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「力を習得する際の必須条件に、心の成長は含まれていない」「創造主が定義した次元と、地球人が定義した次元で同じなのは、3次元のみ」
そのとき俺の頭の中を占めていたのは、異性の友人は難しい、だった。同性の友人だったら羽交い絞めにして全身をくすぐりまくり、窒息の恐怖をちらつかせて脅すことも可能だったが、女の子には不可能。いかに仲が良かろうと、無理なものは無理なのである。それを今、嫌というほど味わっていたんだね。
けど俺は、甘かった。プロポーズネタで俺をイジれない鬱憤を、冴子ちゃんがこのような形で晴らしていた事に、俺は微塵も気づいていなかったからだ。どういう事かというと、いつの間にかテーブルの向かい側に浮かんでいた白光に、
「翔の気持ちは解るけど、講義を始めても良いかな?」
と、困り声で問われてしまったんだね。俺が全身全霊で謝罪したのは言うまでもない。テーブルに額をこすりつけつつ、彼女いない歴イコール年齢どころかそのテのお店に行った事すらなかったのが今回の根本原因なんだろうなあと、俺は心の中で盛大に落ち込んだのだった。
幸い母さんは、あっけらかんと俺を許してくれた。いやあれは、あっけらかんではないかな? 俺への気遣いを仕草に滲ませていたから、娘二人が俺を落ち込ませたことを、母さんは申し訳なく思っていたのかもしれない。仕草に滲ませるためか、白光ではなく人の姿になってくれたことだけで、俺は全てを許せたんだけどな!
それは脇に置くとして、俺への気遣いの一つにこの問いがあった。
「昨日の講義で翔が最も感心したのは、何かしら?」
「どれもこれも素晴らしかったので感心を尺度にすると甲乙つけられませんが、驚愕を尺度にするなら、大聖者が世に現れない仕組みを日常的な感覚で説明できることに、僕は最も驚きました」
この返答を「翔らしい」と、なぜか母さんはとても気に入ってくれた。子細は判らずとも嬉しくてならず尻尾をブンブン振っていると、
「地球で疑問に思っていたことがあったら、言ってごらん。翔の望むよう、日常的な感覚で説明できるかもしれないわ」
母さんは更に、そう歩み寄ってくれたのである。限界突破した嬉しさに尻尾がプロペラ化したのは再度脇に置き、地球で疑問に思っていたことを述べた。
「自称宇宙人たちが送ってくるメッセージには、『次元上昇』と『アセンション』という言葉が頻繁に用いられていました。それに影響されたのでしょう、次元の数字が多いほど高次の霊存在という認識が定着し、僕が地球にいた最後の頃は、七次元や十二次元の霊存在が指導者として振舞っていました。ですが僕はそれら全てに、強烈な違和感を覚えていたのです。母さんの感想を、できれば聴かせてください」
母さんは次元上昇とアセンションの箇所で微かな不快感を覚えたようだが、それを表情に出すことはなかった。しかし、七次元は違った。口角を、ピクッと跳ね上がらせたのである。そして俺が話し終わった今、母さんは肘をテーブルにつき頭を抱えていた。両隣の美雪と冴子ちゃんから、母さんを案じる気持ちが伝わってくる。もちろん俺も二人に負けぬほど心配していて、三人のその想いが意識の次元から物理次元へ声として顕現する直前、母さんは頭を抱えるのを止めた。次いで「ふう」と息を吐き俺を見つめ、「翔の望みを十全に叶えられるのは次元上昇だけね。ごめんなさい」と断りを入れる。滅相もございません、と慌てた俺の頭を撫でてから、母さんは話した。
「翔のいた日本は、自転車に免許はなくても、自動車には免許が必要だったのね。そしてお客を乗せるタクシーや商品を運ぶトラックには、普通自動車免許より難しい試験が課せられている。自転車事故より自動車事故は遥かに悲惨だから運転技術を計る試験があり、お客や商品を運ぶプロになるには難易度の一段高い試験を突破せねばならない。大なる力は運用を誤ると大なる悲劇を招くため、力の大小に合わせて免許試験の難易度も変える。これは宇宙法則に沿う法律であると、私が保証しましょう」
