28
翌年の5月5日。
満23歳になった、誕生日。
そりゃ確かに一年後って言われたけど、今年もピッタリ誕生日ってどういうことなの? との疑問を宇宙の彼方に蹴飛ばし、身長215センチの実物ゴブリンと俺は対峙していた。
今の俺の身長は、203センチ。ありがたいことに成長期が終わっても、身長が毎年1センチずつ伸び続けている。美雪によるとこの状態が少なくとも20年続く可能性極大らしいが、深く考えないことにしていた。毎年1センチなら、戦闘に支障ないしね。
という訳で215センチの本物ゴブリン改め中ゴブリンと戦ったところ、司令官会議に深い感謝を捧げることになった。迫りくる大剣に死の恐怖を覚えたことが、170センチゴブリン改め並ゴブリンの、十倍あったのである。剣の間合いの見極めはかくも大切なのだと、中ゴブリンに骨の髄から教えてもらった俺だった。
ちなみに中ゴブリンの群れは人工島の北西の端に隔離され、もしもの時は俺が対処することになっている。中ゴブリンはまだ少数なため戦っても数年間葬らず、すると俺との戦闘によって群れ全体が強くなり、隔離できなくなる可能性がほんの僅かあるそうなのだ。ちなみに先月まで戦っていた並ゴブリンは最初の一回を除き、全てそのつど葬った。俺と戦って強くなったゴブリンに影響され他のゴブリンも強くなると、20歳の戦士試験に問題が出るかもしれないからだ。偽善だが月に一体殺さなくて良くなったことも、司令官会議に感謝している。
この「偽善だが」というのは、翼さんも同意している。丁度一年前、輝力密度を下げる方法を知った翼さんは超人振りを遺憾なく発揮し、ものの数分でそれを完璧に習得した。無圧縮でゴブリンに勝つことも30分でものにし、人類軍の許可が出るなり人口島に赴き並ゴブリンと戦ったところ、有益性の巨大さを実感したという。しかし実感しようと月一体は心が咎め、俺達はそれについてしばしば語り合ったものだ。よって翼さんも中ゴブリンと戦うようになったら、あの心労から解放される。中ゴブリンと俺の戦闘を人類軍のAⅠが精査し、問題なしと出たら、翼さんも午後から中ゴブリンと戦うことが決まっている。翼さんも心労から開放されるよう、どうか問題無しになりますように。
その日の昼食中、翼さんの『許可が下りました』とのメールを受け取った。その約3時間後、中ゴブリンとの戦闘で得た学びを綴った長文メールが送られてきた。どこもかしこも同意だらけで訓練を忘れて読みふけったものだが、寂しさもあった。出会った頃の、話があっちこっちに飛びまくっていた翼さんを、メールのどこにも感じられなかったのである。それは喜ばしい事だと頭では解っていても、一抹の寂しさを俺は覚えずにいられなかった。
そうこうするうち3カ月が経ち、子供達を天風の本拠地に連れて行く日になった。昇は9歳、奏は8歳、鷲達は6歳でこの星の子たちは地球の西洋人より幼く見えることもあり、保護者気分を毎回満喫させてもらっている。ヤバイ、この子たちが大きくなり手がかからなくなったことを想像しただけで、視界が霞んできたぞ。
視界良好にすべく、明るい話題を取り上げよう。
二年前の夏、重軽スキルを伝授した鶴は三カ月後、飛行器の活性化に成功した。鶴の喜びようといったらなく、いやホント前後不覚で喜んだらしく、相殺音壁がなかったら歓喜の絶叫で学友に大迷惑をかけていたそうだ。鶴には及ばないが俺も嬉しくてならず、訓練そっちのけで暫し「ヒャッハ―!」してしまった。集中法だけで鶴が活性化に成功したことにより、重軽スキル習得者の予想人数を上方修正できたのだから、ヒャッハ―して当然だよね。人類存続の可能性が増加する以上に嬉しいことなど何も無い。20メートル前方に出現したオーガをほったらかし、軽業の超特訓に俺は勤しんだものだ。超特訓は、もちろん冗談だけどさ。
