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何かを察したのかは定かでないが、本命を放った後は二人の食事のペースが明らかに上った。俺としても、体重軽減スキルを二人に早く紹介したいという8年越しの願いが叶うので否やはない。少々もったいなくとも絶品サンドイッチと絶品シチューを三人で素早く平らげ、颯の飛行車に乗り天空蓮湖へ向かった。美雪が気を利かせてくれたのだろう、今朝まで過ごしたキャンプ場が湖上の同じ場所に設営されていて、颯の飛行車から直接そこに降りることが出来た。数秒後、驚いた顔の颯に詰め寄られた。
「お前、こんな隠し玉を持っていたのかよ!」「隠し玉?」「反重力板だよ。これハイエンドモデルじゃんか」「そうなの? 基地の備品だから知らなかったよ」「な! むむむ・・・」「翔君それ、軽々しく口にしないようにね」「どわ、そうなの?!」「私は軍の経理も担当しているの。このクラスの備品があるのは10万の戦士を束ねる少団長のいる基地以上のはずなのに、それらの基地のどこにも翔君はいない。司令官本部にもいないから翔君の勤務地は謎とされてきたけど、ハイエンドモデルの備品の購入履歴から足がついてしまうかもしれないわ。勤務地未特定だから辛うじて理性的な行動を取れている誰かを、苦しめないであげてね」「はい、了解しました」
ションボリする俺をそっとしておいてくれたのだろう、二人は反重力ペンダントを起動させ蓮の群生地へ湖面を歩いて行った。気持ちを切り替える意味も兼ね、湖の西端へ視線をやる。今朝までいた二組の観光客がいなくなり、また湖のどこにも人影はなかった。2Dキーボードを出し、キャンプ場設営のお礼を言ってから尋ねる。「キャンプ場の周囲に蜃気楼壁を展開できるかな?」「出来るわ。この子の性能なら、外部からは蜃気楼壁に見えても内部からは通常の景色を保つことも可能ね」「そうなんだ。ちなみにこの反重力板以外にも、最高級モデルの備品はあるのかな」「ハイエンドじゃない方が少ないけど、それよりカレンがバレないよう注意して」「やばい、翼さんと昇と奏にバレちゃってるよ」「あの三人なら大丈夫、翔の秘密は決して話さないわ」「今度改めてお礼を言っておくよ。ところでカレンはなぜバレたらダメなの?」「カレンのカドリガ級は本来、戦時下の勇者パーティーのみに貸与されるのよ」「・・・俺、もうカレンに乗れない」「翔ったら、カレンが泣いてるよ!」 カレンがしくしく泣いている様子が脳裏に映り、慌てて前言撤回した。間髪入れずいつも助けてもらっているお礼とこれからもヨロシク系の言葉を掛けていたら、機嫌を直してくれたようだ。すかさず美雪が今後の予定を訊いてきたので「颯と百花さんが体重軽減スキルを知ったら、一目散に帰って訓練を始めると思う」と答えたところ、勇と舞ちゃんの一件を知っている美雪はコロコロ笑いだした。カレンもコロコロ笑っている気配がしたけど、そういえば俺はカレンの性別を知らない。カレンは男性と女性の、どっちなのかな? などと今更すぎる疑問が脳裏をよぎった俺は自分のアホさ加減に、再度今更ながら呆れたのだった。
そうこうするうち颯と百花さんが帰って来た。気持ちを切り替え、必要なアレコレを伝えたのち飛行器を活性化する。重力に逆らい浮上し右へ左へ移動する様子に二人は大興奮し、質問したくて堪らない気配を滲ませたが、俺も勇達で学んだ身。質問をさせず訓練方法へ移り、手順を覚えたところで三次元駆動の戦闘映像を見せ、その上で「二人ならすぐ出来るようになると思うよ」と止めを刺した。すると、
「翔スマン、お礼は改めてするから今は訓練させてくれ!」
のように、二人に泣きつかれてしまったのである。これはこれで失敗という事なのだろう、と反省するのは後回しにして「もちろんいいよ」と頷いた。よほど嬉しかったのか、二人は全身を眩しいほど輝かせている。これほど喜んでもらえたなら俺も嬉しいし、それに新婚のヒャッハーを伏せて正解だったことも確認できたし、良かった良かった。
なんて感じにホクホクしていたのだけど、それは3秒続かなかった。颯と百花さんが全身を眩しいほど輝かせたことまでは予想どおりだったが、それ以降は外れたのだ。どういう事かと言うと、
「よし百花、頑張ろう!」「目指せ三次元駆動!」
と気合いを入れた二人は、なんとその場で自分の飛行器の全力集中を始めてしまったのである。俺の口元がピクピク痙攣しているのを気づかれぬよう二人から離れ、予備の芝生の反重力版を湖に浮かべる。そして反省も兼ね芝生の上に正座し2Dキーボードと画面を出し、自然保護区内の狩猟免許取得に関する勉強を、しおしおと始めたのだった。
幸か不幸か、と言ったら申し訳ないがやはり幸か不幸か、颯と百花さんの全力集中は三時間に及んだ。天風五家の直系の颯は集中力に天分があるし、百花さんも集中スキルの生涯到達等級が英雄級なほどだから、訓練初日にして二人は自分の飛行器に三時間入ってみせたのである。バカンス最終日の予定が大幅に狂ったのは事実だから、不幸の方をどうしても外せなかったんだね。
とは言うものの、才能のある若者がこれほどの熱意を示したのは、やはり喜ばしいことのように感じる。二人が訓練を始めたお陰で、俺も狩猟免許の勉強に集中できたのも事実だしね。颯と百花さんにとっても三時間は想定外だったらしく大汗を掻いて謝っていたし、何より訓練初日にして確かな手ごたえを二人は得たみたいだ。かくして総合的に考えた結果、当初感じていた幸か不幸を改め、「幸」として心に留めることにした。
ならば、と俺は颯と百花さんを三時のおやつに誘った。集中と神経疲労は、切っても切れないからだ。二人はたいそう恐縮していたけど、神経の集合体である脳は糖分を求めていたらしい。今が旬の桃と枇杷とサクランボの盛り合わせを遠慮がちに食べていたのは最初だけで、二人は途中から夢中になって果物を頬張っていた。そんな自分に気づいた二人は良い意味で開き直り、それ以降は仲の良い同年齢の友人と過ごす楽しい時間が続いた。その流れで夕飯に誘うも、さすがに遠慮され帰っていってしまった。俺は本心で誘い、それを察知した颯もノリノリだったのだけど、百花さんには百花さんの考えがあるのだろう。脈絡ないが百花さんに耳を引っ張られて飛行車に連れて行かれた颯、何となく羨ましかったなあ。
バカンス最終日の夕飯は基地に戻って食べる予定だった。しかし美雪を四時間ちょいほったらかした償いをすべく、セピア色に染まる湖上でのディナーを俺は提案した。のだけど、美雪にあっさり却下されてしまった。でもその理由が、
「虎鉄と美夜が私達の帰りを待っているわ」
とくれば、美雪への愛情爆上げは不可避となる。俺は美雪を抱き上げクルクル回り、反重力版の上だけでは足らず湖に足を踏み出しクルクル回り、それでも足らず湖上で美雪と躍った。といっても無粋な俺にできるのはフォークダンスが精一杯だったけど、想像以上に喜んでもらえたみたいだ。ダンスを終えた俺達は、ハグをする。
そしてキャンプ場を片付け、猫達の待つ基地へ帰って行ったのだった。