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そんな感じのアレコレに気を配り計画と準備を進めた去年の夏、「グライダーで解明する小川の謎ツアー」に美雪を誘ったところ、美雪は涙を流して喜んでくれた。旅も100点満点と言うしかなく、グライダーからの眺めは常に絶景だし、キャンプ場所が決まったらカレンが快適生活用品を満載して飛んで来てくれたし、何より小川の上流にあった湖が夢のように美しかったのだ。草原の南には山脈があり、標高は低くとも豊かな湧水を誇り、その清らかな水を湛えた透明な湖を俺達は発見したんだね。いや美雪は知っていただろうけどそれは脇に置き、奇跡のように美しい湖のほとりで俺達は二晩すごした。天候にも恵まれ、鏡と化した湖面に満天の星が映る様子は、現実とは到底思えなかったほどだ。こうして猫達すらいない二人きりの旅を、俺達は去年の夏に大成功で終えたのである。
なんて具合に少々長くなったが、美雪とのキャンプバカンスは夏季休暇の恒例行事になった。美雪も楽しみにしているし、さて今年はどこに行こうかと俺は候補地をワクワクしながら選んでいた。というのは半ば演技でホント言うと、今年の場所は去年の湖にほぼ決まっているんだよね。ココも素晴らしいいやアチラも捨てがたいというように、候補地を選ぶこと自体が楽しいから頭を捻っていただけってこと。美雪が隣にいてくれれば、俺は満足だしさ。
でもこの「美雪がいれば満足」と、「それ以外はどうでもいい」を混同してはならない。もてなしの気持ちやちょっとしたサプライズを、決して忘れてはならないのだ。それらについてアレコレ考えているのを、当の本人に見つからぬよう注意し、湖を基点とする今年のキャンプバカンスの計画を俺は立てていった。
そして迎えた7月下旬。
「湖の周囲を探検するぞツアー」に俺と美雪は出発した。
探検の基点となる湖へグライダーで一気に飛ぶべく、飛行器をフル活性させる。重さ500キロの物体が地面に落下するエネルギーを垂直方向に得て、高度をグングン上げていく。高度1万メートルを境に輝力壁を進行方向へ傾け上昇力を前方への推力に少しずつ変えていき、高度3万メートルで体重を元に戻す。そして重量ゼロの巨大な輝力グライダーにものを言わせ、300キロ離れた山脈を目指し俺達は空を滑空して行った。
高度3万メートルの空は、夜より暗い漆黒。藍色の地平線は弧を描き、この星が球形なことを如実に訴えてくる。美雪によると外気はマイナス50度らしいが、気密壁と圧縮空気暖房機のお陰でコクピットは快適そのもの。そうそう高度と気温の関係はちょっぴり面白く、高度1万メートルまでは気温が下がり続けてマイナス60度になるが、そこから高度2万メートルまではほぼ横ばいを保つ。そして2万メートルを超えると気温は少しずつ上がっていき、高度5万メートルでは何と0度に回復するのだ。それ以降も面白いが、それはその時が来たらということで。冷房用の液体窒素を俺は今、宇宙で生成しているからさ。
高度3万メートルと重量ゼロの巨大グライダーをもってすれば、再上昇せずとも目的地に着ける。だが今回は飛行速度を優先し、120キロ滑空したら再び上昇した。と言ってもプロペラを回さずとも飛行器を活性化させさえすれば、みるみる上昇していくんだけどね。
飛行速度を優先した甲斐あって、1時間かからず目的地上空に着いた。美雪によると湖および周辺に人はおらず、人目がないなら飛行器を使い垂直降下しても良いのだけど、それでは面白くない。俺はグライダーを飛行艇に変え、湖面への着水を試みる。大型の鳥がふわりと着水する様子を思い描き、湖面へゆっくり降下していく。湖面上空1メートル半で俯せを解除し脚を下ろし、左右の足を進行方向に合わせて縦に並べる。そして足の裏に造っておいたボート形状の輝力壁を着水させ、
ザザザ―――~~~
湖面を滑って行った。俯せの解除に合わせて背中の美雪をお姫様抱っこしておいたのが、大正解だったらしい。湖面を滑る俺に「凄い凄い最高!」を美雪は連発している。男の面目を果たした俺はドヤ顔で湖の岸辺に着き、お姫様抱っこした美雪を降ろしたのだった。
夏のキャンプバカンスをするにあたり数年前、俺は金額のそこそこ張る買い物をした。それは、高精度の3D映像投影機。これがないと大自然の中に、美雪を投影できないからさ。
3D映像投影機は四個セットで、両肩と胸と背中に装備する仕様になっていた。大きさは直径3センチ重さは10グラムゆえ、装備するストレスは皆無と断言できる。しかしそれが仇となり存在を完璧に忘れて、服と一緒に脱ぎそうになってしまのが唯一の欠点だった。音声込みの最高級品を選んだから、地球換算だと500万円くらいしたけどね。当初は投影機を二つ購入し、もう一つはカレンの屋根に固定するタイプにしてキャンプ場所での美雪の活動はそれに任せるつもりだったが、母さんにテレパシーで止められた。キャンプ場所で美雪が家事ロボットに入ることを、マザーコンピューターとして許可してくれたのである。名目は、「有益な新戦技を複数考案し人類勝利に貢献したから」とのこと。そういうことなら、後ろめたさは微塵もない。素直に感謝し、俺達は特別措置を満喫していた。
それにしても、今日も湖は奇跡のように美しい。ただ水のほぼ全てが地中から湧き出た冷たい湧水なため、生態系は豊かとはいえない。水清ければ魚棲まずというのは人間社会はさて置き、自然においてはやはり正しいんだね。
とはいえ現実とは思えぬほど綺麗なのは間違いなく、なのになぜ周囲に人がいないかと言うと、理由は二つある。一つは、同種の湖がこの山脈には1千ほどあるから。そしてもう一つは、俺達が今いるこの山脈の北半分は軍の自然保護区だからだ。誰でも利用できる南半分の自然保護区なら、無人の湖をこの時期に見つけるのは難しいかもしれないな。
ちなみにこの星における自然保護区の生物達は、地球の自然保護区の生物達より数百倍も大切にされている。宿泊施設がないどころか公園や道路すらないから、環境破壊や汚染が皆無なのだ。俺と美雪がキャンプするのも、宙に浮いた反重力板の上だしね。排気ガス等を一切出さないこの星の反重力エンジン様、マジありがとうございます。
反重力板は、一辺3メートル厚さ10センチの正方形をしている。カレンが運んできてくれた反重力板は六枚、内四枚を四角く繋げて焚火や食事スペースにし、一枚の上にトイレシャワー室を乗せ、残り一枚は予備にしている。四角く繋げた広さは22畳だから元日本人の俺には十分だけど、狭く感じる人もいるかもしれない。反重力板は基本どこにでも浮けて、去年は湖中央の20センチ上空でキャンプした。いやはや何とも、贅沢な一夜でした。
キャンプは三泊四日。初日は朝練をするけど、残り三日は勉強もしない完全休日にしている。反重力エンジンの実技テストが迫っているから、少し不安なんだけどね。ハハハ・・・




