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結果を述べると、100圧での100連勝を俺は難なく達成した。ただ休憩の必要性を強く覚えたのは、オーク戦が初めてのこと。現在時刻は、午後2時半。そうこれが、輝力圧縮下での訓練の特徴。100圧では時間速度が10倍になるため、100連戦を二度して休憩を10分設けても、通常時間では30分しか経っていないのである。という訳で地べたに直接横たわり、10分間の休憩に入った。輝力と地力の協力のお陰で、10分かからず疲労を完全除去できた。立ち上がった俺に、美雪がハイオークの座学の要不要を問う。「準備運動をしながら聞きたい」との希望を、美雪は十全に叶えてくれた。さあ、戦闘だ!
戦闘開始線へ進む。
到着するや、20メートル前方に身長185センチのハイオークが現れる。
俺は最大圧縮の150圧を発動し、ハイオークに挑んだ。
初戦、楽勝。
第二戦、100圧に下げたため準楽勝。
50連勝で限界になり、10分休憩。
10分で疲労を完全除去し、再戦。
二度目の50連勝で再度限界を迎えるも、100連勝達成。
かくしてハイオークに100連勝した俺はそのまま地面に倒れ、本日二度目となる昼寝を始めたのだった。
明潜在意識に頼んでいた、午後4時40分。
1時間50分の昼寝を終え、俺は目覚めた。
地妖精が助けてくれたのだろう、体に活力が漲っている。と同時に痛いほどの空腹を覚え、屋外テーブルへ走った。美雪が用意してくれていたカロリージュースとカロリーバーを、一口につき四十回咀嚼し摂取していく。食べ終わるなり地面に横たわり、消化器系に輝力を集めて消化促進に励んだ。そして午後4時55分、腹も満たされた最高の状態で俺は立ち上がる。その耳朶を、美雪の惚れ惚れとした声がくすぐった。
「翔は2時間5分前、通常なら回復に少なくとも2日掛かる疲労を抱えていたわ。にもかかわらず、たった2時間5分で栄養補給的にも最高の状態に戻してみせた。神話級の健康スキルを歴代最強スキルに認定した母さんの措置に、私も賛成します」
そうなのだ、昨夜星を仰ぎつつ教えてもらったところによると、俺の健康スキルはとうとう神話級に到達したらしい。それを受け母さんが星母として1800年ぶりに有用スキルのランキングを改訂し、神話級に限ってのみ健康スキルを最有用スキルに認定したという。それは勇者級の上に神話級が存在することを公表した瞬間でもあったため、俺にとっては有難い展開になった。「神話級があるなら、三大有用スキルにも神話級があるんじゃね?」「神話級の三大有用スキルと比べたら、健康スキルなんて屁じゃね?」との議論が巻き起こったお陰で、俺が注目されずに済んだんだね。頭が痛いことに母さんは、神話級の健康スキルの所有者として俺を公表してしまったのだ。ん? 改めて振り返るとそれも踏まえて、この地に一人で引き籠らせてくれたのかな? いずれにせよ俺も猫達も、この地をすこぶる気に入っている。今度母さんに会ったら、厚くお礼を言っておこう。
そうそれと、美雪は俺の秘書AIになったけど、戦闘補助中は今までどおりの口調にしてもらっている。次の戦争を必ず生還してみせるという目標を、この声と共に追いかけていきたい。そう伝えたら、戦闘中は秘書AIの役職を離れて元に戻ることを了承してもらえたのだ。今日から始まる84年間の訓練を、今までどおりの美雪と一緒に・・・・ん?
