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俺がそう返答している最中、美雪は表情を四度変えた。「確信したのは出会った瞬間だった」の箇所は、花がパッと咲いた笑顔。「輝力がそれを教えてくれた」の箇所は、謎を解明しようとする考察顔。「私を量子AIと思っている」の箇所は、己の未熟さを悔やむ悔悟顔。そして最後の「黙ってたのはそういう訳」の箇所は、己の過ちを責める自責顔。このように美雪は表情を、目まぐるしく四度変えたのである。
目まぐるしく変わったのは、俺の心も同様だった。美雪の笑顔に俺は胸を温かくし、考察顔は応援の気持ちを生じさせ、悔悟顔で応援は心配に代わり、そして最後の自責顔は俺の心も自責一色に染めた。話の持っていきようによっては、美雪をこれほど落ち込ませなかったはず。ああ俺はどこまでダメ人間なのかと、自分を責めたのだ。
という状況に二人そろっている事に、つまり自分の表情が相手を苦しめていることに、俺と美雪は同時に気づいた。となれば、俺達の採る行動は一つしかない。それは自分より、相手を優先するということ。自分のためには自責を続けた方がよくとも、そのせいで相手が苦しむなら、自責を躊躇なく放棄するのが俺達なのである。それをまたもや同時に成し、曇りを払った表情にそろってなった俺と美雪は視線を交差させたとたん、
「「アハハハハ~~!!」」
仲よく一緒に笑い転げたのだった。
笑いが収まるや、テーブルは反省会の場所となった。朝食終了時に始めた話し合いを、座学の時間になっても止めなかった俺達は、結局それを座学の時間がほぼ終わるまで続けてしまっていたのだ。
といっても、それは重大な失敗ではない。朝食後から訓練開始までは自由時間なため好きに過ごして良いし、かつ座学が必須になるのは4月以降だったからだ。そう俺は自由時間を、自由に使っただけだったんだね。
とはいえ、相応の決意をもって組んだ学習計画を、たった二日で破ったのも事実。よって今回のような計画無視はこれで最後にしましょう的な反省会を開くことは、無駄ではないに違いない。かくして俺達は「寂しいけど次からは工夫しましょう」「寂しいけど仕方ないね」系のゆる~~い反省をして、次の話題へ移った。
次の話題は、今日の4講義をどうするかについてだった。けどまあこれは、決定に1分かからなかった。午後2時から5時までの3時間で4講義をしよう、とあっけなく決まったんだね。一つの講義に1時間を必ず費やすべしなんて阿呆な決まりは、この星に無いからさ。
なんて具合に反省すべきことを反省し決定すべきことを決定した俺と美雪は、残った2分を雑談に充てた。すこぶる仲の良い姉弟の手にかかれば、たった2分も笑い溢れる時間となる。前半は実際そのとおりになり、俺は楽しい時間をただただ満喫していたが、後半は違った。美雪が大型爆弾を、しれっと投下したのだ。
「翔が私を初めて呼び捨てにしたのは、母さんとの会話中だった。あのときも嬉しかったけど、今日の嬉しさは比較にならなかった。翔、私の目を見ながら私を呼び捨てにして、生涯一緒にいる申し出をしてくれて、ありがとう。すっっごく嬉しかったよ!」
これだけでも御しきれない大型爆弾だったのに、
「そうそうあれって、ほとんどプロポーズの言葉よね! さあどうしようかな、プロポーズを受けようかな、それともお断りしようかな~~」
てな具合に、大型どころではない超大型爆弾を美雪は立て続けに投下しやがったのである。前世を合わせてもこれ以上ないほど、
「ヒッ、ヒッッ、ヒエエ―――ッッッ!!!」
とヒエエ化した俺は椅子を飛び降り、額を地面にこすりつけて許しを請うたのだった。
――――――
午前8時から正午までの4時間の訓練を、俺は歴代最高の集中力でこなした。プロポーズという言葉を美雪が冗談で使ったのは理解していても、いわゆる「彼女いない歴イコール年齢」の前世を過ごした元アラフィフの俺にとって、あの言葉は重すぎたのである。神話級の健康スキルを持っていなかったら下手したら死んでいたかもしれない超々高強度訓練を、休みなしの4時間ぶっ通しで俺はこなした。
