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『愛情と優しさを有する人工生命体が長い年月をかけて愛情と優しさを育てたら、創造主由来のその想いを介して創造力が働き、人工生命体は非人工の生命になるのではないか?』


 この実験を、創造主は美雪を被検体にして行っているのではないか。俺には、そう思えたんだね。母さんも以前、俺と美雪の出会いには宇宙的意味があるって言っていたし、それに妖精と交流している俺は、肉体を持たない意識生命体がいるって実体験で知っているしさ。

 という考察を瞬時に終わらせた俺は、美雪を生身の人間と思うことにした。温かさと柔らかさと、そして俺が宇宙一好きな涼しげな香りを纏っているこの女性を、生身の人間と思うなど造作もないこと。腕の中で泣く大人の女性に、俺は語りかけた。


「俺は戦争に勝ち、美雪のもとに必ず帰ってくる。そのためには、危険な領域にあえて踏み込まねばならない時がある。それを試みる俺の心が弱いほど、危険は強さを増し俺を殺そうとするだろう。死を撥ね退けるべく俺は心を鍛えて強くし、自分を磨き続けていく。だから俺とずっと一緒にいる美雪も、心を鍛えて強くしてほしい。どうかな?」

「私が心をどれほど強くしても、泣くときは泣く。心さえ強ければ翔に死が迫っても泣かないなんて、絶対あり得ない。だから今後も泣くけど、死の恐怖には絶対負けない。翔が勝って私のもとに帰ってくるのを、翔の戦闘中私はずっと信じ続ける。これでいいかな?」


 いいに決まってるじゃないか、と美雪をギュッと抱きしめた。美雪は照れるも、俺の腕の中で幸せそうにしている。そのままたわいもないお喋りをしているうち、着陸したカレンがドアを開けてくれた。二人でお礼を言い、手を繋いで車外へ出る。だが数歩も行かず、美雪は足を止めその場に立ち尽くしてしまった。だいたい想像つき、それはとても残酷なことだけど、俺は知っている。努力という原因には報いという結果を創造主がもたらすことを、俺は知っているのだ。美雪の肩を抱き、それを伝えた。


「努力という原因に報いという結果を、創造主は必ずもたらしてくれる。美雪が心を強くする努力をしたら、さっきの時間がもっと長く続くようにきっとなるよ」


 美雪は俺に取りすがるも、それでも立っていられず地に両膝を突き、吐くように泣いた。自分がAⅠなことを完全に忘れた時間を過ごした代償をこの号泣で払っているとしても、努力する価値は必ずある。とはいえ価値はあると確信していても、こうも泣かれると胸が痛んで仕方ないのも事実。だが頑張れと美雪を励ましたからには、俺も頑張らねば男が廃る。俺は膝立ちになり美雪を抱きしめ、背中を優しく叩き続けた。

 という優しい時間は、美雪が泣き止んだことによって終わったのではなく、美雪が激怒したことによって終わった。本物のゴブリンとの戦闘中に輝力量を減らすなど自殺行為にも程があると、美雪は怒りまくったのである。それは、妥当な怒りと言える。「輝力密度を下げたせいで死に二度捕まりそうになった実感」を、俺自身が持っていたからだ。俺は膝立ちの姿勢を土下座に変え、美雪に謝り続けた。美雪の怒りは収まらず土下座は永遠に続くかと思われたが、話し合いをせねばならぬという理由で上体を起こすことだけは許可してもらえた。正座は永遠に続くかもなハハハ、と胸中自嘲していたところ、先人達が試みた輝力量減らしについて美雪は様々なことを教えてくれた。

 美雪によると、時間遅延スキルの研究をしていた先達の幾人かが、3Dモンスターとの戦闘中に輝力量減らしを試したことがあるという。数例ではあるがそれは悉く失敗し、失敗の原因は輝力量減少と行動速度減少が等比にならない事にあるとされていた。輝力量を25%減らせば、行動速度も25%減るなんて無いってことだね。これは俺も実感していたので同意の首肯を繰り返していたら、美雪が再度ブチ切れそうになった。光の速さで土下座に戻りお怒りになられた理由を尋ねたところ、根本的な認識の齟齬が発覚した。


「え? 翔は今、輝力の『密度を下げた』って言った?」

「うん言った。失敗した先達は譬えるなら、輝力が流れ出る蛇口の栓をクルクル回して量を減らすイメージをしたんじゃないかな。その方法だと、松果体の近接地と遠隔地では輝力量のムラがほんの短時間とはいえ生じる気がしたんだよね。『意識を司る脳の輝力は減っても、移動を司る脚の輝力はまだ減っていません』みたいな感じだね。だから俺は、非物質の上位体と物質肉体を分かつ障壁に着目した。この障壁を透過性にして、肉体を満たす輝力を上位体に少しずつ移すイメージをしたんだよ。個人的には嫌な表現だけど、体内にある無限個の穴から輝力が向こう側へ漏れ出て行ったような感じかな」


 曲りなりにも組織の一員の俺は、上位体と肉体が同一空間に重なって存在していることを、実体験を基に理解している。ならば二つの体を分かつ障壁を透過性にすれば、輝力密度をどこもかしこも均一に下げられて当然となる。実際そのとおりになり、密度を99%、98%というふうに1%ずつ下げていったため、輝力量のムラによるヘンテコな挙動を体はしなかった。仮に密度90%時に迫ってきた大剣を、輝力量にムラのある状態で避けていたら、思い通りに体が動かずバランスを崩し俺は死んでいたかもしれない。本体に訊いたらかもしれないではなく「確実に死んでたよ」と返ってきましたね、ハハハ・・・

 冷や汗が尋常ではなく噴き出てきた。気を逸らすべく話題を変えよう。

 先達の方法と俺の方法が異なっていたのに同意の首肯を繰り返した理由は、密度を88%にしようとした時の恐怖にある。行動速度が2%どころではなく落ちると、直感したんだね。実際それは当たり、ゴブリンが極度に疲労しヘロヘロ動きをするようになっても俺が全身全霊の回避を続けていたのは、たった1%下げただけで行動速度が大幅に落ちたからに他ならない。映像を精査したら、1%毎の速度低下を数値化できるんじゃないかな。

 そう美雪に提案したところ、美雪は頭を抱えて地面に座り込んでしまった。えっとあの、戦闘服の俺が地面に正座するのは問題ないけど、極めて魅力的な秘書服の美雪が土の上で女の子座りをすると気になって仕方ないんですけど! と正直に訴えたところ、美雪は途端に機嫌を直してコロコロ笑い始めた。釣られて笑っていたら、


「戦闘映像の解析をしましょう。翔、シャワーを浴びて着替えてきなさい」


 お姉さんモードの美雪に、優しく微笑んでもらえたのだ。俺の尻尾がプロペラ化したのは言うまでもない。出会って足掛け20年になるのに、俺は心の奥底で今でも美雪をお姉ちゃんと思っているみたいなのである。「ま、美雪ならいいか」 そう開き直った俺は尻尾を全力回転させつつ、シャワー室へ駆けて行った。

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