宇宙法則に沿う法律の箇所で咄嗟に質問しそうになった自分を、口を両手で塞ぐことで俺はかろうじて阻止した。そんな俺にニッコリ微笑み、母さんは話を先へ進める。
「自動車を安全に運転する技術は肉体のみならず、心にも叩き込んだ方が安全性は増すわ。解りやすいよう車ではなく、飛行機を例に挙げましょう。たとえばジャンボ旅客機が墜落すると、乗客や添乗員だけでなくその家族や友人知人も不幸にするし、航空会社の従業員とその家族等々も不幸にするというように、莫大な不幸が生じる。よってそれら全ての責任を背負っていることを、旅客機の操縦士は自覚しなければならない。食習慣と生活習慣に留意し体を健康に保ち、節度ある日々を過ごすことで心も健康に保つ。そうやって育てた健康な心身で重責を十全に背負い、体に叩き込んだ技術を駆使して旅客機を安全に操縦する。これら一連のことは、パイロットという職業を介して心を成長させることでもあるの。だからそんな操縦士を育成している航空会社があったら、応援も兼ねて私はその会社を贔屓にするわね」
おお~~と思わず拍手してしまい、途中でヤバッと焦ったが、拍手は大正解だったらしい。美雪と冴子ちゃんも加わり盛大になった拍手を、母さんは照れつつも喜んでいたからだ。どーもどーもとニコニコしていた母さんは、しかしその顔を憂い顔に変えて話した。
「でも悲しいことにこの宇宙では、力を習得する際の必須条件に、心の成長は含まれていないのよ。例えば飛行機の操縦技術は、凶悪な軍事国家のパイロットになっても習得できる。操縦技術のみに着目するなら旅客機のパイロットより、空軍のエースパイロットの方が遥かに上なのは否めないわ。薬剤と洗脳で心を破壊されていようと、超絶技巧の操縦技術を駆使して敵戦闘機を次々撃ち落としていくエースパイロット。そのような人を実際に作り出せてしまえるのが、この宇宙なのよ」
シンと静まった場に、無理に明るくした母さんの声が響いた。
「さあ次は、四次元の話をしましょう。でもその前に、地球人にとっての一次元から四次元までの定義を、翔には忘れてもらいます。地球人が数学を基に定義したあれは三次元が合っているだけで、それ以外は創造主が定義した次元とまるで異なるからね」
一次元は幅のない線。二次元は厚みのない面。三次元になって縦横高さが初めて揃い、その縦横高さと直角に交わる方向を加えたのが四次元。という地球人の定義は、創造主が定義した次元と異なるから忘れてね、との事だったのである。他ならぬ母さんがそう言うのだから、俺はそれを綺麗さっぱり忘れることにした。
「さて今度こそ、四次元の話をしましょう。四次元の特徴の一つは、距離が有るのに無いこと。これは、心の中に思い描いた世界と同じと言えるわ。例えば、毎朝の通学を思い浮かべたとします。自宅の玄関を出て、こんな風景を眺めながらこんな道を歩いて、学校に着くことを想像するのね。心の中に造ったその世界にも、玄関から学校まで距離があるわ。でも心の中なら、玄関と学校の距離をゼロにできる。玄関にいる自分を想像した直後、学校にいる自分を想像できるのが、心の世界なのよ」
うんうん確かに距離をゼロにできるな、と俺は首肯を繰り返した。
「意識が体外に出ることを地球では幽体離脱と呼んでいるけど、ここでは意識投射を使いましょう。ところで翔、意識投射をした人が三次元世界を、意識の状態でテレポーテーションする話を聞いたことない?」
質問を突如されて慌てるも、聞いたことが確かにあったので俺は首肯を繰り返した。さっきからバカみたいに頷いているが、バカなんだから仕方ないよなアハハ~~!
と開き直りノホホンとしていられたのは、長く続かなかった。母さんがいきなり、核心を突いたのである。
「意識投射するとテレポーテーションできるのは、三次元世界と重なって、準四次元世界が存在するからなの。準四次元世界も心の中と同じように、距離が有って無い。そして意識投射の簡易版の準意識投射は、心を体から解き放ち準四次元世界を漂うことを指す。想像するだけでテレポーテーションできるのは、こういう仕組みね」
次元の数が多ければ多いほど高級・・・orz