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三次元世界の土台が、形として四次元に存在している
口をポカンと開けて硬直するというバカ丸出しの数秒が過ぎたのち、俺は頭の中で己の愚かさを罵った。地球人が勝手に決めた次元の定義は外れていても、三次元世界と準四次元世界が重なっている事なら、地球の数学でも類推できたからだ。
例えば立方体は、縦横高さがあるため三次元に分類される。だが立方体は、二次元も含んでいる。立方体の六つの面が、それだ。その面の縁は直線なので一次元だし、直線の両端は点なので0次元と言える。つまり立方体は0次元と一次元と二次元も含む、計四つの次元によって構築されていたのだ。
これと同種のことが、この宇宙でも起きていた。この宇宙は、多数の次元を内包して構築されていた。三次元生物の人間は、宇宙に内包される三次元だけしか認識できずとも、他の次元も宇宙には存在していた。立方体が二次元や一次元を含むように、宇宙にも三次元以外の次元が元々あったのだ。それを立方体から類推できなかった己の愚かさを、俺は罵ったのである。
という話を母さんにしたところ、「気づいたなら愚かじゃないよ」と頭を撫でてもらえた。母さんはそう言うけど撫でられただけで、罵りから尻尾ブンブンに早変わりするのだから、やはり愚か者なんじゃないかな? と首を捻る俺にクスクス笑いつつ、何気ない所作で母さんは空中に、カバラの十光球を出現させた。元重度の中二病だった俺はカバラの十光球を知っていたけど、それと母さんの十光球は若干異なっていた。母さんによると「異なる理由の詳細はおいおい話すけど簡単に言うと、カッコイイ方を訳も分からず採用しちゃったのね」との事らしい。子細は解らずとも合点がいき、俺は手をポンと打ち鳴らした。母さんは微笑み頷きながら、十光球に名称と数字を書き込んでゆく。上の三光球は地球と変わらなかったが、続く六つは違った。母さんの十光球は、一光と二光と三光が上向きの三角形を成すように、四光と五光と六光も上向きの三角形を成し、七光と八光と九光も上向きの三角形を成していたのだ。名称も異なっていたけど、これは順番が違っていただけだった。地球の6、4、5が母さんの4、5、6。地球の9、7、8が母さんの7、8、9だったのである。瞳を輝かせる俺に、母さんが問うた。
「魔法陣は宇宙形成の過程を図解したものと、宇宙の構造を図解したものの、二種類に大別されるって以前話したのを、覚えてる?」
「もちろん覚えています! 忘れるなどあり得ません!!」
尻尾がプロペラ化した俺に、もう我慢できませんとばかりに両側から笑いが起こった。が、そんな些事に構ってなどいられない。母さんの講義を一言も聴き洩らさぬよう、俺は心身のすべてを耳にした。
「カバラの十光球は魔法陣と認識されていないけど、宇宙形成の過程と宇宙の構造の両方を図解した、とても貴重なものなの。翔、しっかり見ていてね」
母さんはそう言って、一光から三光までを線で囲み、第一界と書いた。四光から六光も同様に囲んで第二界と書き、七光から九光も囲んで第三界、最下部の十光を『第四界、すなわち三次元物質世界』とし、そして俺に突如問うた。
「翔は、喜びや悲しみや愛情等々の想いに、形があると思う?」
突然だったので面食らい、顔を横にブンブン振ることで否の気持ちを表現するしかなかった。もう我慢できませんとばかりに母さんも噴き出したが、咳を一つして説明を続けた。
「宇宙が第二界まで創造された時、形はまだ存在しなくてね。第三界で初めて形が出現し、その形を土台にして、三次元物質世界は創造されたの。さあでは、応用問題を出します。四次元の特徴の二つ目は、物質の土台が形として存在していること。土台があるのはさっき言った準四次元なのだけど、その準四次元は、この図のどこに含まれているかしら」
「はい、第三界に含まれていると思います!」
胸を張り堂々と述べた俺を、母さんは「正解~」と拍手して褒めてくれた。美雪と冴子ちゃんも乗っかって囃し立てたので、俺は照れ照れになってしまう。女性陣の華やかな笑い声に包まれ、魔法使い歴二十余年の前世を持つ俺は一杯一杯になったが、そこはさすが母神様。説明を再開することで、母さんは俺を素早く助けてくれた。いや、それは違う。『次元上昇』という言葉を安易に使う危険性を、母さんは俺に素早く教えてくれたのだ。
