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まあ平気だろうと前向きに考えつつ、キャンプ場の設営を終えた。設営したのは去年と同じ、湖の中央。基地の備品の反重力板は表面が土と芝生と木製板の三種類があり、俺は断然土派。ただ残念なことに、反重力板の上は焚火の直火不可なのだ。市販品には直火可があるっぽいので、購入を真剣に検討している。
という訳で森林探索用の反重力ペンダントを人目対策として首から下げ、湖周囲の探検に美雪と出かけた。速度を出せないだけで宙を自在に飛べるようになっているから、ペンダントはいらないんだけどね。それは置きまずは去年同様、美雪と手を繋いで湖面を歩く。美雪はこれをとても気に入っており、おそらく自分と同じく俺も重力と無縁になるからなのだろう。動物保護が行き届いているお陰で鳥が逃げず、白鳥や鴨に近づけるのもお気に入りの理由らしい。水に潜るのが苦手な鴨がお尻を水面に出して水草を食べる様子に、美雪は目尻を下げまくっていた。
美雪は蛙や蜻蛉も好み、蛙が鳴いていると必ず見に行きたがる。牛蛙だと手を叩いて喜ぶから、来年はもっと南下してゴリアテガエルを探しに行く計画を密かに立てている。鰐やジャガーもいて、少々危険なんだけどね。といっても戦士の俺は、へっちゃらだけどさ。
この湖には水芭蕉の群生地があり、そこを堪能してから森の散策に移るのが美雪のお気に入り。水芭蕉の佇まいは何となく美雪に似ていることもあり、俺もこの花が大好きだ。調べたところこの山脈には睡蓮の見事な湖もあるらしく、見つけたらキャンプ場所をそちらへ移そうと思っている。カレンと反重力板、誠にありがとうございます。
この山脈には熊や狼や猪もいるけど、森林探索用の反重力ペンダントを装備していれば危険性は無いと思っていい。蚊を始めとする害虫も寄ってこないし、地面を歩かず鳥のように宙を飛べることもあり、地球で言われる「人が好む自然は人が管理した自然だけ」はこの星にはきっと当てはまらないのだろう。鹿、狐、狸、リスも間近で見られて、すこぶる可愛いしね。ちなみに狸はいても猿がいないのは日本と異なるが、この星の類人猿は赤道付近にしか生息していない。これは人が強制的にそうしたからであり、理由は人類大陸の真裏にあるネガティブ島から離しておかないと、類人猿が狂暴化することにある。狂暴化はゆっくりでも世代を重ねると群れ全体が少しずつおかしくなり、同族殺しはおろか家族で殺し合いをするようになるのだ。類人猿の生息域を赤道付近のみに限定したのは、この星の人々による自然への唯一の大々的な干渉と言われている。
この山脈は全長700キロ幅120キロとそこそこ大きいのに最高峰は3千メートルに届かない、古い山脈とされている。雨は比較的少なくとも降雪は十分あり、雪解け水の多い夏は水量豊富な滝が出現する。その一つに、俺と美雪は着いた。時刻は正午、今日はここで昼食を摂る予定だ。カレンに予備の反重力板を運んでもらい、芝生の上にレジャーシートを敷く。そこに、家事ロボットに入った美雪が大きな籠を持って座った。籠からお弁当や飲み物を取り出し昼食をテキパキ用意する美雪は、とても楽しそうだ。昇や奏がお子様だったころは俺も二人の世話を喜んでしていたけど、それとは異なることなら俺にも解る。「美雪、ありがとう」「どういたしまして」 俺達は手を合わせ、食事を始めた。
科学がこれほど進んだアトランティス星でも、料理は主要な家事の一つ。よって家事ロボットには嗅覚があり、また空調関連の多種多様な計測器も内蔵されている。言うまでもなく視覚や聴覚もありそれらを総動員した美雪は、
「私ここ、大好き」
滝を見上げつつそう呟いた。レジャーシートの上にきちんと正座し、背筋を伸ばしてスープを上品に飲む美雪とは対照的に、俺は胡坐をかき背中を丸めてお弁当をがっついている。俺達を見下ろす滝からしたら美雪は品の良い上等な生物で、俺は下品な下等生物なのだろう。滝の想いは定かでなくとも、美雪が高く評価されたなら俺は嬉しい。俺が下品な下等生物になることで美雪の素晴らしさが際立つなら望むところとばかりに、俺はお弁当を次から次へかっこんでいった。
ちなみに美雪が飲んでいるのは、AⅠ用の3Dスープ。キャンプバカンスで美雪が家事ロボットに入ることを許可されたさい、ダメもとで「AⅠ用のお茶やケーキを楽しめるようにして頂けませんか?」と頼んだところ、特例中の特例として認められたのだ。ロボット内の暮らしが快適すぎるとAⅠは物質体を求めるようになり人類に仇なす存在に進化するかもしれないと、闇族と戦争を始める前は思われていたらしいのである。コンソメオニオンスープとハムサラダサンドの美味しさに頬を緩める美雪を見ていたら、人類大陸に攻め込んで来る闇族に感謝の念が湧き起こるのを、俺は止められなかった。
そうそう美雪の膝元に並べられているのはいつものお菓子ではなく、お惣菜系の軽食。キャンプのサプライズとしてAⅠ用のお茶とケーキを手当たり次第に調べていたら、総菜系の軽食とスープを販売している人を発見したのだ。個人プロフィールによるとお茶の延長としてスープを、パイとサンドイッチとタルトの延長として総菜パイと総菜サンドイッチとキッシュを販売することを、政府が試験的に認めたそうなのである。さっそく購入しキャンプのサプライズとして美雪に振舞ったところ、涙を流して喜んでもらえた。それ以降スープと総菜系軽食は、俺達のキャンプバカンスの必需品になっている。バカンスではなく基地付随のキャンプ場で母さんと冴子ちゃんにプレゼントしたときも、感涙レベルの大好評を博した。どうか政府が、このまま販売を許可してくれますように。
食事を終えたので用を足し、森の探索を再開した。軍の自然保護区では水辺から30メートル以上離れていれば、大も小もして良いことになっている。無数の動物がじょびじょびブリブリしているのに人だけを禁止するのは不自然、という理屈だそうだ。鹿や猪を始めとする大型四足動物は実際わんさかいるし、去年も含めて今日で三日目だが人を見かけたことは一度もないから、後始末等のルールを守れば問題ないと俺も思う。超健康なこの星の人々の大小なら、森の新陳代謝に寄与するはずだしね。
昼食を終えた俺達が目指したのは、滝の上流。去年この滝を発見した時は時間がなく、次こそは必ずと闘志を燃やしていたのだ。といっても飛行器と輝力壁があれば、崖を苦労して登ることも下着までずぶ濡れになることも無いんだけどさ。
かくして眼前の豊富な落水に圧倒されつつ落差30メートルの滝を濡れずに上った先で、
「「うわ~~~」」
俺達は揃って歓声を上げた。




