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 湖の岸辺に立ち、輝力圧縮400倍を発動。狸を思い出し、前回と前々回以上の称賛と感謝を輝力に吹き入れる。満を持し放出した輝力が、植物区域の隅々に行き渡ってゆく。そうなるようイメージしたのが、上手くいったようだ。「ありがとう~」「また来てね~」の大合唱を心の耳が捉えた、そんな気がした。

 岸辺の北端へ向かい、透明板を点検。さっきの地震の影響がないことを確認し、連絡通路に足を踏み入れる。この通路の幅は、約5メートル。900メートル進むと80メートル下がるから、日常に溶け込む普通の坂といったところか。牛や猪も行き来するので糞を覚悟していたけど、獣臭が若干するだけで糞はなかった。音声のみで話しかけてきた美雪によると、植物区域の脊椎動物にはナノマシンが注入されており、この通路で用を足さぬよう誘導しているのだそうだ。森の賢者の狸と交流した者としては、生理機能を操られるのは少々可哀そうなのが本音。しかしそれは顔に出さず、ある謎への推測を俺は口にした。


「鳥が壁にぶつからないのも、ナノマシンのお陰とか?」「正解。鳥は壁を、硬くて平らな岩と認識しているそうなの。大空を自由に羽ばたくことは叶わずとも、森の中を高速アクロバット飛行することで、飛ぶ喜びは満たしているみたいね」


 なら良かったと安心した俺に、ここの動植物に関する様々なことを美雪は教えてくれた。卵を供給する鶏は全コロニー飛行車に住んでいても、残り四種は飛行車毎に異なる。そうすることで約300種の鳥を、宇宙へ緊急脱出させられるという。それは水生生物や植物にも当てはまり、この星唯一の要塞型飛行車と協力すれば、他惑星のテラフォーミングも可能とのことだった。牛と猪は飛行車一機につき200頭ずつしかいないため、血が濃くならぬよう30年毎に全頭を他の飛行車へ分散させるらしい。飛行車によって植物が異なる、つまり食べ物が異なるため、栄養の観点からもそれが望ましいそうだ。

 との講義を受けているうち、低木区域に着いた。低木区域は四階あり、そこには牛と猪がいる。基本的に人を襲わないが子育て中は気が立っており、そして今はナノマシンによって促された子育ての時期。戦士なら樹上へ容易く避難できても万が一を考慮し、反重力ペンダントを必ず身に着けるようお姉さんに念押しされた。四の五の言わず、反重力ペンダントを素直に首から下げる。牛と猪の気配は訓練も兼ね、「翔さんが察知してください」とのこと。輝力をレーダーとして使うのは趣味で習得済みなため、むしろありがたい。「任せてください!」と俺はガッツポーズした。

 連絡通路と低木区域を分かつ扉が開いた。まず目についたのは、3D投影された空の画質の低さと、天井の低さ。あの天井、10メートル少々しかないんじゃないかな。木の高さが6メートルほどだから、あれで十分なのだろうけどさ。

 パッと見渡したところ、100メートルほど離れた場所で五頭の牛がのんびり草をんでいた。輝力レーダーを200メートル先まで広げても、探知できるのはその五頭のみ。低木区域の各階はこよみが3カ月ずつズレていて、四階と上層の巨木区域は同じにしているからここは四月。四月は新芽の季節なので牛が全頭いると予想していたけど、美雪によると違うらしい。美味しいお乳を出すには穀物も摂らねばならず、トウモロコシを食べたい牛は七月の三階にいて、大豆を食べたい牛は10月の二階にいるという。草と穀物が適度な配分になるようナノマシンが調整し、食欲に促され連絡通路の坂道を上ったり下りたりするのは、強健な足腰造りに役立っているそうだ。脚の弱い牛や猪は地震で骨折し、そして骨折した個体は、餓死に見せかけてナノマシンが殺害する。これは「連絡通路を積極的に上り下りして体を鍛えておかないと地震に負けて死ぬ」と、牛や猪に思わせるための措置とのこと。捕食者がいない分、怠けると種族全体が弱体化し絶滅してしまうらしいんだよね。そういえば前世で読んだSF小説に、猫から進化した人類が20歳の成人の儀で野生の大陸に送られ恐竜や飢餓と戦い、半数になる話があった。地球人の場合、何がそれに当たるのかな・・・

 などと考えるのは後回しにして、低木区域四階に俺は足を踏み入れた。空の画質の低さと天井の低さから予想していたとおり、低木区域は正直言ってさほど面白くない。地面を彩る花々と、サクランボ用の桜と、桜と見分けのつきにくいアーモンドの花は、とても綺麗だったけどね。でも面白みの少ないことと、仕事は無関係。400倍に圧縮した輝力に花の美しさへの称賛を吹き入れ、四階中央で放出。感謝の大合唱を今回ははっきり受け取り、俺は足取り軽く四階を後にした。

 七月の三階で夏の気分を味わい、十月の二階で収穫の秋を喜び、一月の一階で冬の静寂を楽しみ、点検を終えた。下層は上層ほど楽しめなかったけど、人生初となるコロニー飛行車の植物エリアの仕事は、総じてすこぶる面白かったと胸を張って言える。妖精がおらずその前段階の素精そせいのみだったのは気になるけど、宇宙船だから仕方ないのかもしれない。という訳でそれは置き、次に当選したら低木区域の一階から点検を始めても良いそうなので、次はそうしてみようかな。お姉さんにも「またぜひお願いします」って言ってもらえたしね。というか、


「翔さんの輝力を、動植物がとても喜んでいました。私に決定権があれば、複数の飛行車の点検を毎年依頼したいくらいです」


 のように絶賛してもらえたのである。動植物が喜んでいる、の箇所に思い当たることのあった俺は腕を組んで考えた。輝力にポジティブな想いを吹き入れるのは、組織の技術の一つ。そして点検員には戦士しかなれないから、俺と同じことをした点検員はお姉さんをもってしても記憶にないのかもしれない。う~む何か、お役に立てないだろうか? 武さんが特例の点検員だった縁で天風一族に件の技術を伝授すれば、第二第三の武さんが現れるんじゃないかな。少なくとも、試す価値はあるだろう。よし、今日中に翼さんと連絡を取り、目途が立ったら二人で母さんに相談してみますか。

 とのアレコレをお姉さんに現時点で明かしたら、ぬか喜びさせてしまうかもしれない。よって今は伏せ、その代わり「点検員に毎年応募します」と約束するだけに留めた。とても喜んでもらえたし、これからあるお願いをする身としては気が楽になったと言える。俺はお姉さんに、点検員に応募したある意味最大の目的を告げた。


「変なお願いですが、駐車場に停めている飛行車の中で30分ほど過ごしていいですか?」「もちろん良いですよ。ただ、光子崩壊炉を大気圏内で使用することは禁止されています。意識投射しても光子の崩壊は見学できないことを、お詫びします」「いえいえこちらこそお気遣い頂き・・・って、なぜ全部バレているんですか!」「星母様の伝言です。『母はすべてお見通しですからね。オ~ホッホ♪』だそうです」「ウギャ~~!」


 この星の筆頭大聖者兼マザーコンピューターの母さんの目を逃れられるなど元より考えてないが、こうも筒抜けだと精神的打撃は免れない。俺はお姉さんと、その背後でニマニマしているはずの母さんにペコペコ頭を下げ、駐車場へ向かった。

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