「臨死体験のように、肉体との繋がりがほぼ断たれた状態を、任意の意識投射で再現するのは困難だわ。でも意識を準四次元界に漂わせる準意識投射は、努力を長期間続ければ、人は出来るようになってしまうのよ。そしてその、心の成長を伴わない準意識投射も、準四次元に意識が拡大したのだから、『心の次元上昇』に含まれると言える。さあ翔、思い出して。大なる力を誤用すると、大なる悲劇をもたらす。心を成長させぬまま準四次元に行くと、未熟さゆえに時として、誤用の誘惑に耐えられなくなるの。そのさい創られた悪果は、三次元世界で創る悪果より遥かに巨大になる。自転車事故と巨大ダンプの事故ほどの差が、出てしまうのね」
極低温の冷気が、背中を撫でた気がした。震えが止まらない俺に、美雪と冴子ちゃんが寄り添う。温かな想いが両側から伝わって来て、震えが収まってゆく。「二人ともありがとう」「「どういたしまして」」と言葉を交わす俺達三人を慈母の眼差しで見つめていた母さんが、十光球へ皆の視線が行くよう促して講義を再開した。
「宇宙形成の過程と宇宙の構造をしっかり学び、かつ宇宙法則に沿う法律を社会に見つけて日常を正しく生きていれば、次元上昇という危険な言葉を決して安易に使わないわ。でも地球のネットを検索してみたら、無数の地球人が安易に使っていたの。そしてそれは、宇宙人を自称する者達も同じだった。はっきり言いましょう。『宇宙人を自称する者達が真に宇宙人だったとしても、地球人特有の苦難をまったく理解できていない、指導者として落第の者達でしかない』と」
違和感の一つが霧散し、大きな大きな安堵の息を俺はついた。しかもその背中をポンポンと、両側から優しく叩いてもらえたとくれば、活力がみなぎらない訳がない。輝力を日常に取り入れているこの星の人達にとって、歓喜で輝力が増すことは、元気になることと同義なのだ。そしてありがたいことに今生の俺には、俺が元気になったら自分も元気になる、という人が複数いる。右隣の美雪と左隣の冴子ちゃんもその人達に含まれるので、俺達三人ははしゃぎまくった。すると母さんもノリノリで参加してきて、暫し四人で盛り上がっていたら、閃きがふと脳裏を駆けた。そんな俺を、理屈抜きの超感覚で十全に知覚できる人も、涙が出るほどありがたいことに今生の俺には複数いる。その筆頭たる美雪が、姉の口調で俺を諭した。
「翔、閃いたことがあったら母さんに尋ねてごらん。母さんほどの人が目の前にいて、問いかけにすぐ答えてもらえるなんて幸運を、決して逃してはダメよ」
「うん姉ちゃん分かったよ。母さん、質問して良いですか?」
「もちろんよ、母さんに任せなさい!」
と母さんが胸を頼もしくドンと叩く様子に、俺は涙を必死で堪えねばならなかった。前世であれほど憧れた、本物の家族が今の俺にはいるように、思えてならなかったのである。なればこそ、大切な家族に無駄な時間を過ごさせてはならない。その想いに助けられ涙を堪えることに成功した俺は、カバラ数秘術について問うた。質問内容を把握した母さんが「五光と六光の講義をする、丁度良い機会に恵まれたようね」と頷き、カバラの十光を指さす。100分の1秒の狂いもなく、俺達は揃って背筋を伸ばした。そんな俺達に母さんはコロコロ笑い、そして嬉しさがコロコロ転がっているような声の講義が始まった。
「五光と六光は、左右に対を成しているように見えるよね。それはまさしくそのとおりで、五番目の光として顕現した慈悲と、六番目の光として顕現した正義は、対等な存在としてバランス状態にあるの。慈悲と正義だと元日本人の翔には分かり難いかもしれないから、日本の格言を用いてみましょう。『子育ては、優しさと厳しさを織り交ぜて』がそれね。優しさだけに偏っても、厳しさだけに偏っても、子育ては上手くいかない。優しさが必要なときは優しく接し、厳しさが必要なときは厳しく接する。そうすることで、優しさの中に芯が一本通った、魅力的な人格を子供の心に育んでゆく。この星の星母を5万年してきた私に、この格言はことのほか染みてね。素晴らしい言葉だなあって、しみじみ思うわ」
「子育ては、優しさと厳しさを織り交ぜて」 まこと素晴らしい言葉だと、私は思います。




