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子猫達は、さすが虎鉄と美夜の子だった。瞼が開いた直後にもかかわらず意識体の俺達に気づき、目で追う仕草を確かにしたのである。前世の記憶にある生後1週間の猫より明らかに賢く、かつ可愛い子猫達に子供達はハートを射抜かれたらしく、飽きもせずいつまでも眺めていた。連れてきた甲斐があった半面、連れて来たからには連れて帰るのが保護者の務め。頃合いを図り、俺は心を鬼にして翼さんに暇乞いをした。案の定、奏と晴の藍の女子組がシクシク泣き始める。昇と鷲と橙の男子組も顔を俯かせ、歯を食いしばり拳を握り締めている。俺は諦め、翼さんに来週また来ていいか尋ねた。快く承諾してくれた翼さんにお礼をいうよう子供達を促した途端、
「「「「やった~~!!」」」」
涙を流していたはずの子供達が、一斉に歓声を上げやがったのだ。まあみんな可愛かったし、俺も子猫達に会いたかったから、全然いいんだけどさ。
かくして子供達を引率する約束は生後2週間、3週間、4週間というように一週間毎になり、俺はそれをきっちり履行した。引率回数も引率人数も増えた気がするけど、子供相手ではこれが当たり前と言える。小便を洩らしたりゲロを吐いたりする子がいなかったのだから、俺は幸運だったのだ。心の安寧のためにも、そう思うことにしよう。
というのは冗談でも、週毎の訪問がある問題を自然な形で解決したのは事実だった。それは、蒼の結婚式に藍を連れて行くか否かということ。藍が俺に、自分から頼んだのである。「蒼と穂さんの結婚式に出席したいです。翔お兄ちゃん、力を貸してください」と。
きっかけは、よちよち歩きをするようになった子猫達が「撫でてにゃ~」「抱っこしてにゃ~」「可愛がってにゃ~」と、翼さんに近寄って来たことだった。意識体で一時的に訪問する俺達とは異なり猫達と暮らしている翼さんを、当然だが子猫達は真っ先に認識するようになった。誕生直後の鼠っぽい風貌ですらキャーキャー言っていた翼さんは子猫の喜ぶ触り方を美夜に教えてもらい、かなり早い時期から子猫達を愛情たっぷり撫でていた。母猫の舌では不可能な撫で撫でを施されているうち子猫達も翼さんが大好きになり、よちよち歩きをするようになったら翼さんに近づいて来るようになった。それは子猫の筋力と運動神経の鍛錬になるため美夜はよちよち近づきを推奨し、母猫の意向を察知した子猫達は翼さん目掛けて先を争って歩き、そのいたいけな姿に翼さんはメロメロの極致になるといった関係が、生後3週間で確立していたのである。その様子を訪問時に見た子供達は自分も子猫達に触りたがったが、意識体では諦めるしかない。したがって「意識体ではなく実際に来たいな」「もうすぐ夏季休暇だよね」系の会話を、子猫を見つめつつ子供達はするようになった。俺はすかさず、かつなるべく自然に、
「蒼と穂さんの結婚式は8月1日だよ」
そう口にする。蒼と穂さんも学校の皆と合同結婚式を7月に挙げ、そして天風家の当主として8月1日にもう一度挙式して新婚旅行へ旅立つことになっていたんだね。皆に顔を向けられた藍が「翔お兄ちゃん、蒼が当主就任の報告を仮陸宮でする様子を、もう一度見せてくださいますか」と俺に頼んだ。否などあろうはずなく、額を石畳にこすり付け号泣しつつ当主就任の報告をする蒼を、工芸スキルで宙に描いてみせた。それを見つめていた藍の双眸から、涙が二筋零れる。袖で涙を拭う藍を、奏と晴が両側から支えた。藍は左右に顔を向け三人で頷き合い、三人揃って居住まいを正し俺に三つ指を付き、藍が代表して請うたのである。「蒼と穂さんの結婚式に出席したいです。翔お兄ちゃん、力を貸してください」と。
その後、俺達は八人で話し合った。最初に決まったのは、深森夫妻と霧島夫妻に協力を仰ぐことだった。組織に所属する両夫妻は、同じく組織に所属する藍達の両親と親交があった。加えて両夫妻は、我が子が前世の家族と再会することを経験した人達でもあった。したがって俺や藍が両親にいきなり頼むより、深森夫妻と霧島夫妻に仲介を頼んだ方が藍の両親の動揺を減らせるのではないかと俺達は考えたのである。明日さっそく深森夫妻と霧島夫妻に連絡することを、俺は藍に約束した。
一夜明けた翌朝。『3D電話で会話したく思います。都合のよい日をお教え下さい』とのメールを両夫妻に送ったところ、今夜8時と即座に決まった。両夫妻の家に泊まった時の話題として、蒼の当主就任時の様子や蒼達の結婚を俺は取り上げたことがある。人間性豊かな両夫妻のことだから藍たち絡みの相談だと当たりを付けているんじゃないかな、との予想は的中し、両夫妻は仲介を快く引き受けてくれた。それどころか「さすが!」と感嘆せずにはいられない話を、俺に明かしたのである。
両夫妻によると去年の夏、子供達の特別授業に保護者として出席したのを機に、同じ境遇の子を持つ親として六夫妻は連絡をしばしば取り合うようになっていたらしい。その話題として、昇と奏の天風家訪問を取り上げたことがあった。それは藍達の親にとっても気になって仕方ない出来事だったため、六夫妻は全員で意識投射し、話し合いの場を既に設けていたという。そのとき決まったことを告げられた俺は、正直言うと困ってしまった。六夫妻はこんな俺を、心底信じてくれていたのだ。二人の姉が、それを交互に語ってゆく。
「翔のことだから鷲君たちの天風家訪問を」「数年前から一人で思い悩んでいると考えて間違いない」「そういう人が子供達の師匠になってくれたとくれば」「私たち親も負けてはいられない」「鷲君たち自身が天風家訪問を望んだら、翔は親の胸中を慮り」「我が子に直接請われるより自分が頼んだ方が良いと考え」「高確率で私達に相談してくる」「そしてその可能性が最も高いのは、蒼君の結婚式前」「翔、保護者会で事前に決まっていたことを伝えます」「子供達のことを第一に考えてくれているだけでもありがたいのに」「私たち親や前世の家族のことまで考えてくれて、誠にありがとうございます」「我が子たちが天風家を訪れることを、私達は賛成します」「今後も我が子たちを」「どうぞよろしくお願いします」
その夜は六夫妻と俺と翼さんで意識投射して集まり、子供達の天風家訪問について話し合った。訪問は7月31日からの四泊、鷲たち四人は翼さんがリムジン飛行車で迎えに行くことに決まる。また翼さんは、天風家は鷲たち四人およびご両親に干渉しないことを約束した。「前世は前世、今生は今生。子供達が今生を精一杯生きることを天風一族は最も望んでいると、一族を代表し約束します」 鷲たち四人の両親は安堵し、子供達をよろしくお願いしますと頭を下げていた。
来世は俺にも、愛する両親がどうかできますように。
我が子のためなら幾らでも頭を下げられる親御さん達に、俺は心からそう願った。