表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
525/526

46

「「うわ~~~」」


 俺達は揃って歓声を上げた。下からは気づかなかったが、この滝は崖と湖の瀬戸際に形成されていた。そうつまり滝の向こう側に、青々とした湖が広がっていたのだ。この湖は俺達のキャンプ地のものより数十倍広く、また背後に峰が連なっているため景色も格段に良い。東西に細長い楕円形の湖の面積は目算だが、10平方キロを優に超えると思われる。それなりに広いからか魚影がちらほら見られ、あれは鱒だろうか? 前世で食べたヒメマスの味が蘇り、唾が一気に溢れ出てくる。でも自然保護区の動物は、獲っちゃダメなんだよなあ。


「ん? 翔は知らないの」「うん知らない、教えて教えて!」「10平方キロ以上の湖に棲む魚に限り、夏季限定の狩猟免許があるの。とても難しいけど、翔ならきっと取れるわ」「ッッシャ―――!!」


 演技抜きでガッツポーズをした俺に、美雪がクスクス笑う。その笑顔になぜか心臓を射抜かれた俺は美雪をお姫様抱っこし、湖面をクルクル回ったのだった。


 結局その日、この湖から出ることは無かった。峰と湖の両方を楽しめる景色は格別だったし、岸辺の生態系は豊富だったし、そして噂に聞いていた蓮の群生する湖こそがここだったからだ。湖の東端と西端に水深が浅く日当たりの良い場所があり、そこに色とりどりの睡蓮が数千も咲いていたんだね。白、ピンク、赤紫、青、青紫、黄色の睡蓮はどれもこれも美しく、俺達は夢見心地でそれらを見つめていた。ふと気づくと太陽が西に傾き、景色が赤く染まり始めていた。しかし睡蓮のあまりの見事さにここをどうしても離れられず、ならばキャンプ地を移してしまえという事になったのである。カレンと反重力板様、重ね重ねありがとうございます。

 美雪によるとこの15平方キロの湖は「天空蓮湖てんくうれんこ」と呼ばれる、そこそこ有名な景勝地とのこと。たしかに俺達のいる東端の群生地より西端の群生地の方が五割ほど広く、そこには先客が二組いたんだよね。でも二組で済んだのは、今日は幼年学校の夏季休暇の初日だかららしい。ほぼ全ての子供達は半年ぶりの帰省の冒頭を家でのんびり過ごしたがるため、ここが混むのは一週間後くらいからなのだそうだ。俺は決して人嫌いではないけど、人目があったら美雪とイチャイチャできなくなる。夏のキャンプバカンスは今後も夏季休暇冒頭に行うことを、俺は固く誓った。

 夕飯は美雪が気を利かせて、魚料理に急遽変更されていた。鮎と山女と鱒の串打ちに、してくれていたのだ。しかも炭を用意し自分で炉端焼きしたとくれば、テンション爆上げは必定となる。いや爆上げどころか湖面に浮かんだ二人きりのキャンプ場というシチュエーションも加わった俺のテンションは、まさしく天井知らずとなった。お酒を飲んでいないにもかかわらず酔っ払いになった俺は美雪と過ごす夏のバカンスを、心ゆくまで楽しんでいた。


 翌日と翌々日もバカンスを満喫した。湖畔の花を愛で森の動植物に頬をほころばせ、南側に聳える峰に二人で登った。峰を越えた向こう側は無人だったから久しぶりにパラグライダーを造り、二人で空中散歩を楽しんだ。高度3万メートルから滑空するグライダーの爽快感はなくとも、風にふわりと乗る感じのパラグライダーは、これはこれで心躍るんだよね。

 観光客が増えず美雪を制限なく投影できたのも、満喫に大きく貢献したと思う。この湖の知名度は山脈五選に入らないこともあり観光客は三組に留まったが、最も人気のある場所は既に人が増え始めているという。俺は人嫌いじゃないけど、人嫌いと変わらぬ言動になったら美雪は悲しむに違いない。来年以降は観光客の多寡を最重視し、候補地を絞るとしよう。

 楽しい時間は矢のように過ぎ、瞬く間に最終日の四日目となった。寂しさは否めないが、矢のように過ぎていったのは楽しかった証拠。その最後を飾る今日は、さてどこへ行こうか。朝食後、美雪に希望を尋ねたところ、来年に備えて冒険したいと返って来た。我が意を得たり、と俺は美雪の手を取り上下にブンブン振る。長い付き合いなので伝わっているはずだが、言葉にしないとダメなのが男女の仲。俺は美雪の瞳を見つめ、想いを伝えた。


「美雪、これからも一生、二人で冒険して行こう」


 美雪が胸に飛び込んできた。愛のなせる技なのか、こういう状況で俺が美雪に温もりと柔らかさと芳しさを感じないことは、皆無になって久しい。それでも今日はひときわ温かく柔らかく、そしてよい香りがするなあ。と鼻の下が伸びてしまったことを、美雪の頭を撫でることで俺は誤魔化していた。

 キャンプ場を片付け、二人で峰を目指す。音速を突破したらソニックブームが生じてしまうので注意しつつ、峰の大岩を目指して駆けあがっていく。2分かからず峰に着き、


 ダンッッ


 大岩を全力で蹴った。体重0キロで宙へダイブした俺は輝力グライダーを展開し、南方10キロに立ち塞がる山の連なりへ飛んでいく。山脈の南北の幅は、120キロ。あの連なりを越えても軍の自然保護区は40キロ以上残っているから、素晴らしい自然が俺達を待っているに違いない。俺と美雪は胸を高ならせ、立ち塞がる山の連なりへ滑空していった。

 その、3時間後。

 自分は馬鹿なのかそれとも運が良いのか、判断つきかねる状況に俺は陥っていた。

 俺と美雪が三泊した天空睡湖の人気がそこそこに留まっている主理由は、山脈北麓という所在地にある。北半球の山は日陰になる北麓より、日の燦々と降り注ぐ南麓が人気を博すもの。夏の日差しと清涼な空気の両方を楽しめる夏季休暇となれば、南麓の価値は更に高まるだろう。この山脈の半分を軍が所有していても市民の反感が少ない理由の一つは、南ではなく北を軍が選んだ事にある。「夏季休暇に適し都市にも近い山脈南側は、一般市民のもの。軍は、北に引っ込みますね」 とのメッセージを不快に感じる人は、まずいないからさ。

 この山脈の南側には、温暖な大平野が広がっている。大抵の北半球では北の山を背に、南に開けた土地を有する場所が好まれる。清らかな雪解け水が豊富に湧き気候も温暖となれば、地球なら戦争の原因になりかねない土地なのだろう。この星に人同士の戦争はなくとも住みやすい場所には人が自ずと集まるのは変わらず、1千万都市が山脈南側に複数誕生するに至った。その市民達にとって北の山脈は愛してやまない夏のバカンス地であり、また都会の喧騒に疲れた人ほど山奥の手つかずの自然を求めるようになるもの。その風潮に飛行車と反重力板を使ったプライベートキャンプ場という文化が加わると、どうなるのか? 正解は、「中央峰に近づくほど観光客が増える」だね。軍の自然保護区と国の自然保護区を分かつ中央峰に近づくほど、峰の南側に大勢の観光客がいることを感じるようになってしまったのだ。といっても標高2千メートルの峰の向こう側の話だから、無視可能ではあるんだけどさ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