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しかし可能ではあっても、そんなことをする必要のない場所があるなら、そっちを目指すのが普通の感覚。夏のバカンスの最終日なら尚更なのだ。かくして中央峰北麓の探検を俺と美雪は早々に切り上げ、北西30キロほどに聳える槍ヶ岳を目指すことにした。聳えると言っても標高は3千メートルを大きく下回り、この山脈の高峰十選にも漏れる山だからか人の姿はない。また槍と表現される割には頂上が平らになっていて締まりがないのも、人気のない理由かな。でもそろそろ正午を迎える俺の胃袋は、その四畳半ほどの平らな頂上を絶好の昼食場所と認識しているようだった。標高はベスト10に届かずとも、絶景を拝めるのは間違いないからさ。
という訳で、槍を構成する巨大な岩と森の境目に俺はグライダ―を着陸させた。この巨岩はそうとう硬いらしく、植物が生えていない。また柱状節理ではないはずなのに、階段となる平らな足場がそこかしこに点在していた。階段と言っても次の段まで10メートル前後あるが、重軽スキル持ちの俺には屁でもない。俺は美雪に頷き、傾斜角80度の崖をピョ~ンピョ~ンと駆けあがってゆく。中二病的快感に支配されヒャッハーと叫びたくなるが、それは頂上に着いてからの楽しみにとっておこう。という計画を立てたら、岩を踏みしめる音も自然と静かになるのが俺の性格。足を叩き付けたら岩が痛がる気がしたこともあり、俺は無音を心がけて傾斜角80度の階段を駆け上がって行った。同時にテンションも上がって行ったのだけど、最後の階段を踏みしめ跳躍した途端、左隣を飛んでいた美雪が不意に姿を消してしまったのである。馬鹿な俺は美雪が消えた左隣を呆然と見つめるばかりで「消えた理由」を考えぬまま、最後の特大ピョ~ンの慣性に従い頂上を踏みしめた。その馬鹿な俺の耳に、
「誰かと思ったら翔かよ」「翔君、お久しぶり」
颯と百花さんの声が届く。このバカンスが終わったらまっ先に訪ねるつもりだった友と偶然再会した俺は、自分は馬鹿なのかそれとも運が良いのか判断つきかねる状況に、目を白黒させたのだった。
このバカンスが終わったら颯と百花さんをまっ先に訪ねようと思ったのは、昨夜の就寝直前だった。昨夜は夜空がいつにも増して美しく、満天の星の下で寝ることを望んだ俺は、芝生の反重力板の上に寝袋を敷いた。敷いたのはだいたい八時半でそれ以降は夜空を眺めるだけの時間が過ぎ、そして眠気が差してきたころ、ある星がふと目に留まった。それは連星に見えるが、ただの重星かもしれない。重星はたまたま重なって見えている無関係の星、連星は初めから双子として生まれた星だね。三連星や四連星もあるから双子とは言い切れず、また大抵は明るい主星と暗い伴星になっているものなのだが、質量の等しい連星も僅かながらある。質量が等しいと回転軸は両者のピッタリ中心になり、等しくないと重い方に回転軸は寄り、太陽も木星によって回転軸がほんの僅かズレているのだがそれは置き、俺は美雪に尋ねた。美雪によると俺の目に留まった星は、質量の等しい希少な連星とのこと。なんだか嬉しくなりそれ以降はその双子星を見続け、眠気が限界になり瞼を閉じる直前、芽生えたのだ。このバカンスが終わったら颯と百花さんをまっ先に訪ねようという、想いが。
という回想を、目を白黒させつつパパッと終わらせた俺は、まず二人に詫びた。夫婦水入らずのデートの邪魔をしちゃってゴメン、と謝ったんだね。本音は判らないがノリの良い颯は「そうだぞ邪魔しやがって!」と俺をヘッドロックし、そんな俺達に百花さんはコロコロ笑い、ではそろそろ的にその場を去ろうとしたのだけど、二人に引き留められた。お昼ご飯を一緒に食べよう、と誘われたのである。さすがにそれは申し訳なく咄嗟に逃げようとした俺に、颯が本気モードの締め技をかける。マジ洒落にならずタップするも颯は容赦なく頸動脈を締め、俺って颯に恨まれていたのかなと真剣に危惧し始めたころ、
「用意できたよ~」
百花さんの楽しげな声が耳朶をくすぐった。その声に嘘や演技は一切なく、颯に小声でそれを伝えて「ホント邪魔じゃない?」と訊いたら、危うく気絶させられかけた。百花さんが颯の頭をぶっ叩いて助けてくれたけどさ。
かくしてお昼を頂戴することになった。昼食用のサンドイッチに夕飯用のシチューを追加して三人前にしました的な献立に委縮しかけたが、百花さんによると違うらしい。「サンドイッチをよく見て」との言葉に従い注視したところ、どの種類も三つずつだったのである。「詳しくは食いながらな」との颯の言葉にもついでに従い、サンドイッチを頬張る。一噛みするや高級パンと高級食材を使っているのが判り再度委縮しかけるも、ゲラゲラ笑った颯が俺の背中をビシバシ叩きつつ、事と次第を説明してくれた。
それによると昨日の起床時、切り立った山の頂上でお昼ご飯を食べる夢を二人そろって見たことが発覚したという。だが昨日は出勤日だったため深掘りはせず基地へ向かい、半日かけて夢を精査したところ、この場所で他のもう一人とお昼を食べる夢だったことが判明した。ただ期日は特定できず、しかし翌日が、つまり今日が休日だったため三人分の昼食を用意しここにやって来た。俺が登って来た南麓と異なり北麓は階段がもっと密らしく、そこをピョンピョン跳ねて登っているうち次第に楽しくなり、もう一人と会えなかったとしても来た甲斐はあったと満足していたら微かな足音が聞こえてきた。よってワクワクしながら待っていたら俺がひょっこり現れた、との事だったのである。
「俺と百花にとってこのテのことは珍しくとも、翔には日常茶飯事なんじゃないか?」「日常茶飯事じゃないけど、昨夜こんな事があってさ」
次は俺の番ということで昨夜の出来事を、バカンス明けに訪ねる件を伏せて説明してゆく。連星の話も二人は面白がったがそれより湖上のキャンプに興味を覚えたらしく、「じゃあ後で来なよ」「恩に着るぜ!」「わたし睡蓮が大好きなの、楽しみ!」となった。豪華昼食のお礼をすぐ出来て胸を撫でおろしてから、本命に移った。
「眠気と戦いつつ連星を見つめていたんだけど、瞼が自動的に降り始めてね。仕方ないので諦めたら瞼が閉じる直前、心に芽生えたんだよ。『このバカンスが終わったら颯と百花さんをまっ先に訪ねよう』という、想いがさ」
二人は、俺の予想を遥かに超えて喜んだ。首を傾げていたところ、「お前にとっては日常茶飯事でも」「私達にとっては滅多にないことなのよ」と力説された。語気がやたら強かったので反論せず首肯を繰り返していたところ、想いが再び芽生えた。なるほどそういう事かと納得し、芽生えた想いに従い二人のオーラを見る。四カ月前の勇と舞ちゃんと同じ状態に、二人の心身はなっていた。心が体を完全制御下に置いていたんだね。それを確認すると同時に、ある光景が脳裏をよぎった。それは湖上のキャンプ場で飛行器の活性化を二人に見せている光景だったため「新婚のヒャッハーは7年で終わるのが一般的なのかな?」と、俺は心臓をドキドキさせつつ思ったものだった。




