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「本当にそうなら、もっと顔を見せなさいよ」
今日も今日とて舞ちゃんに叱られてしまった。勇と舞ちゃんには意識投射で毎月会っているし、長期休暇中は深森邸で一緒に三泊しているし、この宿舎にもだいたい三ヵ月に一度は必ず足を運んでいるけど、毎回こうして不平を言われてしまうんだね。でもそれは、涙が出るほどありがたいことだと俺は骨の髄から知っている。それに俺が叱られると勇も条件反射的に叱られモードになり二人そろってションボリし、すると舞ちゃんはそんな俺達に決まって噴き出し、それ以降はまこと機嫌が良くなるから、きっとこれでいいのだろう。勇も二人そろってションボリした後は青春時代の顔になり、ストレスを大いに発散しているみたいだしさ。引きこもりの俺にはうかがい知れない苦労を、教官は背負っているんだろうな。
そうそう教官と言えば、トップ10合格者の勇は教官が三人いる学校に配属されたので、二日に一度は舞ちゃんと夕食を摂れる生活が出来ている。孤児院の保育士と異なり教官に住み込みの義務はなく、生徒達と夕食を共にする教官は一人で良いことになっているからだ。愛妻家の勇はそれをとても喜んでいるのだけど、その愛妻家に先日俺は睡眠中に電話で叩き起こされ、あることを打ち明けられた。俺も知らなかったのだが愛妻つまり舞ちゃんには夢が二つあったらしく、厳密には古い夢と新しい夢があったらしく、新しい方の「料理上手になって人々の役に立ちたい」という夢は叶えられたため、古い方の夢も叶えたいと舞ちゃんは近ごろ思うようになっているという。その古い方の夢は、
「孤児院の保育士になることだそうだ」
と、俺を叩き起こした勇は項垂れて呟いたのである。
愛妻家の勇が、夢を叶えようとする妻を応援しないなどあり得ない。しかし応援したら、妻との6年間の別居が待っている。愛妻家ゆえ夢を応援したくとも、愛妻家ゆえ全身全霊で応援できないという状況に、勇は陥ってしまったのだ。そんな夫の胸中を舞ちゃんも重々承知していても、孤児にとって保育士がどれほど大切かを舞ちゃんは身をもって知っている。そのかけがえのない存在に今度は自分がなれるのだから、孤児達の母親代わりになって素晴らしい6年間を過ごさせてあげたい。鈴姉さんのもとで素晴らしい6年間を過ごした舞ちゃんは、痛いほど強くそう願っているのだそうだ。
幸い、と言ったらあまりに自分本位だがそれでも幸い、現在この星に13歳未満の孤児は数百人しかいない。病気や事故で亡くなる人が極端に少ないこの星に数百万の孤児が現れるのは、戦争後だけなのである。よってママ先生のようなこの星を代表する人が孤児院の保育士に就き、新人の募集は皆無なのだけど、安心はできない。保育士の資格は、幼年学校の先生の資格を兼ねるからだ。というか3歳から7歳までの幼年学校では、保育士の資格の方が断然強いのが実情。母親代わりになれる保育士に3歳の我が子を託したいと親が願うのは、当然だしね。また舞ちゃんによると、「1級保育士の鈴姉さんの孤児院で育ち戦士でもある私は、引く手あまただと思う」とのことらしい。闇族との戦争に敗北すれば絶滅してしまうこの星の人々にとって、戦争孤児は英霊の忘れ形見に他ならない。英霊に報いるためにも母親代わりになる保育士は孤児達の幸福度と成長度で五段階に格付けされ、鈴姉さんは上位1%にあたる最高の1級保育士なのだそうだ。因みにパーセンテージは1、3、10、20、66になり、5級でも66%なため酷いということは一切ないのだけど、1級保育士に育てられた子が就職に有利なのは首肯せざるを得ない。加えて戦士であり、かつ人気メニューの考案者として食事面の世話もしてあげられるとなれば、まさに引く手あまたなのだろう。更に加えて教育省のトップの教育大臣は星母様及び星母様の組織を知っていて舞ちゃんはその一員とくれば、三顧の礼で迎えられるべき人材に違いない。そしてそれは「舞ちゃんに育てられた子供達は幸せになる」と同義なため、勇は抜け毛が増えるほど思い悩んでいたのだ。という超重要問題も生じていたため先月に続き今月も二人の愛の巣を訪問したところ、
「ん?」
違和感が脳を駆けた。胸中二人に詫びオーラ視力に切り替え、二人の心と体のバランスを無断で見させてもらった。間違いない、心が体を完全制御下に置いている。ここ5年ほど未確認だったが、少なくとも違和感を覚えたことは一度もなかった。それは先月も同様だったのに、この一カ月で何があったのだろう? そう自問するや、己の愚かさに笑ってしまった。勇に叩き起こされた俺は、何があったかを知っていたからさ。
意識を二分割し、一方の俺で親友達との晩御飯を楽しみつつ、もう一方の俺で親友二人の観察と考察を進めていく。舞ちゃんの料理は今日もすこぶる美味しく、隙は微塵もない。隙がないのは勇も変わらず、ギャグは今日も切れまくっている。このように二人を個別に観察すると先月と今月に違いはないが、夫婦の心のありようはその限りでない。俺は先月まで、二人を両手や両足のように感じていた。左右の手は同じ胴体を共有しつつも左右で個別に行動し、その個別の行動を主、共有胴体を従にそれぞれがしていると感じていたのだ。しかし今は、主従が逆転していた。共有胴体が主、個別の行動が従になっていたのである。
その逆転現象をもたらしたのは、別居の可能性が浮上したことだろう。6年間もしくは4年間の別居生活が訪れる可能性に気づいた夫婦は心の共有部分に最大の価値を置き、それが主従の逆転を生じさせた。またその価値観の変化は、心と体の力関係にも変化をもたらした。体、正確には体の意識が心を上回る時間を、先月までの二人は夫婦の証としていた。でも今は違う。夫婦の心の繋がりに最大の価値を置いている今の二人は、それを夫婦の証にしたという事だね。こうして勇と舞ちゃんは結婚6年9カ月をもって今の状態、つまり心が体を完全制御下に置いている状態になったのである。
なら、体重軽減スキルも解禁されたのではないか?
そう思い本体に尋ねたところ、同意が返ってきた。以前の俺なら自動的にヒャッハ―したはずだが、今はちょっぴり違う。食事を終えていたこともあり、俺は二人に頼んだ。
「少し瞑想したいんだけど、いいかな?」
快く了承してくれた二人に礼を言い、洗面所を目指した。口をすすぎ手と顔を水洗いしてさっぱりし、続いて窓際の安楽椅子へ向かう。安楽椅子に身を横たえ瞑目し、俺は勇と舞ちゃんのアカシックレコードを見に行った。