「ねえ美雪」「どうかした翔」「地球には氷の上で3回転ジャンプや4回転ジャンプをする、フィギュアスケートという競技があってね」「知ってる。母さんがくれた地球の情報にあったよ」「なら話が早い。地球人は約100年かけて、1回転半ジャンプを4回転ジャンプまで進化させてさ」「うん、それで?」「そこには面白い特徴があって、誰か一人が新ジャンプを成功させると、続く人達が世界中に現れるんだよ」「確かにそうみたいね」「で、思ったんだけど」「うんうん、なになに?」「神話級という等級を世に公表し同等級の所持者が世界中に多数出現したら、神話級を超える未知の等級に到達する人が、出るんじゃないかな」「母さんから伝言、『次の等級の名称は既に決定しています。翔が人類初の所持者になることを、母は祈っています』だそうよ」「よし、美雪」「はい、翔」「次の戦争までの84年で、母さんの願いを一緒に叶えよう!」「うん、一緒に叶えよう!」
その宣言の第一歩として、実物ゴブリンを模した3Dゴブリンを美雪に頼み映してもらった。とりあえずコイツに、16圧で100連勝する。それが母さんの願いを一緒に叶える、最初の一歩だ!
16圧を発動し、美雪に戦闘準備完了の合図を送る。すぐ始まると思いきや、10秒のカウントダウンが表示された。迷いが生じる。体重軽減スキルも併用するか?
ピンと来た。
生死半々の16圧戦闘なら、体重軽減スキルを急成長させられるかもしれない!
美雪にそれを告げカウント7で発動準備を始め、カウント1で発動。その1秒後、
「ウガ―――ッッ!!」
ハイオ―クを凌駕する速度でゴブリンが突撃して来た。脳を雷が駆ける。ただ避けるだけでは、大剣を回避できない!
右足を浮かせ左足で地を蹴り、右へ移動する。その移動をゴブリンの目が追ったと直感するや、右足を着地。左右両足で地を蹴り、体を右回転させつつゴブリンの大剣を避けた。後頭部の頭皮が「目の前を剣が通過していった怖かった!」と悲鳴を上げた。 どうやら俺は後頭部に、線状の禿を作る寸前だったらしい。でも寸前だったなら、戦闘に問題無し!
回転回避によって視界から一端消えたゴブリンを、視界の右端に捉える。大剣を右上から左下へ振り下ろしたため、ゴブリンの右胴がガラ空きだ。その右胴に、回転速度を上乗せした白薙を放つ。が、ゴブリンは華麗に回避。左下へ振り下ろした大剣の慣性力を利用し、左足を軸に左回転しつつ後方へジャンプしたのだ。逃してなるものかと俺はゴブリンを追随するも、それはフェイント。追随する素振りを見せただけで停止した俺の鼻先を、大剣が高速でかすめていく。鼻の細胞の上げる悲鳴が終わらぬ間に一歩前へ踏み出し、
シュン
白薙を横一閃。白薙の先端3センチがゴブリンの右膝に届き、そこを切り裂くことに成功した。だが後方へジャンプし重心を左足にほぼ移し終えていたゴブリンは、まだ微塵も諦めていない。左脚一本で大地を踏みしめ大剣をフルスイングし、
ブンッ
それを俺に放り投げたのである。大剣が回転しつつ俺の腹に迫る。16圧の四倍速では、左右に移動しても大剣を避けられない。迫って来ているので後方へ跳んでも無駄。身を屈めてやり過ごしたら、タックルして来るゴブリンに捕まってしまう。投げると同時にゴブリンは両手を広げ、俺にタックルしたのだ。左右も下も前も回避を封じられた俺は通常なら詰んでいる。そう、通常ならね。どういう事かというと、
タンッ♪
体重軽減スキルを活かし、俺は上へ跳躍したのだ。かろうじて大剣より高い位置にできた右足で、大剣の回転軸を踏む。大剣を下方へ押しやり、それによって左脚も大剣の刃から逃れさせることに成功した俺は、ゴブリンの首に白薙を一閃。禿頭が胴体から切り離されたのを見届け、空中で前転する。斜め後方から、ゴブリンが地面に倒れる音が聞こえてきた。しかし油断せず、着地と同時にゴブリンに正対し戦闘態勢を維持する。その俺の前方に、
「勝利」
の文字が浮かび上がった。俺は素早く右膝を地に着き、深呼吸を繰り返してゆく。ここで呼吸を整えておかないと、10秒後の第二戦に勝てないと体が訴えていたのだ。