鶴の飛行器活性化は、ある謎へ一筋の光をもたらした。その謎は、スキル発動率の上昇値に個人差が生じることについてだ。俺の上昇値は月5%、翼さんの上昇値は月2%というように、差があったんだね。ただ、鶴の上昇値が月1%だったこともあり、一筋の光をもたらすだけに留まった。鶴と翼さんの共通点は反重力への学術的理解がないこと、相違点は意識投射できるのは翼さんだけなことだ。これのみに着目すると意識投射が肝に思えても、おそらく違うと俺は考えている。鶴も俺と意見を等しくし、「翼お姉ちゃんは超人だから二倍なの」「うん、同意」ということに俺らの間ではなっていた。ただしこれは、俺イジリの材料になるのが常なので俺はいつも我慢を強いられている。俺の上昇値は、月5%だったんだよね。いやマジホント、ズルでごめんなさい・・・
明るい話題を取り上げたはずなのに自己嫌悪に陥ってしまった。話題を変えよう。
勇と舞ちゃんへの重軽スキルの伝授は、まだまだ先と感じている。今年新婚四年目の二人は、少なくとも新婚十年目まで行きそうだからだ。けど夫婦仲が良いことこそが最も幸せなのだから、二人の仲睦ましさを俺は心から喜んでいる。でも昇と奏の後になったら傷つくんじゃないかな、と心配しているのも事実だった。
昇は9歳という年齢を考えると、反重力エンジンの勉強をあり得ないほど進めている。奏は国語の才能があるようにどちらかというと芸術家タイプらしく、しかし勉強もそこそこできるため、相乗効果を狙えると俺は予想している。余談だが奏は、教導隊の教材編集班が適任なのではないだろうか。奏に教材編集班について説明したら、想像以上に興味を示していたのだ。ただ、子供が未来の職業に瞳を輝かせること自体は手放しで嬉しいのだけど、「お兄ちゃんの伝記は私が書く!」と意気込んでいるのは、頭痛を招いているというのが正直なところだった。
頭痛がしてきたので話を戻そう。
重軽スキルの伝授については最近、思いもよらぬ人が候補者として急上昇している。その人は、三条葵さん。結婚されたけど一族同士だったので苗字の変わらない葵さんは、夫の忠さんと一緒に白銀騎士団の訓練時にやって来て、なんと銀騎士隊の隊員になった。二人は当初身分を隠していたがどちらもトップ10合格者であり、また人格も非常に優れていたため瞬く間に人気が出て、それがきっかけとなり比較的すぐ身バレしていた。身分を隠したいという当人達の希望を酌み俺も我慢していたが、バレたら我慢は不要。俺は二人に、教導官になってもらうよう頼んだ。もちろん見返りを提示し、それは輝力工芸スキルと集中法を教えること。教導官は輝力工芸スキルの習得が必須だけど、団長権限を行使すればなれない事もない。丁寧なバク転を長年続けてきたのだろう二人の縦回転は見事で、遠からず同スキルを習得すると直感したため、ゴリ押しさせてもらったのだ。かくして二人は教導官になり、夏と冬の長期休暇中は可能な限りスポーツセンターにやって来て教導に励み、したがって俺も可能な限り二人に教えた。二人は集中力の才能に恵まれ、とくに葵さんの才は鶴に比肩し、実力をメキメキつけている。成人したご婦人なので本人には絶対訊けないが、非常に幼く見える葵さんは、間違いなく鶴と同じタイプ。戦士になった夏に結婚したが体の意識に振り回されている印象もなく、あと二年経てば集中力を駆使し対象物の中に入れる公算が高い。それを成したら母さんに、伝授の是非を問おうと思っている。
『遥か未来の歴史学者は現代を、封建時代末期に分類すると私は考えています』
上記を様々な場所に書いてきましたが、同意を得られたことはまだ一度もありません。しかし皮肉にも、日本の国会議員と高級官僚が上記の正しさを証明してくれました。国会議員や高級官僚の出世の条件は、以下だからです。
『出世の条件は、税率を上げ新税を作って税収を増やすこと』
収入は多ければ多いほど良いと考えている封建領主は、領民の幸せや暮らしやすさなんて一切考えません。また役人も、税率を上げ新税を作り税収を増やした方が、領主に高く評価されるでしょう。
ほらね、やっていることは同じなんですよ。