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虎鉄と美夜さんと妖精達に数時間出かけることを伝え、カレンに乗る。白銀王云々に疲労困憊していたが、美雪の話を聴くや一瞬で復活した。土地神の出現が契機となり、美雪も妖精達を目視できるようになったそうなのである。声はまだ聞こえないようだけど、大いなる前進なのは間違いない。俺達は手を取り合って喜び、そしてそれがイチャコラに発展する直前、翠玉市の住宅街にカレンが着陸した。むむう、高性能すぎるのも考えものだな。
カレンを降りると同時に玄関ドアが開き、若林夫妻と小松夫妻が飛び出てきた。両夫妻は、隣り合った家を借りているんだね。白銀騎士団を通じて深森夫妻と霧島夫妻がお隣さんなことを知り、その利点を当人達から聞いた四人もそれに倣ったらしい。俺も幾度か遊びに来ていて、家を交互に訪問している。前回は若林邸だったので、今回は小松邸だ。将来は天然木をふんだんに使った家を建てたいそうだけど、今は観葉植物を沢山置くことで我慢しているという。植物好きはもともと夫達の趣味だったが今は奥様達も感化され、玄関をくぐると両家とも、手入れの行き届いた植物園の匂いに出迎えられるようになっている。これは近所でも評判で、地域に溶け込む手助けになったそうだ。
報告とお礼をしたい人達が他にもいることを事前に伝えていなかったら、大変なことになったかもしれない。と戦慄しつつ、約1時間で小松邸をお暇した。
次に向かったのは、朝倉さんの職場。奥様の乙葉さんも来てくれているらしく、ありがたい限りだ。スポーツセンターに着き、1キロ先に聳える巨大ビルへ歩を進める。あのビルは、幼年学校入学を拒否した子供達が通う施設。朝倉さんはそこの、責任者なんだね。
予想していたとおり、前回同様今回も子供達と少し遊ぶことになった。でも胸の痛みは、前回と同じでは無かった。今回の方が遥かに強かったのである。理由は、俺が戦士になったと知った子供達の、
「「「「僕も戦士になる!」」」」「「「「私もなる!」」」」
にある。瞳を輝かせて同じことを言っていた前回の子供達は、7歳の試験で職業訓練校に全員行った。朝倉さんによると翠玉市ではこの1900年間、当施設から7歳の試験に合格した子供は一人もいないという。俺は今回も前回のように、この子たちに何もしてあげられないのだろうか? そう自問しつつ子供達と遊んでいたが、やはり今回も何もしてあげられなかった。休憩時間終了の鐘と共に、俺は訓練場を去る。訓練場と廊下を分かつ壁は透明なため、廊下にいる内は笑顔を保っておかねばならない。子供達に再度手を振り院長室に入り、朝倉さんに勧められソファーに腰を下ろして初めて、胸中と表情を一致させることができた。乙葉さんが用意してくれたお茶を静かに頂く。そしてその後、俺達三人はここの子供達について、午後4時まで議論を重ねた。
午後4時になった数秒後、左手首のメディカルバンドがメールの着信をマナーモードで知らせた。それを機にマナーモードが作動しっぱなしになり、朝倉夫妻に断りを入れて2Dキーボードを出し、予め決めておいた作業をしていく。作業は二つあり、一つは戦士試験合格者と不合格者のそれぞれにメールを返信すること。もう一つは、友人知人の戦士試験合格者率の割り出しだ。超山脈合宿の野郎共とその彼女の合格率は自動的に表示されるけど、鈴姉さんの孤児院の55人はメールを待つしかない。孤児院組のメールの開封と合否の分類は、美雪に予め頼んでおいた。孤児院組の円グラフが刻々と更新されていく。そして十数秒後、
「翔、おめでとう!」「ありがとう美雪」