そんな俺を、美雪は檻の中から見つめていた。檻は、言葉の綾や比喩ではない。量子AIの美雪を閉じ込めておける特製の3D檻を、母さんが急遽造ったのである。しかも上空から突如落ちてきて美雪をガチャーンと閉じ込める演出をわざわざ付けたのだから、悪ふざけが過ぎた罰を与えたと考えて良いのだろう。音声も遮断してくれたため俺は心置きなく超々高強度訓練に励み、あの言葉を気にかけない4時間を過ごすことが出来た。
母さんに言い含められたのか、昼食時に美雪は「ごめんなさい」と一言謝罪するに留め、それ以外は普段どおりに振舞っていた。可哀そうではあっても、あの言葉を話題にしたら食事が喉を通らなくなるのは避けられない。母さんの助言か否かは判断つかないが、今日の昼食はピクニックメニュー。その特性を活かし、俺は虎鉄と並んで地べたに座って昼食を楽しんだ。
うららかな春の日差しが降り注ぐ温かな陽だまりで、広々とした訓練場を眺めながら虎鉄と並んで食べる昼食は、いつもの何倍も美味しく感じられた。虎鉄もご機嫌なのだろう、にゃごにゃご盛んに鳴きつつ焼き魚にかぶりついている。緑の豊富なこの訓練場に虎鉄の獲物は多々いても、川や池がないため魚だけはいない。それもあって虎鉄は魚を、ことのほか喜ぶのだ。そう言えば訓練場の外に水辺はあるのかな、もしあったら虎鉄と一緒に散歩したいなあ、などとノンビリ考えていたらやっと気づいた。約1週間後の4月1日、俺は虎鉄に引っ越しを強制するのだと。
4月1日の試験とスキル審査の結果を基に、俺は新たな孤児院へ移動する。たとえ虎鉄が引っ越しを拒もうと、この訓練場にい続けるのは無理と俺は美雪にきっぱり告げられていた。闇族との戦争に敗れたら、宇宙に逃れた子供以外は全滅必至のアトランティス人にとって、戦士の育成は最優先事項と言える。その子供達が強制的に孤児院を移るのに、子供達より猫の希望を上位に置くのは人類存続上あり得ないと、美雪は言い切ったのだ。それには俺も同意するしかなかったが、それと「虎鉄にきちんと説明しない」のは話が別。俺は虎鉄の正面に座り、引っ越しを強制する理由を正直に説明し、誠意をもって詫びねばならなかったのである。それに今やっと気づくなんて、ダメにも程がある。ならばせめて、気づいたこの瞬間にそれを実行しよう。そう決意した俺は口の中の唐揚げとおにぎりを嚥下し、姿勢を正して虎鉄に語り掛けた。
「虎鉄、聴いて欲しい。僕は来月1日に試験を受け、その試験結果で・・・・」
不思議なような、それでいて不思議ではないような、俺にもよく分からないのだけど、俺と虎鉄は完璧な意思疎通をする時がある。まさに今が、それだった。闇族との戦争に虎鉄を巻き込んだ謝罪をする俺の膝を、
『水くさいぞ気にするな!』
と虎鉄がペシンと叩いたのを、俺ははっきり感じたのだ。虎鉄も、自分の気持ちが俺にしっかり伝わったと理解したため、俺達は不敵にニヤリと笑い合い食事を再開した。
言葉を超えるコミュニケーションを確立した友が、隣にいる。
その幸せをひしひしと感じつつ、絶品のピクニック料理を俺達は堪能したのだった。
――――――
1時間の昼寝を経て、4教科ぶっ通しの講義が始まった。初日の昨日より、渡り鳥としての飛行高度が少し上昇した気がする。このまま上昇を続けたら、ヒマラヤ山脈をも越える鳥に俺はきっとなるのだろう。イモムシ級の前世の脳に別れを告げる決意を、心の中で密かにした。
4教科の講義を2時間56分ぶっ通しで受けたのち、トイレを大急ぎで済ませて屋外テーブルに戻ってきた。冴子ちゃんと挨拶を交わし、美雪と冴子ちゃんの間の席に座る。母さんに言い含められたのか、プロポーズ云々を冴子ちゃんが話題にすることはなかった。ありがたいなあ、冴子ちゃんは何だかんだ言ってとても優しいんだよなあ、とほのぼのしていたのは油断だったのだろうか。講義開始30秒前に本日三発目の爆弾が、冴子ちゃんによって投下されてしまった。
「猫との友情検定に合格すれば猫語翻訳ソフトを無料でもらえるって、アンタ知ってる?」
「知らないよ! 猫語翻訳ソフトって何?! 冴子ちゃん教えて!!」
「あ~分かった分かった、じゃあ母さんの講義が終わったらね」
「えええええ~~~~~!!!!!」




