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数日経った、7月29日。
昇の「集中している対象物の中に入れました」とのメールが、朝食前に届いた。集中法を昇に教えたのは、8年前。昇には集中力の天分があり早くて2年、遅くて8年で対象物の中に入れると予想したのは、やはり当たっていたようだ。
ただ誤解してはならないのは、遅い方の8年の予想が当たったからといって、昇が努力を怠ったとか天分を持っていなかったとかでは無いということ。昇は集中法以外にも様々な事柄を並行して鍛えており、かつ焦らない性格なため、集中法習得に8年かかっただけなのである。実際昇は、俺が教えている意識分割法や反重力エンジンの勉強等々の全ての事柄に焦らずコツコツ努力を重ね、それら全てを同時進行させているからね。戦闘順位も順調に上げているし、末恐ろしいというのが俺の正直な評価だった。
その正直な評価は伏せ、体重軽減スキルの訓練を始めるか否かを問うてみる。「始めます」と即答されたが、これでも俺は昇を赤ちゃんの頃から知っている身。ピンと来て「悩んだのか?」と振ったところ、「すごく悩みました」と返ってきた。数往復のやり取りを経て、昇の夢を今夜訪れることが決まる。8月1日の奏との対面前に、昇に悩みをなるべく早く吐き出させておかないといけないからさ。
夏季休暇に入り数日経った奏は今、親戚付き合いの終盤にいる。幼年学校のほぼ全ての子供は帰省直後の一週間ほどを家でのんびりしたがるものだけど、奏は別。親戚付き合いを帰省冒頭でチャチャッと済ませるのが、奏の定番だったのである。それは昇も変らず、そしてその理由は100%俺と勇と舞ちゃんと翼さんにあった。幼年学校の長期休暇の冒頭で親戚付き合いを済ませておかないと、戦士養成学校の長期休暇と重なるかもしれない。戦士養成学校の長期休暇は少ないことで有名なのに重なったら、俺達と過ごす時間が更に減ってしまう。然るに冒頭でチャチャッと済ませてしまえ、というのが昇と奏の定番になったんだね。
二人の従兄達に戦士養成学校生が一人でもいたらそれは成り立たなかったけど、全員が職業訓練校生だった。昇と奏の祖父母も、長期休暇になったとたん孫が会いに来てくれるのだから嬉しさしかない。また「嫁と姑の接触が少ないほど嫁姑問題は起こりにくい」を鈴姉さんと小鳥姉さんは信奉していて、達也さんと雄哉さんは恐妻家もとい愛妻家だから、両家共々チャッチャと済ませ組になっていたのである。
俺が夏季休暇の冒頭をバカンスにする理由の一つも、それだ。昇と奏はいないし、天風一族の子供達ものんびり過ごしたがっているから、時期的に最良だったんだね。美雪との時間をまっ先に設けるというのも、美雪に好印象だしさ。
ただ長く続いた親戚付き合いチャッチャ済ませも、来年で変更を余儀なくされる。来年は奏も、戦士養成学校生になるからだ。何気にこれは、深森家と霧島家にとって大問題になっている。奏はより複雑なため昇を先にすると、昇は夏季休暇11日間の前半を実家で、後半を天風の地で過ごすことを望んでいる。天風の地へ行くのは前世ももちろん絡むが、反重力エンジンの勉強の方が理由として大きい。天風家所有の「叡智創成館」以上の反重力エンジンの勉強施設は、この星に一か所しかないからだ。あれ以上は、惑星全土からエリートを集めた国家所有の施設しかない。そのエリートとは、幼少の頃から反重力エンジンの技術者を目指してきた、理系専門訓練校のトップ生徒達を指している。前世のマサチューセッツ工科大学的な職業訓練校が、この星にもあるんだね。昇はそれらエリート達とタメを張る唯一の戦士養成学校生なので望めば国家所有施設で学べるらしいけど、「叡智創成館がいい」と断言した。もう少し詳しく本人に説明させたところ、
「教材のエンジンは同じでも、エンジンを設置している場所は叡智創成館が断然上」
なのだそうだ。翼さんはそれが殊の外こたえたらしく、俺は涙ながら感謝された。いやいやあれを建てたのは翼さんだよと訂正するも、「叡智創成館の形状の発想者および命名者は、翔さんではありませんか」「俺は、叡智を生む場所って呟いただけだって」「我が一族ではそれを、発想者兼命名者と呼ぶのです」「さ、さようですか・・・」てな具合に敗者は俺となった。まあこれ関連で俺が翼さんに勝てるなんて、ハナから思っていないんだけどさ。
話を戻そう。
半球の屋根を有する叡智創成館は、直径100メートル高さ60メートルという破格の規模を誇る。内部に足を踏み入れた者は皆、巨大かつ荘厳な空間に胸を打たれるそうだ。俺自身19歳で初めて足を踏み入れた時も、それから8年経った今も全くそのとおりなのだから、子共達は尚更だろう。よちよち歩きの1歳児すら瞳を輝かせ、「ウッキャー」系の声を上げてそこらを駆けまわるため、叡智創成館への親達の評価はすこぶる良い。子は親が喜んでいるのを機敏に察知し、またその喜びに、お兄さんお姉さんが嬉々として勉強している様子が含まれているのも、一族の子たちは機敏に察知する。よって自分もそこに加わるようになり、幼年学校入学前に叡智創成館で勉強する習慣の付く一族の子は、過半数を超えると言われている。「翼園」と呼ばれるお花畑で花々の世話をする子も過半数を超えるらしいがそれは置き、昇を先頭に鴇と夏を二番手に、叡智創成館で反重力エンジンを学んだ子供達は同学問をみるみる習得していた。反重力エンジンの技術者にも英雄級や勇者級の等級が用いられ、昇の生涯到達スキルは勇者級、鴇と夏は英雄級と予想されているそうだ。嬉しい限りだが、理系専門訓練校のエリート達に生涯到達スキルが勇者級の者はおらず少々心配なのは否めない。実を言うと俺も勇者級だから、昇だけに嫉妬が集中せぬよう今後も研究を続けていこうと思っている。
かくして昇は、11日間の長期休暇の後半を天風の地で過ごすことを望んでいた。鈴姉さんはそれを頭では納得していても、感情もそうかと問われたら首を横に振るしかないのが現実。休暇が28日間ある幼年学校ならいざ知らず戦士養成学校は11日間しかないのだから、母親として悲しまずにはいられないのだ。けど同時に、自分の悲しみを優先し昇の未来を奪うのは言語道断とも鈴姉さんは理解している。しかしだからと言って、半年ぶりに帰って来た息子とたった数日しか一緒にいられないと思うと涙が止めどなく流れ・・・という状態に、深森家はなっていたのである。
というのが、深森家に現在のしかかっている大問題。深森家と親交の深い俺も、眉間に皺を寄せて解決策を考えている大問題なのだ。が、
「奏は昇以上に難解なんだよなあ」
俺は眉間に皺を寄せたまま、頭を抱えてそう呟いたのだった。