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一週間後。
生後四週間になった子猫達の名前が決定した。茶虎の雄猫は、虎丸。大きな茶色のブチが右側にある雌猫は、美維。茶色のブチが左側にある雌猫は、美夕になったのである。
天風五家は、長方形の敷地に五軒を連ねて建てているからか、精神面も近しいのかもしれない。翼さんの挙げた虎丸と美夕を、鴇の家も夏の家も挙げていたのだ。翼さんの挙げた美衣も「みい」という読みは他二家も共通し、ではどの字を選ぼうと議論するのが普通なのだろうが、そんな事にはならなかった。母猫の美夜は、大きな茶色のブチが右側にある。それを継いだ雌猫に、「つなぐ」や「たもつ」を意味する維を充てて美維にしようという意見にみんな賛成したんだね。全員が納得していたけど当初の予定どおり八人で一応投票し、虎丸と美維と美夕にそれぞれ八票ずつ入り、三匹の名前がめでたく決まったとの事だった。
となればその日の夜、意識投射でやって来た俺と六人の子供達も「虎丸~」「美維~」「美夕~」と呼びかけて当然と言える。しかし悲しいかな、テレパシーの声に応えてこちらに歩いて来ても、意識体では触れられないのである。それでも子供達は追いかけっこをすることで、子猫達と遊んでいたけどね。
というのが、6月初頭の話。
それから約1カ月半経った、7月中旬。
翼さんは友人代表として出席した合同結婚式で、「戦争に勝ち最愛の人のもとに帰って来る」をしたという。創造力を目一杯吹き込んだところ、俺の時と同じように奇跡が起こった。今と戦争後がほんの一瞬、繋がったそうなのである。戦争に勝利する確率を上げる出来事として俺と翼さんは喜んだが、俺達と同じ友人代表の継承者が現れるのは諦めねばならなかった。昇たち六人に創造力を吹き込める可能性はあっても、六人が独身でいるなど考えられないからだ。鷲たち四人は前世でそれぞれ伴侶がいたけど、前世は前世今生は今生を強く意識しているからか、四人が二組の夫婦になると思えてならないんだよね。四人もその気でいるらしいから、俺と翼さんはその日が来るのを心待ちにしている。
そして迎えた7月31日。
翼さんのリムジン飛行車でやって来た鷲、橙、晴、藍が、天風一族の地に降り立った。帰郷する四人を一目見ようと集まった数千の人達に、四人は子供らしさを爆発させ元気いっぱい手を振る。昇と奏の時と同様、地響きの如き歓声が天風の地に轟くも、それは数秒で終わった。蒼が進み出て、藍の眼前で両膝をついたのだ。蒼は笑顔と泣き顔を目まぐるしく変えつつ、両膝立ちになっている。蒼が一杯一杯なのは一目で解り、数千人が固唾を飲んで二人を見守っていたが、この世は成るように成るものらしい。ひしと二人は抱き合い、一緒に涙を流したのである。その姿に、数千人がもらい泣きしたものだった。
祖母にしこたま心配をかけたのは蒼だけでも、愛する祖父母との再会を喜んだのは鷹さんと茜さんと颯もなんら変わらなかった。それは鷲と橙と晴も変わらず、鷲は鴇の誕生を、橙は夏の誕生を、そして晴は颯と百花さんの結婚をそれぞれとても喜んでいた。鴇と夏は自分達と同い歳に見える鷲たち四人を、母親の後ろに隠れて興味津々見つめていたけどね。
鷲たち四人は駐車場を去り際「「「「今生を精一杯生きたいです。見た目どおりの子供として接してください」」」」と声を揃えて頼んだ。翼さんも予めそう伝えていたし、また昇と奏で慣れていたこともあり、四人の頼みをみんな快く了承した。四人は再び両手を元気いっぱい振り、仮陸宮へ向かった。