合宿組の円グラフも孤児院組の円グラフも、どちらも合格率100%になっていた。そう、みんな一人も漏れず、17年越しの努力を実らせたのである。その証明の100%という数値をいつまでも見つめていたかったのに、急速に霞んで見えなくなってしまった。仕方ない、諦めて顔を手で覆い、努力を実らせた皆の顔を一人一人思い出すとしよう。
朝倉夫妻が優しいのをいいことに、俺は戦士になった皆の顔を、心ゆくまで思い出させてもらったのだった。
朝倉夫妻に感謝とお詫びを述べ、ビルを去る。駐車場への道すがら美雪に頼み、重要な事柄が書いてあるメールを選出してもらい次々読んでいく。それによると、「可能な人は翠玉市のコンサートホールに集まらないか」との呼びかけが拡散中のようだ。俺にも、行くか否かを問うメールが殺到しているらしい。「俺も行くよ」との返信を、美雪に代筆をお願いして送ってもらった。2年時の夏休みの軍事裁判以降、短い内容を一斉送信してもみんな怒らなくなった。それどころかこういう状況では、一斉返信に適した文面のメールをみんな送ってくれるようになっている。さっきまでお会いしていた朝倉夫妻同様、俺は優しい人達に恵まれているのだ。その優しい人達を駐車場への道すがら思い出しているうち、視界がまたもや霞み歩行不可能になってしまった。これで本日三度目とは、つくづくアホである。ベンチに腰かけ視界が明瞭になるのを待ってから、駐車場を再度目指した。
カレンのもとに着き、車内へ身を移す。すると助手席に美雪が現れ、現在この市に多数の飛行車が集まりつつあるためかなりのノロノロ運転になると告げられた。考えるまでもなくそれは、戦士試験に合格した奴らのせいなのだろう。でも、あれ?
「翔、どうかした?」「超山脈北麓のレストランに集まった10人は食後すぐ配属先に飛んで着任報告したけど、皆はどうなのかなって思ったんだよ」
美雪が答えてくれたところによると、合格した125万人が一斉に配属先へ向かったら処理できなくなる場所が出てくるという。よって「2100までの任意時間に配属先で軍のAIと着任報告を完了させよ」との命令が出されるのだそうだ。
「それでも混雑しそうだけど」「うん、翠玉市は混雑する。特にレストランがね」「三日前から野戦食しか食べてないし当然か。ってことは、コンサートホールも混むとか?」「ふふふ、翔は行ったこと無いものね」「我ながらスポーツセンターばかりの、脳筋の7年間だったよ」
この星は球技等のプロスポーツがないぶん、映画や音楽や演劇等の文芸活動がとても盛んだ。地球の大都市近郊にあった数万人収容可能な競技場がコンサートホールになり、それに隣接して中規模や小規模のホールが多数建てられ、広大な文芸区域になっている様子を想像すると実情に近いという。そんな場所なのでレストランも豊富にあり、美雪によると「二つの円グラフに表示された2100余人が全員集まるくらい、へっちゃらよ」とのこと。安心した俺はノロノロ運転をいいことに、美雪との会話を楽しんでいた。
かなりのノロノロ運転とはいえ目的地は同じ市内。文芸区域の上空に、そうこうするうち着いた。窓に何気なく顔を寄せ眼下へ目をやったとたん、ぶったまげた。日本の国立競技場が中央にあり、その東西南北に武道館があり、それを取り囲み県立ホールが十二棟あるといった規模だったのだ。休日を月二度しか取らない計画書を提出した後悔に、心が染め上げられる。少なくとも三度にして、月に一度はこの文芸区域で文化に浸りたかったと胸中涙ぐんだんだね。後悔先に立たずって、明言だよなあ。
などとイジイジ考えているうち、外周の小ホール用の駐車場にカレンが着陸した。おそらくここに、みんな集結しつつあるのだろう。との予想は嫌なほど当たり、
「「「「コノヤロ―――ッッ!!!」」」」




