可愛がられることで、ストレスを解消していたのである。

 信じがたい話だが、大聖者兼星母の母さんもコレについてはお手上げらしい。いやそれどころか小鳥姉さんと鈴姉さんと俺はこの件に関し、母さんに謝罪されてしまった。母さん曰く「私のストレス解消に付き合ってくれた翔は、ストレスに苦しむ女性の扱いが大宇宙レベルで優秀になってしまいました。そんなお兄ちゃんがすぐそばにいるのに『お兄ちゃんっ子を早く卒業しなさい』なんて、私には到底言えないのです。翔が大宇宙レベルに育った一因を作ったのは、私なのですから」との事だったのである。すると鈴姉さんと小鳥姉さんも、自分達も俺をストレス解消に利用していたと打ち明け、三人で抱き合いオイオイ泣き始めた。この女性達の役に立てるなら俺は平気で命をかけられても、オイオイ泣いた後に始まった大絶賛大会は二度と御免被る。思い出しただけで死にそうになるため絶賛内容は伏せるが、とにかく宇宙で最も奏に影響力のある三人全員がこの件に自分は無力だと宣言した瞬間、俺の孤軍奮闘が決定した。俺に甘えることでストレス解消する最愛の妹を、俺はいつか突っぱねて独り立ちさせねばならない。その全てを俺一人が背負っていると、宇宙規模で決定してしまったのだ。オイオイ、どんだけだよ・・・

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