4歳児とは凄いもので、参拝を終え帰って来るころには、鴇と夏と鷲たち四人の垣根は皆無になっていた。そこに昇と奏も加わり、八人で子猫達を訪ねる。賢い虎丸と美維と美夕は昇たち六人を覚えており、名前を呼ぶと一斉に駆けてきた。子猫達に触り可愛がるという大望を叶えられた昇たち六人は虎丸と美維と美夕にメロメロになり、そして長時間メロメロになるあまり、前世の家族達をちょっぴり寂しがらせていた。でも八人の子供達が垣根なく遊ぶ様子にみんな目尻を下げまくっていたから、これが最善だったんだろうな。
そうそう三匹の子猫は、虎丸は翼さんに、美維は鴇に、美夕は夏にそれぞれ飼われることになった。鴇と夏が帰省し翼さんも加わり三匹を呼んだところ、予想どおり三匹はまっしぐらに翼さんへ駆けた。その一番乗りが虎丸だったため翼さんは虎丸を抱きあげ、そこに鴇と夏が近づいていき二匹の名を呼んだところ、美維は鴇に美夕は夏にそれぞれ近づいて行ったという。こうして、三匹の飼い主が決まったという訳だね。といっても前世の記憶のない4歳の鴇と夏は、両親から「「妹を大切にするんだぞ」」と諭されていたけどさ。
明日は蒼と穂さんが新婚旅行に旅立つこともあり、午後3時に屋外訓練場へ皆で向かった。実を言うと現在の体重軽減率は124%になっていて、つまり体重をマイナス27キロに出来るのだがそれは置き、俺は今年も斜足戦を皆に披露した。斜足戦ができるのは、今のところ俺だけ。意識分割の訓練歴がまだ一年の翼さんには、足場の設置と保管が難しいみたいなのだ。訓練歴が一年なのは意識投射して授業を受けている六人の子供達も同じだけど、意識分割の進捗に近ごろ明白な差が出始めていた。最も進んでいるのは、またもや昇。昇は一点集中が得意なだけでなく、意識分割も得意だったのである。おそらく昇は転生時、三大有用スキルの素質を完全放棄する代わりに、三大有用スキル以外はコツを素早く掴めるようにする何らかの措置を講じたと思われる。この星の常識においてそれはあり得ず、三大有用スキルの素質が0だった俺ですら博打と感じるそれを、昇はよくぞ選んだものだ。昇は2歳10カ月の夏季休暇中、前世の記憶が戻る前のように母親に決して甘えなかった。それと同様、転生時の昇の度胸と覚悟へも、俺は敬意を抱いていた。
意識分割の進捗で昇に続くのは、晴と藍だった。これは二人に素質があると同時に、鷲と橙の素質が一点集中にあったことの相乗効果なのだろう。また鷲と橙は一点集中を得意としながらも意識分割が苦手なんてことはなく、それは晴と藍も共通し、晴と藍は意識分割を得意としながらも一点集中が苦手なんてことはなかった。俺は四人に、それぞれの長所を活かしつつ互いに補い合っていくことを勧め、四人もそれに喜んで従っている。
という訳で毎度毎度のことながらと言ったらまた泣かせてしまうが、意識分割の進捗が最も遅れているのは奏だった。毎度毎度のことなので奏は酷く落ち込んでいるが、心の成長を最重視する俺には真逆の環境に見えるのが人の面白いところ。奏は3歳のスキル検査以来、学年1位をずっと維持している。いや正確には2位以下を嫌味なほど引き離して独走し、加えて絶世の美貌を有し性格もすこぶる良いといった完璧超人が、奏なのだ。こんな完璧超人の娘や妹を持ったら親や兄は慢心の心配に明け暮れるのが普通なのだけど、奏にそれは皆無。なぜなら奏は月一度の意識投射授業において、劣等感に苛まれ続けているからである。己のダメっぷりを自覚している奏は決して慢心せず、努力と自制の日々を送っている。奏のその環境へ「ありがとうございます」と、俺は手を合わせずにいられなかった。
話が逸れた、元に戻そう。