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不安を唯一挙げるなら、それは二人ではなく俺関連の不安だった。俺はどのタイミングで、鶴と寛志を祝いに行けば良いのだろうか? 二人はトップ10合格者に間違いなくなるから、4月4日の午前中に合格の連絡をしてくる。その約三時間後、自由時間になった二人は天風の地を訪れ、家族と身内に合格の報告をする。それは人生の節目となる極めて感動的な場面であり、そして感動が一段落ついたタイミングで二人のお祝いに駆け付けたいというのが、俺の本音。家族達と嬉し涙を流している場に水を差したくないと、本心で思うのだ。
しかしそのためには、合格の連絡をもらってもお祝いにすぐ駆けつけられない理由が必要なのだけど、俺にそんなものは無い。月に二日しか休んでいない変人ゆえ、午後の半休をもらうなどお茶の子さいさいだからだ。4月1日なら本物ゴブリンとの戦闘があるから「気づきを得たので報告書を作成していた」等をでっち上げられても、4日は何もないんだよね。う~んどうすっかなあ・・・
てな具合に悩んでいたのが、翼さんにはバレバレだったらしい。毎月1日のひ孫弟子候補の講義をこなした帰りの道中、
「鶴と寛志に合格を知らされても嘘をついてすぐ駆けつけないなんて、よもや考えていませんよね」
と、嘘を付けない準四次元で翼さんはド直球を投げてきたのである。講師として偉そうなことを宣っていたたった数分後に、嘘を付くなどあり得ない。俺は宙を飛ぶのを止め正座し、「考えておりました」と白状した。俯いた俺の頭頂に、翼さんの大きな溜息が降り注ぐ。俯きから項垂れへ移行した俺の視界の上側に、正座した翼さんの膝が現れた。「あれ?」と訝しむ間もなく翼さんに手を取られ、空間をビュッと駆け抜ける感覚がした次の瞬間、俺は富士山の見える里山にいた。正確には平屋の日本家屋の縁側に、二人向き合って正座していた。頭を上げた俺にニッコリ微笑み、翼さんは庭へ顔を向ける。釣られて同じ方を向いた俺の目に、満開の枝垂桜が映った。庭の中央の大きな木は、二月は梅の花を咲かせ、三月は桃の花を咲かせ、四月は桜の花を咲かせるという、なんとも贅沢な木だ。因みに夏は欅の巨木になって広大な日陰を作り、秋は紅葉に晩秋は柿になって、冬は梅に戻り百花の魁として蕾を少しずつほころばせてゆく。そんな準四次元ならではの木を、翼さんはこの庭に茂らせてくれているんだね。毎月10日にここで勉強する昇、奏、鷲、橙、晴、藍もこの木が大好きだけど、アトランティス星に蝉はいないため夏は「うるさい」と不評だったりする。日本の夏に蝉が欠かせないことを知っているのは、俺と翼さんだけだからさ。
そうそう昇と言えば来年の今日、昇は戦士養成学校の入学試験を受ける。俺が14歳の時に生まれた昇が来年で13歳なのだから俺もそろそろオッサンだなあ、と地球では思ったはずだけど、この星の人々は110歳まで老けないんだよね。鈴姉さん達で慣れているつもりだったが自分の姿を鏡で見るたび、つもりでしかなかったと最近つくづく思う俺だった。
みたいな感じのことを、見事な枝垂桜を眺めつつ翼さんと話していたら、全てを打ち明けられる気がしてきた。そんな己を自ら後押しし、素直な気持ちになって全部明かしたところ、「俺は何も知らない」ということを翼さんは思い出させてくれた。
「20歳の戦士試験に弟子が合格した時の、天風一族における師匠の振る舞いを、翔さんは知っていますか?」「翼さんありがとう。俺は何も知らないって、やっと思い出したよ」「どういたしましてと返したいところですが、会話を強制終了させられたら、わたし泣きますよ?」「平に、平にご容赦を~!」「オホホホ~~♪」
などと普段どおりの俺らに戻って聴いたところによると、両親もしくは祖父母の次に報告されるのが天風一族の習わしらしい。ということは鶴の場合、弟の鴇や身内の翼さんより早く報告されることになり、それは非常に肩身が狭いというのが俺の本音だった。が、
「一族の鶴と寛志はそれを承知して翔さんを師匠に選んだのですから、本人達の意志を第一に考えてあげてください」
翼さんにそう諭されたら頷くしかない。それでも苦悩顔を引きずる俺がまたもや重要事項を忘れていることを、翼さんは思い出させてくれた。
「合格した翔さんが最初に足を運んだのは、深森夫妻と霧島夫妻でしたよね。両夫妻にお会いする前、翔さんは口上を考えていましたか?」「もちろん考えていたさ」「では、最も大切にしたのは?」「俺がどれほど感謝しているかを、どうしたら伝えられるかなって必死に頭を捻ったよ」「それきっと、鶴も同じです」「・・・翼さん」「はい」「ダメな俺に、これからもいろいろ教えてください」「翔さんはダメではありませんが、了解しました」
三日後の4月4日の午前中、鶴と寛志の合格メールを俺は受け取った。当然と思っていようと、やはり嬉しいものだ。早速返信し、お祝いと本拠地で待っている旨を伝えたところ、鶴の返信に頭を抱えることになった。超山脈のレストランより先に本拠地へ行くにはどうすれば良いのでしょう、と相談されたのである。思い込みによる決めつけは重度のネガティブなため理由を尋ねたところ、「翼お姉ちゃんと師匠にお礼を言いたい」との事だった。
精神的に幼い面が自分にあることを、鶴は物心ついた時から気づいていたらしい。それが悪い方に転べば慢心や怠惰になり、自分の人生は悲惨になっていたが、翼さんのお陰でそれは阻止された。また悪い方に転ぶのを阻止しただけでなく、翼さんは鶴の精神的幼さを、愛らしい天真爛漫さとして残すよう勧めたという。「廊下続きの場所に翼お姉ちゃんがいなかったらと思うと、怖くて堪らなくなるの」と、鶴は震える声で言ったのである。鶴と翼さんの絆の深さに感動していた俺の耳に「次は師匠についてね」との言葉が届いた。
精神的に幼い面のある自分に、幼くとも愛してくれた親と幼さの欠点を回避し利点のみを得られるようにしてくれた姉がいたのはこの上ない幸運だったが、それだけではどこか欠けた所のある大人にしか自分はなれなかった。自分がまっとうな大人になるためには姉以外にもう一人、圧倒的な人が必要だった。親と姉の両方の性質を持ちつつ、戦士としても人としても卓越した、物語の登場人物のような人が自分には必要だった。そういう人は普通、フィクションの中にしかいないものだけど、その人は夏と冬に会える大好きなお兄ちゃんとして自分の前に現れてくれた。大人の仲間入りの準備を始める戦士養成学校の生徒になったらその人は自分の師匠になり、大人の自分を確立する手助けをしてくれた。そのくせ幼さを愛してくれる優しいお兄ちゃんでもある師匠に、自分は無限の感謝を捧げている。だから同じく無限の感謝を捧げる、姉と師匠にまずお礼を述べたい。「師匠、誠にありがとうございました」 鶴はそう、俺に言ってくれたのである。




