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勇と舞ちゃんが暇乞いをし、車中の人になる。親友でもさすがに訊けなかったけど、場所をちゃんと確保できたのかな? 二人とも名家だから、どうか伝手がありますように。どこの誰とも知れぬ存在へ、俺は手を合わせてそう願った。
その後、深森邸で夕食を頂いた。屋台料理を15回お代わりしたのに普通に食事でき、我ながら首を捻ったものだ。そうこうするうち達也さんが帰って来て「一次試験も二次試験も歴代最高点を出しやがってコノヤロウ!」と、俺を暑苦しくヘッドロックしながら暴露した。いや正確には暴露ではなく、午後4時になれば国民全員が順位と得点を調べられるのだけど、深森夫妻と小鳥姉さんは待ちに待った舞ちゃんの合格報告を午後4時にもらうなり満足し、調べていなかったらしいんだよね。「「知っていたら豪華料理を作ってあげたのに酷い!!」」と奥様達は嘘泣きし、嘘泣きの時は夫達がさりげなく助けてくれるのが常なのだけど、今回は違った。「「翔のお祝いだカンパ~イ!」」と酒盛りに励んでいた夫達は助けるどころか、奥様達と協力して俺を責めたのである。奥様達もお酒を召していたこともあり、四人は正直ウザかった。17年越しの努力を実らせた日の晩に酔っ払いどもの世話をこうも懸命にしているのは、俺一人だったりして? 冗談ではなく、心の中で泣いた俺なのだった。
午後7時半、深森邸をお暇した。酔っ払いはウザかったけど、俺の合格を四人が親身に喜んでくれたのも事実。ありがとうございましたと、俺は心から頭を下げた。その頭を、いつの間にか近づいて来ていた二人の姉が撫でる。自分より小さくなった姉達に姉の眼差しで愛情たっぷり撫でられただけで限界スレスレだったのに、
「「ここは翔の実家、いつでも帰って来なさい」」
は無理だった。大粒の涙が、双眸から止めどなく溢れてくる。そんな俺の頭を姉達は涙を零しつつ撫で、兄達は俺の背中を豪快に叩きつつ「「今度三人で飲みに行くぞ!」」を繰り返していた。幾度繰り返されても俺も律儀に「はい!」と、返事をし続けたのだった。
白銀台地に着き、二匹の猫と妖精達に帰宅を告げた。両者は仲良しになっていて、猫達は妖精と近所を探検したことを、妖精達は猫と遊んだことを楽しげに教えてくれた。うん、出だしは好調なようだ。虎鉄と美夜さんを撫で、妖精達にお礼を言ってから、美雪に訊いた。
「すっかり忘れていたよ。虎鉄と美夜さんの食事は、誰が用意してくれたのかな?」「家事ロボットが用意することになっています。今日は私が虎鉄と美夜さんに話しかけ、家事ロボットに食事をお願いする方法を伝えました。でも、半分も食べなかったようです」
天風一族の本拠地では、冬以外は猫達が自ら食料を調達し、それを猫達は誇りにしている。虎鉄もそこに加えてもらっていたので虎鉄の食事を気にするのは冬しかなく、そして今日は冬ではなかったため、食事を失念してしまっていたんだね。でも半分も食べなかったということは、初めて訪れたこの地で狩りを成功させたという事になる。それを踏まえて食事の件を切り出さねば、陸上生物最高の狩人である猫に失礼だろう。よって焚火を見つめつつ頭の中で会話をシミュレーションしてから虎鉄と美夜さんに切り出したところ、失念はもう一つあったと思い知らされた。それは猫達にとって、ここは子育ての地ということだった。
「おいらと美夜だけで生きていくなら、探検の時間を半分にして狩りに専念したにゃ」「でも子供達の命が掛かっていますから、建物の周囲だけでも入念に調べておきたかったのです」「それに気づいた美雪姉さんが、こう言ってくれたのにゃ」「子育てに私も協力させてください。狩りに励み、丈夫な子を宿し、質の高いお乳を出すための食事を用意しています。最優先は安全確認、次は獲物を知るための狩りでしょうから、満腹にならずとも時間になったら帰って来てくださいね」「さすが美雪姉さんにゃ」「美雪姉さん、ありがとうございます」
俺も美雪に謝意を述べた。焚火の、揺らめく赤色の光に照らされた美雪が、どういたしましてと微笑む。猫達も温かな焚火が気に入ったらしく、しかし煙臭くなるのは避けたかったのだろう、横たわる場所を決めるのに時間が掛かっていた。屋外用の猫クッションがあると美雪に教えられ備品庫から持ってきて、虎鉄の指示どおり芝生の上に置いてからは、二匹とも梃子でも動かない気配になっているけどね。
ここは、屋外の共同浴場の裏に設けられたキャンプ場。夜の帳の下りた大地に男心をくすぐられた俺は、駐車場に着陸するやここを目指し、焚火を灯したのだ。それにしても、焚火はいい。火を見つめていると、心が洗われ穏やかになっていく気がする。今夜は微風で過ごしやすく、空を仰げば満天の星空を楽しめる。家事ロボットがテントの中に寝袋を用意し、俺のテントの隣には猫テントも設置してくれている。風が強くなったらテントの布は自動的に板状化し、布のバタバタ音に悩まされることも無いそうだ。虫や動物対策も万全で心配無用、雨も降らないとくれば、今夜はテントに泊まってみようかな。
「美雪、テントに泊まっていいかな」「軍AIとの定時報告を2100に済ませれば、禁止する規則はありません」「定時報告はどんな感じ?」「2100になったらこちらから連絡を入れ、所属、氏名、現在地、問題の有無を報告します。通常はそれで終了ですが、今夜はAIが質問してきます。空分隊長は、知っていますよね」「知ってる。美雪、無理しないでね」
美雪は必要と判断したら、軍所属の秘書AIの権限を超えて俺に様々なことを話してしまうはず。幸いその気配を17年の交流のお陰で察知できるが、油断は厳禁。美雪とずっと一緒にいたいなら、油断厳禁を生涯貫かねばならないのだ。
かくして油断厳禁の精神のもと、美雪と話し合い今後の予定を決めた。『このまま2015まで過ごし、入浴。2050までに就寝の準備を終え、2100に定時報告。報告後は速やかに寝る』 これが決まったことだね。明日以降の詳細は、明日のお昼に決めればいいだろう。さてそれでは、焚火と星空を楽しむとしますか。
俺は背もたれを倒し、大気汚染皆無の満天の星空を仰いだ。天文学者やアマチュア天文家は、星空の美しさを損なう人工の光を光害と呼んでいる。光害には地上の照明だけでなく、飛行機や人工衛星の放つ光も含まれる。天体写真の撮影に害を及ぼす光だから、光害なんだね。その光害がほぼ無く、大気汚染の方の公害も皆無で、おまけに地球のような巨大な月もないこの星の夜空は、天文学者やアマチュア天文家の垂涎の的に違いない。要塞型飛行車は光を反射しないよう作られているし、SFに出てくるスペースコロニーもないしね。うろ覚えだがスペースコロニーは地上から見ると、1等星ほどの明るさになったのではなかろうか。機動戦士ガンダ〇の地球の夜空は、さぞ賑やかになっていたんだろうな。そうそう地球の月と言えば・・・・
地球人だった頃なら大興奮間違いなしの月誕生の経緯に想いを馳せ、薪の爆ぜる音に時おり耳朶をくすぐられながら、このキャンプ場で過ごす初めての夜を俺は楽しんだのだった。




